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ジェットコースターってさ、ゆっくり上昇して『いつ発車するのか』って恐怖を停止して生み出し、不意を突いて高速で動き出すじゃん? 回るじゃん? コレ考えた人天才だよな。
喩え「俺全然余裕だし」とか言って怖がりもしない奴を連れて行けば、たちまち心の内は恐怖で染まるじゃん? 流石絶叫系で最も認知されてるアトラクションだと思う。
つまり何が言いたいかというと、怖くないと思ってた人がビビるくらいなんだから、元々ビビってた人は乗って魂抜けるよねってこと。
俺のことだけど。
「花菱君、大丈夫?」
本気で心配してる顔で、公衆の面前の地に這いつくばる俺を見下ろす矢吹はピンピンしてた。
先程のドロップタワーなんかよりよっぽど肝が冷えたんだが、君は大層肝が据わっているのだろう。俺もう足ガクガク。
人から注目浴びまくってるけどもうそんなの関係ねぇ。怖かった時は全力で怯えるのが俺流だ。
女子との初デート……こんな腑抜けた男を振る舞う予定は無かったんだけどな。
もっと格好いい姿を矢吹には見せたいんだが、遊園地で格好いい姿って何で見せられんだよ。分かんねーよコンニャロ。
周囲の人間が失笑したり嘲笑したりと様々な笑い方をしているが、俺は匍匐前進で視界の前方に設置されている白いベンチに向かって行く。
辿り着いて、燃え尽きた様にもたれかかる。
後から追いかけて来た矢吹は先程俺が買って来ていたドリンクを渡して来た。まだまだ心配されてるな俺。
「ふふ、これじゃ僕と君、どっちが情けないか分からないね。まあそんな弱っちぃ花菱君も好きだけど」
「マジで? サンキュー。ついでに天使みたいな笑顔プリーズ。癒されたい」
「僕天使の顔見たことないからなぁ」
俺だって無いよ矢吹さん。天使の顔なんて死ぬ時くらいしか拝めないと思うぜぃ。
天使を彷彿とさせるエンジェルスマイルを見せてくれって言っているんだ。分かりたまえ。
……やっぱいい。周囲の人達がめっちゃガン見して来るし、数個所から殺気みたいなの感じるし。
顔は天使で脳内にも天使が舞っていそうな矢吹さんだけど、その美貌故に人目を集めてしまう──か。こんなとこに廉翔なんて居たら何て言われるか。
いいとこ「誰? 友達? 彼女なんて有り得ねぇもんな」辺りだろう。美少女が彼女だとは伝えてあるんだがな。
あ、このドリンク美味しくねぇ。言葉には出さないけどさ。
失敗したな買う物。『ゲテモノジュース』なんて選ばず大人しくオレンジジュースでも買っときゃよかった。
「なぁ、この後矢吹はどうしたい? この遊園地来たことなくて全然分からないんだよ」
ドリンクが空になったのでベンチ横のゴミ箱に投げ入れた。けど失敗。蹴るのは得意だけど投げるのは本当に苦手だなぁ。
日曜日だから部活は無いんだが、忘れていた。俺全然部員集め始めてねぇよ。てか集めようと決心して三日経った筈なのに二日しか経ってねぇよ。何だ混乱するな。
隣に腰掛けた矢吹は何処か遠くを眺めている。視線の先にあるのは『ネズミパニック』と書かれたポスターだった。
この娘っ子は彼氏よりネズミに目が無い様だな。俊翔寂しい悲しい。
そんな矢吹を横に見て、彼女の呪いについて考えてみることにした。
彼女にかけられた『一日に一度、好きな人と会えなければ死ぬ』呪いは実際、厄介なものである。
俺だってバイトがあるし部活だって入ってる。運動部はもう直ぐ大会の為に遠征することになるだろう。遠いから。
……当たり前か。
そうなると俺達は一日に一度会うことが難しくなって来る。大会の間は別の町で宿に泊まるので帰らないんだ。
