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「谷田崖は何で、絵本を読んでたんだ? 俺に読んでくれてたのは分かるんだが、何故に絵本?」
「読みやすいから」
目が冴えてから訊ねると、谷田崖は氷の仮面とロボット音声で答えた。
女の子って、もっと感情豊かなものだと認知していたから、谷田崖みたいなコは新鮮だ。というか扱いの勝手が全く分からない。
矢吹以上にクール……ではないのか? 凄い無口なだけ? それをクールっていうのか。
谷田崖が読んでいた『ポカポカのはらの探検』という絵本を少し読ませてもらったが、俺には間に合っている幼稚な内容だった。
まあ、絵本だし幼稚なものが大半だろうな。
もしかして谷田崖って絵本が好き? 漫画とかじゃなくて。
矢吹は漫画で谷田崖は絵本か。俺はラノベとか読むし、結構本好き多いな。
ふと谷田崖の服装に目が行き、じっくりと眺めてみる。主に、主張の激しい双峰の辺りを。
ワイシャツ姿なのは暑いからなのか? 普段は制服で覆われてて分からないけど、超綺麗な肌してる。
部活の時すら見せないのにな。何でだ?
「てか谷田崖普通に喋るのな」
今更気がついたことを指摘してみると、無言で怪訝そうな表情で頷いた。そりゃ喋るよな人間だもんな。
でも今までは俺と会話もしてくれなかったじゃんか。
本を閉じた谷田崖は、俺の座るベッドにのしのしと乗っかって来た。両手ついてはいはいしてるみたいで可愛いね。ついでに揺れてて気分いいね。
ある一点に見惚れていると、谷田崖はいつの間にか俺に跨っていた。わお、顔が近いわお嬢さん。
それと、犬みたいに両手ついて膝立ちしてるし、お尻がぷりんっと突き出てて興奮する。
……こんだけで興奮って、どんだけ飢えてるんだ俺。
「谷田崖、どうした? こんな近くまで寄って来たら襲っちゃうぞ?」
「……いいよ」
「……はい?」
氷の仮面は溶けることはないが、谷田崖は少しだけ頬を染めて答えた。冗談で言ったつもりが、まさかのOKを出されてしまい逆に困惑。
戸惑って焦っていると、谷田崖は首を傾げて俺の眼を見つめて来る。うーわ何それ可愛いんだけど。矢吹助けて俺発情しちゃう。
暫くして、谷田崖は小さな口を小さく開けた。
不気味に思える程抑揚の無い、まるで感情なんて無い様な声が飛び出す。
「告白、されたから。いいよ」
「え……? あっ……」
一瞬「どゆこと?」と疑問符を浮かべたが、直ぐに思い出したことがある。
俺は同学年女子全員に一ヶ月で告白した。当然、谷田崖にだって告白したんだ。
だが、その時谷田崖は無言で去ってしまったので、思い切り嫌われたものだと勘違いしていた。
むしろ、受け入れていてくれたとは……。何てことだ。
「私のこと、好き? 好きなら、何してもいい」
「何しても!? マジで!?」
「う、やっぱり……。ううん、いいよ」
「嘘だろ……!?」
「本当」
一瞬否定しようとしたなら最後まで否定してくれよ! これじゃ手を出してしまうだろう!
矢吹大変だ、俺は今君が大好きだ。どんなに女子が好きでも君が一番大好きだ。信じてくれ。
でも、でもここに好きにしていいと言ってくれる優良物件が現れた! 凄い揺れてます! クズ野郎ですみませんっ!!
だけど、幾らいいものだとしても、二股とかは絶対に嫌だ。女子を悲しませるのだけは絶対に嫌だ!
俺を覗き込む谷田崖の肩を掴み、何とかイケてる顔を作り上げて首を振った。
「すまない、谷田崖。俺には今恋人がいるんだ。君の好意は嬉しい。凄く嬉しい。手放すのがマジで嫌な程有り難いんだけど、今はそのコが大切なんだ。マジでごめん!」
告った筈の女子を振るというカオスな状況だが、とっても胸が痛むものだな。本当に申し訳ない。告白したのが約三週間前の筈だから、そこそこ長い時間勘違いさせてしまっただろうな。
恐る恐る顔を上げて谷田崖の表情を窺うと、意外にも眼をパッチリ開けていた。鋼鉄の鬼面に変わってるものかと。
首を傾げたまま停止する谷田崖は、沈黙の後にハッとして口を開いた。
谷田崖でもこんな反応するんだな。そりゃするか人間だもんね。
「私の、勘違い……?」
確認してくる谷田崖に、首を振って否定をする。
谷田崖が言う『勘違い』とは、俺の告白自体が冗談だったのか、ということだろう。それは違う。
俺は本心で女子が好きだが、告白に冗談なんてのは微塵も無かった。全部が本気だ。改めて考えると最低な奴にしか思えないな。
「俺は、女の子が大好きなんだ。世界で一番。それで、女子の皆には申し訳ないけど、一年全員に告白したんだ」
「……そっか」
「最後に告白したコがOKしてくれて、それで今付き合ってるんだよ。本当、ごめん谷田崖」
「……そっか」
谷田崖は元の無表情に戻り、脚を後ろに曲げて座った。
それから数分が経つまで沈黙が続き、谷田崖はベッドからゆっくりと降りてまた椅子に座った。そういや保険医まだ帰って来ないのな?
