表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君のいない夜空なら今日僕は死ぬ  作者: 源 蛍
第一章 100回目
16/83

1─16

 転げ回って朝なのに泥塗れ。何の為に外出たの? って訊かれたら、彼女迎えに行く為だよって答える。勿論な。

 ついでに泥でおめかししてみましたとも言っておこう。ダサいの想像されたくないからな。


 まさかの台風か。それにしても、急な出現って凄いな。この王都市で発生したんだろ? 何かレア。

 でも台風って高気圧か低気圧のどっちかがビュオーってブワーってなった様なもんだろ? 何故こんな町で?

 まぁ、台風の大きさ的に王都だけの問題じゃないんだが。


 今更だけど、()()市と言っても王様はいないんだよな。いる訳ないけど。

 昔からの呼び名なだけなんだよな。単に。


「あー、寒過ぎて鼻水出て来そう。……てうおおおお!? 何かめっちゃ鉄の棒飛んで来る! 浮いてるってまず何事!?」


 五つ程の棒がまるで俺をぶっ刺そうとしてる様に突っ込んで来るから、せめて脚と頭を守る為に転げ回ってって先に進──もうとしたが風が強くて後退。

 避けられる距離じゃなくなった為、何とか見極めて棒を蹴り払う。あとちょっとで病院送りだったよ。

 つぅか、誰も外出てないから病院送りになるかすらも不安だ。


 身体の無事を痙攣した様に動かして確認。背後のフェンスに手をついて力任せに立ち上がった。

 顔面に新聞紙飛んで来て地味にイラっときました。

 てか、さっきの棒マジで何なんだろう。何処かで工事でもしているのか? だとして、こんな軽々と飛んで来る訳がない。ちゃんと固定してないのか?


「早く矢吹に会いに行こう。迎えに行って、家に連れて来て、まず風呂入りたい」


 ブツブツと呟き、ふらふらと歩き出して寒さに震える。

 よくよく思えば、こんな状況の中外に出る人間の頭がおかしい。木が倒れそうな程大きく揺れ、車が横転し、資材などが宙を駆け抜けている。

 下手したら大惨事だ。


 流石に会社勤めの大人達は出勤しているのだろうか。だとして、怪我人が出ないことを祈るだけだな。

 そうだ、矢吹に呪いをかけた神様。神様の力で何とか台風消せないっスか? 可愛い可愛い矢吹が危険な目に遭ってるよ。

 ……そもそもその神様、矢吹と俺の関係が気に入らないんだったな。


「あ? 何だこの音。ビー、ビーって。まるで車のクラクション……あ、車が転がって来る。早っ! 横向きで車が転がってるのに、早っ!! えっと、ひとまず避ける!!」


 前方に飛び込んで、一瞬浮遊感は得たものの何とか回避に成功。当たってたら矢吹に会えずおさらばだったろうな。

 一回あの路地に逃げ込もう。家と家の間の、右前方にある狭い路地。あそこなら物も飛んで来ない筈。


「うわ、ゴミだらけじゃん。ゴミの日は火曜日だぞ皆。分かってるならこんなとこに捨てるなよ」


 少し離れた位置に設置されたゴミ捨て場を指差したら、額に木材が激突。激しい痛みに襲われて、悶える気持ちで路地に逃げ込んだ。

 もうゴミが臭くたって何だって構いやしない。だって痛いもん。


 額に手を当てて、『あ、これ血出てるわ』なんて苦笑する。一人で笑ってられる分、まだ余裕だな。

 むしろダメなのか? 頭打って壊れた? 何、頭悪いのは元からよ。

 ……そんなことより、やっぱおかしいと思うな。

 路地で、偶然ポケットに入れてあった湿布を取り出して額に貼る。痛過ぎて直ぐに外した。わお、血塗れ。


 え、出血量ヤバくね?