どうしたら矢吹としっかり会うことが出来るのだろう。下手したらそこで延々、ループにはまってしまうかも知れない。
それだけでも避けたいし、何とか死にたくない。後で矢吹と話し合うしかないな。
今も出て来たが、この呪いの最悪だとも言える点は『死ぬこと』だ。
矢吹にだけかけられた呪いだが、条件を達成出来なければ二人共あの世行きだ。まあその日をもう一度、となるのであの世には行けないが。
えっと、つまるところ、何度も失敗すれば何度も苦痛を味わう羽目になるということだ。幾ら図太い神経をお持ちである俺でも廃人になり兼ねない。
矢吹と遠征中も会うためには、どうすれば──
「あ」
一つ、完璧に呪いを避けられる、恐らく唯一であろう手を発見した。
これなら、遠征中矢吹にも会えるし、勿論大会にも出れる。まあまだ部員揃ってないんだが。
「どうしたの? まだ吐きそう?」
「いや違うんだ。矢吹、デート中にこんな話したくはなかったんだが、忘れちゃいそうだから今言わせてくれ」
「ん? いいよ」
「矢吹、サッカー部マネージャーにならないか?」
「えっ」
サッカー部のマネージャーは現在昇が担っているから別に大丈夫なんだが、矢吹と会うにはこれしかない。そう思ったんだ。
遠征中、勿論マネージャーだって同行する。大会にだって出るし、部活中も一緒に居れる。
前回、初めて呪いに敗北を喫したあの日、俺は部活が長引いて矢吹に会いに行けなかった。それが招いた悲劇だったんだ。
なら、必ず合わなければならない様にするしかないだろう。部活が無い日は今日みたいにデートしたらいい。楽しいし。
デートに飽きたり、金が減ってきてしまったなら家にでも遊びに来ればいい。あ、まだ家に招いてないな。
だから、矢吹がこの作戦に乗っかってくれなければ、俺達はループに絶対ハマる。ジ・エンドだ。
「サッカー部に入ってくれれば俺とも会える。遠征中だって毎日傍に居れる。な? 俺達の現状を考えるなら、得策だろ!?」
「う、うんそうだね」
何処か不安そうな矢吹は、俺から目を逸らした。
まさか受け入れてくれないのか!? これが最も、現状最もいい手段な筈なのに!
目は合わせてくれないが、視界には俺を入れてくれた矢吹はドリンクを一旦ベンチに置いた。
少しだけ、朧げに見える感情は……恐怖、だろうか。俺にはそんな気がする。
一体何に怯えてる?
「矢吹、どうした? この手段が最適だと思うぞ」
「うん、僕もそう思う。居たい時に一緒に居れるしね。でも、不安なんだよ」
「何が……?」
カーディガンの胸部を握り締める矢吹は、確かに怯えている。不安丸出しだ。
だが言ってくれなきゃ、分からないものも──
「梅原さんが」
矢吹は、声を振り絞って小さく呟いた。
「昇……が? 何で? アイツ、矢吹に何かしてくるのか? パンツ脱がしたり裸の写メ撮ったり? ヤベェめっちゃ見たい」
「違うよ!」
怒られてしまった。本音を豪快に叫んだだけだというのに。悲しい。
暫く考え事をする様に黙った矢吹を見て、俺も待ってみることにした。こういう時はグイグイ押してはダメだ。
……本に書いてあったよ。
決心した様な面持ちになった矢吹に、俺も倣ってイケてる顔になった。つもり。
こちらを窺う様に見た矢吹は、口を開いて不安の根源を教えてくれた。
「梅原さんは多分、花菱君と二人がいいと思うから」
「何を言ってんだ矢吹。サッカー部は六人くらい居るぞ」
即答したら、眉を曲げてジト目された。怖い。
だが矢吹、本当に部員は六人だぞ? 昇と二人切りになるとか有り得ないからな。アイツはマネージャーだし他の部員よりは会話少ないし。
そもそも、何で彼女が優先されないんだよ?