バッグに手を突っ込んだ谷田崖は、一冊の本を取り出した。漫画とか小説とかみたいな本でなく、雑誌とかでもなく──『友達のつくり方』と書かれている本だ。
もしかして谷田崖は、人と仲良くする方法が分からないのか? だから、直ぐに逃げて行ってしまうのだろうか。
「私は、面白くない人間」
本を突きつけられたので受け取ると、谷田崖が静かに声を出した。
面白くない人間とは、どういう意味なのだろうか。お笑い芸人みたいなものか? それともただおバカな人間が面白い人間なのだろうか。
だとしたら、言っちゃ悪いけど谷田崖は面白くないのかも知れない。物凄い無口だから。
でもさ、面白いから良いって訳ではないと思うぞ?
「私は友達がほしいのに、俊翔みたいに面白く振る舞えない。俊翔みたいにおバカなら、皆が振り向いてくれるのに……私は視界にも映らない」
消えてしまいそうな程小さな声で語る谷田崖が少し可哀想に思えてしまい、罪悪感を覚えた。
だが一部聞き逃せない単語(?)が発せられたことも気づいているぞ。おバカ言うな。バカだけど。
それとナチュラルに名前で呼んで来たな。
何となく谷田崖の考えが気に食わなかった俺は、谷田崖の手を握り締めて眼をキリッとさせる。
急に手を握ったからか、谷田崖はピクリと反応してみせた。小動物みたいで可愛いね。
ついでに美味しそうなお饅頭二つもポヨンポヨン揺れる。
「谷田崖は視界に映らない訳じゃないよ。登校さえしてれば俺なんて毎日見てる(主に胸を)。谷田崖にはほんの少し、勇気が足りないだけだと思うんだ」
「勇気……?」
「そう、勇気だ」
谷田崖に足りない勇気とは、俺の考えだと、『人に話しかける勇気』だ。
基本的に、俺や小鷹先輩は谷田崖に話しかけることが多いが、逆のパターンは無い。谷田崖は人に話しかけようとしないんだ。
こらまでの話を聞く感じ、人見知りが酷いのかも知れない。厳しい話だ。
まだ社会人ですらない俺が言うのも何だけど、これから人間社会を生き抜いて行くにはコミュニケーション能力が必須だ。最低でも、自分の意見は伝えられる様にしないと。
だから谷田崖には、少しずつでもいいから慣れてもらわないといけない。
「俺と友達になろう、谷田崖。それで部員達と毎日挨拶を交わそう、いいな?」
己の胸に手を当て、微笑む。
谷田崖にとって俺がコミュニケーション能力の高い人間だとするなら、俺がお手本になりゃいい。その為にはまず、俺と親密な関係になる。
親密な関係になって、お互いか気を許せる様になれば他人には言えない──じゃない違う違う。気を許せる様になれば、同じ様に他の人とも打ち解けていけると思うんだ。
サッカー部員達となら部活時にも会うし、小鷹先輩からは毎日電話がかかって来る。絶対に会話が必要になるだろう。
部員同士ですら会話出来なかったら、プレイ中凄い不便だしね。ヘイ、パス! とか分からないからね。
俺の提案を聞き、無言で頷いた谷田崖は何やらそわそわしてる。あ、もしかしてこれか? 手かな? でも面白いからもうちょっと気づかない振りしておこう。
両手を握られて分かりやすく戸惑う谷田崖は、また頬を赤く染めている。相変わらず氷の仮面だが。
「あの、手……」
「ん?」
「手、恥ずかしい」
「自分は誘ってきた癖に? 手を握るだけが恥ずかしいのか?」
「……うん」
照れてるのか、可愛いなぁ。無表情でも可愛いとか反則だぞ谷田崖。
今思えば、俺の周りには美少女が溢れかえっておるね。谷田崖も矢吹も昇だってみーんな可愛い。女の子は可愛いんだけども。
しかも好かれてるとなると興奮するな。
因みに言うと、今出た三人全員友達ゼロ。俺以外のな。ボッチ軍団に好かれる俺、わお。
……もしかして俺がハッチャケ過ぎてるだけかしら。
昇はサッカーに熱心な俺が好きで、谷田崖はおバカな俺が好き、といったとこか。矢吹は俺のどこを好いてくれたんだろう。
まさかの彼女が一番分からないんかい。何てことだ。
俺は矢吹の何処が好きかって? 全部が好きっちゃ好きだけど、強いて言えば優しい性格と俺にデレデレなとこと柔らかそうな身体と、時折見せる天使の様な笑顔だな。
彼女は自分にデレデレって、最早勝ち組だな。ふっはっはっは。
「起きたなら早く帰りましょうね、花菱君」
「わお、先生いつの間に」
「今しがた」
扉の前で不機嫌そうに腕を組むのは保健担当のアヤサワだ。染めてるとしか思えない違和感バリバリの赤髪から、『アカソメちゃん』と呼ばれている。
まあ先生のことはどうだっていいとして。
先程まで手を握っていた筈の谷田崖はいつの間にか絵本を黙々と呼んでいた。君は何? 照れ屋なのは分かったけど、動作まで高速なのか?