「おぉ、痛たたたたたた。おかしいだろ、何で今日は飛来物に好かれてんだ俺。何で危ない物ばかり俺目掛けて飛んで来るんだ?」


 鉄の棒に車に木材。ついでに言えば新聞紙。

 そんな物が何故か俺を目掛けて飛来する。今も、路地に隠れていなければ幾つ怪我が増えていたかも分からない。

 何処から運ばれて来たのか、剣山みたいな物体や金属製のバケツ。そんな飛ぶ様な物じゃないだろうと呆れてもくるが、スコップなど。当たったらマジで大惨事。


 自然現象だから台風は仕方ないと諦める。台風自体が俺を襲う訳がないし。

 だが、この飛んで来る物はきっと意図的な何かだろう。俺はやりそうな奴を知ってる。


「神様、俺と矢吹がイチャラブしてるからってこれはちょっと手厳しいだろ。下手したらまた死んじゃうよ」


 俺を嫌ってこんな意地悪するのは、十字仙山の神様しかいないだろう。そもそも他にない。

 きっと、今日一日この強烈な台風を利用して俺と矢吹が会うのを邪魔し、二人纏めて殺してやろうという考えをお持ちだ。

 普通自分が好いてる女の子殺したいとか思うかよ? 度が過ぎた愛ってやつか? ダメだ理解出来ない。


 俺だったら好きな女の子を悲しませたりしたくない。だからどっちも殺さないで、ハッピーエンドまで見届けてやる。それが愛だろ。

 自分が愛した女の子に対する態度じゃない。あの神様とは一回話をつけなきゃならないみたいだな。

 ……どうやって? さぁ分からん。


 さて残念ながら激しさを増して行ってるぞ。台風が。

 こんな中、しっかり踏ん張れないのにダッシュで切り抜けるなんて無理だしなぁ。

 どうしたものか。

 ふと、自分の立つ路地をゴミの奥まで見据えた。


「……時間は大幅にかかるけど、凄い回り道だけど、行けるかな」


 俺の家から駅まではかなり時間がかかる。恐らく徒歩で三十分以上。

 だからあまり遠回りはしたくないんだが、こんな状況だ。無駄な考えは捨てるべきだと思う。

 この路地、二百メートル程の距離を駆け抜けて、一度大通りに出る。危険なそこを切り抜けて反対側の建物の隙間に潜り込む。それを繰り返すだけだ。

 駅までに十回程度同じことするだけ。


 問題は路地から飛び出した後のこと。大通りなら特に危険だ。何が飛んで来るか分からないし。

 大通りさえ抜ければあとは風を防げる路地ばかりを進むだけ。これなら、行けるだろ。

 簡単そうに聞こえるけど、実は全然簡単じゃない。今の強風は立ってるのさえキツいからな。


「昇多分今日もバイトなんだろうけど、大丈夫かな。流美たん今頃何してんだろ。コタケは家でダラダラしてんだろうなぁ。──だけど、矢吹は今も駅で俺を待ってる」


 矢吹だけは俺も状況が分かる。この台風で下手に動けないってとこだろう。やっぱ俺が向かうしかない。

 それと案外、周りの人間が静かだなぁなんて変に考えた。そんな被害酷くないのかもな。全部俺に来てるから。

 だとして、この危険な綱渡りはもう一度繰り返す。矢吹を迎えに行った後にな。超怖い。


 今、こんな状況になってしまった理由を知ってるのは多分俺と矢吹の二人だけ。もしかしたらフルサワ先生も知ってるけど。

 だからこその恐怖が生まれる。俺達が狙われてるんだって、分かってるから。


 そこまでして俺達を引き離したいのか? 俺だってこんな恐ろしい思いしたくなかったわ。ビックリだわ。

 だけどな神様よ、俺は自分より女の子が大切なんだよ。圧倒的に。

 だから女の子が辛い思いしてるなら、俺もその苦しみ分けてもらって頑張りたいって思うんだよ。


 矢吹がその女の子なんだ。

 今、最も好きな女の子を守れずして何が男だ。真の男なら、自分の身も守って女の子を一番に守れ!

 よし、と空に吠えた俺は堂々とした立ち姿で呼吸を整える。因みに先程の『自分の身も守って』のとこ、額の傷で説得力ないのはツッコマないでくれよ。


「よっしゃ、行くか。まずはこのゴミ路地二百メートル! 俺が全力で走れても二十五秒はかかるから、もっとかかるな」


 恐らく一分ちょいだろうか、とも思ったけどそもそもゴミ塗れで上手く走れる訳がない。奥の方に見えるが、何かゴミ積まれてるし。

 これも神様の邪魔なんだろうなぁと思うと切なくなってくる。心折れそうだよ。


 ひとまず足下のゴミを跨いで避け、ゴミ袋溢れる路地を真っ直ぐ見据える。

 全力疾走してコケたらダサいよな。その上臭いし汚いよな。頑張ろう。

 再度呼吸を整える為に深呼吸。あ、ゴミ臭い。


 噎せたから逆向いてもう一度深呼吸し、振り返って一気に駆け出した。

 最初に飛び越そうとしたゴミ袋の持ち手に脚が引っかかってベシャッと倒れる。くっせぇ。


「最悪だよゴミ袋に顔突っ込んだ。開いてないのが救いだけど。でも服が汚れた……とっくに血で汚れてたわ。泥とか」


 今更服の汚れなんて気にしてられない。どうせ洗えば綺麗になるんだからな。

 ゴミ袋を一つ後方に蹴飛ばしたら滑って尻餅ついた。痛いしヌルッとしてて気持ち悪い。やっぱ気になるわ。


 それより今どれくらい進んだ? あ、二メートルくらいしか進んでないな。

 そりゃそうだ、最初のゴミ袋に躓いてんだもん。さっさと行かなきゃな。

 矢吹に『少し遅れる』ってメール送って、屈伸を開始。何か、スマホ壊れないか超不安だな。


「よっしゃ! 血塗れ泥塗れ上等気合い充分! 麗しの矢吹の元へ! うおおおおお!!」


 全力疾走で駆け抜けて行き、さっきまでの醜い姿を思わせない様な軽快な動きでゴミ袋を避けて行く。というのが俺がやってたいイメージ。

 実際は全力疾走出来てないし、ヌルヌルで脚を取られるし、ゴミ袋偶に踏んでる。ただ走ってるだけ。

 こういう時はさ、何か補正とかあるじゃない? もっと格好よく出来るじゃない?