「いや、もう放課後だから帰りなさい」
「ほーい」
谷田崖に熱視線を向けていたら、アカソメちゃんに怒られたのでバッグを持つ。谷田崖は椅子に座ったままだけど、帰らないのか?
「谷田崖、送ってこうか?」
振り返って訊くと、谷田崖は顔を小さく振った。あ、何だ動作全てが高速な訳じゃないのね。
絵本を片付けた谷田崖は、何かをいそいそと探し始めたアカソメちゃんに向かう。
帰らないのか……と踵を返そうとすると、谷田崖が顔だけこちらに向けたのに気がつき再度振り返る。
『バイバイ』、と口を動かし手を振ってきた谷田崖に、俺からも同じ動作を返した。先生には気づかれたくなかったとか、そんなとこだろうか。
何だよ、やっぱ女子は皆可愛いよチクショー。
……あ、もしかして谷田崖、『挨拶をしろ』って言ったこと気にしてくれたのかな。だとしたら結構嬉しいものだ。良いことした気分になる。
「シュン、いつまで寝てんのよ。待ちくたびれたじゃない」
「僕もう眠い」
昇降口にやって来ると、ジャージ姿の矢吹と昇がベンチに腰をかけていた。うわ、矢吹のジャージ姿って新鮮だなぁ。
てか、この二人何してるんだ? もう六時近いのに学校に残って何してる? 何でお前らは怒られないんだよ。
二人が怒られてたら代わりに怒られてやるつもりだけどね。女の子は大切だから。
「なぁ、何で帰ってないんだ? 部活長引いた? 今日は五時半までだろ?」
「待ちくたびれたって言ったけど!?」
「ずっと待ってたんだよ、花菱君を」
「あ、なるほどねメンゴメンゴ。リンゴ×リンゴはリンリンゴー」
「……は?」
「……」
「矢吹、無言で微笑まないで。結構くるから」
二人の態度が素っ気ないので、寂しくて胸が苦しいけど靴を履き替えた。泣かないもん、僕強いもん。
あ、今日の靴ボロボロだなおい。そんな張り切り過ぎた? 後で新しいの買わなきゃだけど、矢吹とのデートで殆ど使ったんだよなぁ。
もう少し我慢するか。
うわ、外暗っ。まだ六時にはギリギリなってないだろ。今五時五十九分だぞ。
夏が一番夜長いんだっけか?
「冬だよ」
「冬か」
選りに選って矢吹に指摘された。昇なら全然良かったのに、俺よりおバカさんの矢吹に指摘された。
お? 谷田崖大変だ。矢吹もおバカだけど全然友達いないぞ。おバカは目指さなくていい。
校門に向かって歩いていると、門付近に二人男子生徒が会話をしているのが見えた。コタケとヤスダだな。
何をしてるのかは分からないが、どうせ下らない会話で盛り上がっているのだろう。俺の友人達だし。
話しかけようと一歩前に出たが、俺より先に昇が声を出した。……普通に話しかけてんじゃん。
「下校時刻はもう過ぎてます。早く帰ったらどう? コタケ君にヤスダ君」
昇は女傑を思わせる口振りと態度を取る。……そんなだから友達出来ないんだよお前はさ。
昇に気づいてそそくさと去るヤスダはただの臆病者だが、コタケは昔の昇を知っている為か、笑って誤魔化した。
「そうだ、ハナシュンこれやるよ。ほいっ」
「おう?」
コタケがヒラリと投げた二枚の紙をキャッチして見てみたが、それは水族館のチケットだった。二枚ってことは、矢吹と一緒に行けという気遣いなのだろうが……これ、昇が居る眼の前で渡す?
案の定背後から燃え盛るオーラを感じたが、振り返らない様にコタケを睨みつけた。
……どうしよう、この状況。