 まあ現実的にそんなこと不可能なんだけど。


 目測二百メートルを走り抜け、ビュオォと轟音をたてる風に遭遇。つまりは、大通りが眼の前にあるのだ。

 大通りは信号がちゃんとあるけど交差点で色々危ない。それでいて横断歩道ちょっと離れてて、多分十メートルくらいある。

 その長い距離を進んでいる間、神様のお邪魔が入らないとは思えない。


 てか、マジであるだろうな、邪魔。

 まぁいいし。別に構わないし。どんだけ邪魔が入っても切り抜けてやればいいだけだし。

 踏み出そうとした脚を一度停めて、大きく息を吸った。


「そうだ、矢吹を呪いから救ってやれるのは、俺しかいないんだ」


 風が少しだけ弱まった気がして、勢いよく飛び出した。

 イメージは風を横に裂く感じ。自分の脚力には自信があるから、可能な限り全力を出す。──だが、神様も直ぐに対抗をしてきた。


 突如弱まっていた風が更に強くなり、身体が浮いてしまいそうになる。転げそうな程太腿が疲れきっているのが分かるけど、それでも脚を止めなかった。

 努力、または根性を振り絞った甲斐があってか、俺は無事次の路地へと進入出来た。


「次の路地は何の溜まり場だ? あ、ここもゴミ袋なのね。さっきと違って全部が生ゴミの袋な上、幾つか開けっ放しだ。転んだらジ・エンドだな、気を引き締めて行こう」


 今度は所々間が空いている為、そこでスピードダウンしてしまうと風と壁に潰されてしまうかも知れない。だから加速と減速を、壁の間を見極めて使い熟して行くしかないだろう。

 簡単だ、サッカーでチアガールのパンチラに気を取られない様にするより断然な。


「うおおおおおっとと、おおおお!」


 一瞬袋に躓いたが減速はせず、滑りやすい地を必死に踏み締めて駆けて行く。

 あと少しで右側の壁、風が向かって来る方が空いている部分だ。少し早めに減速して、空き部分直前で限界まで加速する。


「うおっしゃ抜けた! このくらいなら余裕だ! サッカー部舐めんなよおおおお!?」


 次の間も、その次の間も最後の間も無事抜け、またまた路地が中断される端までやって来た。

 さてと、後八回。スタミナ尽きないかな……。



 ──あの後計八回似た様なことを繰り返し、矢吹の待つ王都駅東口に到着した。メールで確認したら南口に居るそうな。

 やっと着いたけど、他の人達にめちゃくたゃ注目されてんな。

 そりゃそうか、風が強いだけの日に泥塗れで臭くて額から血が垂れてる奴が汗だくで入って来たんだから。


 もう、既に十時目前。一時間もかかってしまった。

 スマホは無事で、何となく挟んどいた五百円玉も無事。自販機で何か買おう。

 それより、トイレで洗える部分は洗おう。


「はぁ、酷ぇ目に遭ったよ本当」


「花菱君、おはよう。凄い汚れちゃって……て、え!? 血、血出てる! どうしよう血!」


 トイレから出たら矢吹が待っててくれた。普段のクールな、シンプルな服装じゃなくてふりふりな可愛らしい服着てる。

 今日家に呼んだからおめかししちゃったのかな? 超可愛い抱き締めたい。だけど泥だらけだからやめとく。

 それと、パニクってるのどうにかしないとな。


「矢吹! 俺はこんくらい大丈夫だって。でも、多分この台風神様の仕業だ。下手したら死んでしまうぞこれマジで」


「えっ、あ、うん。間違いないと思う。これじゃ花菱君の家には行けないかもね」


「うー、連れてけなかったら嘘つきだの何だの言われそうで腹立つな。だけど矢吹を危険な目に遭わせたくないし……」


「おやおや本当にいたんだね彼女。しかも可愛いじゃん。おっぱいも柔らかそうだし」


「母さん!?」


 駅の外に、白い軽車に乗った母さんが手を振ってる。

 入り口近くまで迎えに来てくれたらしいけど、だったら何で最初から送ってくれなかったんだよ。

 それと、こんな姿になっしまった実の息子には何も無しか。絶対風呂で滲みるって。


「じゃあ、バカに彼女が出来た記念パーティーしようか」


「台風の日に? あとせめて名前で呼べよ母」


「うわぁ風強い」


「聞けや」


 後部座席で矢吹と座り、気分はよかったか別にいいか。助かったし。

 だけど、内心気分クソ悪いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