「僕だって花菱君と一緒がいいよ。でも、多分梅原さんも同じ。僕と花菱君が付き合ってるなんて知ったら、何しでかすか……」
声のトーンを落とされたので、聞き取りにくかったが何となく理解は出来た。
なるほどね、俺が矢吹と付き合ってるなんて知ったら嫉妬しちゃうって考えてるんだな。なるほどなるほどなーるほど。
だが矢吹、それは絶対に無いぞ。
人差し指を天に掲げ、俺は無駄に格好つけて語り出した。
待って、このポーズ実際超ダサくね? 急にやめるの恥ずかしいからこのまま喋るけどさ。
「昇は俺を、親友だと思っている。そして、俺に恩を返そうと日々頑張ってるんだ。だから、俺の言うことなら聞いてくれる筈。何しても俺が止めるから大丈夫だよ」
矢吹は一度何か言いたげな表情を見せたが、直ぐに目を逸らした。そして俺に向けて微笑んだが、俺は気持ちがよくなかった。
もう分かっちゃうんだよ、相手が笑ってない時なんてのが。ずっと、人を観察して来たからな。
嫌われたくないし、更には好かれたくて──まぁ、今そんなことはどうだっていい。矢吹が微笑んだなら、微笑み返すだけだ。
「分かった、信じるよ花菱君のこと。でもこれだけは僕のことも信じて。僕と梅原さんは、多分『天敵』だってことを」
「天敵……?」
てんてきって、天敵のことだよな? 出逢ってはならないみたいな、そんな類いの言葉だよな?
てんてきって、薬使うアレじゃないよな? 大丈夫だよな間違ってはないよな。
だが、何故に昇と矢吹が天敵? 嫉妬しちゃう程、二人共心が狭いってことなのかな? それ俺モテモテじゃん。
どっちも美少女万歳。いや、美少女じゃなくても女の子二人から好かれてるってなると嬉しさ半端じゃないな。
……昇は違うと思うんだけどなぁ。俺に恩を感じてるだけだろアイツ。
記憶失くなったから、助けてくれた俺にくっついて来るだけだと思うんだけどな。
さてと、こんな辛気臭い話はやめやめ。さっさと遊ばなきゃ時間も金も勿体ねぇ! 遊ぼうぜ矢吹。
立ち上がり矢吹の手を握ると、釣られて矢吹も立ち上がった。
ああ、女の子の手。何度握っても慣れない童貞心分かるかしら?
「次は何がいいだろうなぁ。俺いい加減吐き飽きたし、絶叫系やグルグル回る系のアトラクションは嫌だぞ。あ、お化け屋敷でも行っちゃう〜?」
矢吹がお化け苦手かどうかは知らないが、怖がって抱きついてくれたりしたら本当もう幸せだよな。
待って、俺が苦手だお化け。矢吹抱きついても怒らないかなぁ……。
あと、さっきから黙ってるけど矢吹一体どうしたんだ? 俺がお化け屋敷指差してるのに、全く違う方向向いてるし。
視線の位置的に、俺の背後をガン見してる?
矢吹の視線を辿ってみると、その先には矢吹とは打って変わって完璧にガーリーな服装をした知り合いが立っていた。
白色のトップスが清楚さを際立たせていて、だが張りのある太腿が剥き出しのミニスカが活発的な姿を想像させてくる。髪にはいつもの黒チェックリボン。
何故ここに……。
「何してんの? シュン。矢吹さんも一緒に居るし……」
「昇、お前こそここで何してんだ?」
「別に? 遊びに来ただけに決まってるじゃない。それより、あんた達は何で二人で?」
「いや、これは……」
一人でですか? お嬢さん。何てふざけられる雰囲気じゃない。それくらい分かる。
何故だ、何故こうも威圧的な眼を向けて来るんだ昇。お前そんな奴じゃないだろ!?
矢吹は矢吹で俺の背後に隠れてしまってるし……コイツら、本当に天敵だったのか。一触即発的なアレだったのか!
矢吹の言うように昇が嫉妬するならば、『デート』は禁句な気がする。だけど俺達はデートを楽しんでいるんだ、恋人なんだ!
俺は心を決め、未だ睨みつけてくる親友に向かって一歩踏み出した。矢吹は何があっても俺が守るからな。安心してくれ。
「昇、実はな──」
「僕達、趣味が合うなってことでよく話すようになって、今日は食べ歩きしながら遊んでたんだよ。だから、別に何だってない。今はお腹の休憩を兼ねて遊園地に来てるだけだよ」
「ふーん、そうなんだ?」
矢吹、何故デートだってことを隠す? それと俺と矢吹じゃ趣味違い過ぎるだろう。俺は鼠好きじゃないぞ? 食べ歩きが可能な程大食いですらない。
こんな嘘、恐らくバレバレだ。昇は俺の趣味を知っている。
普段の昇なら嘘は見逃さないが、何故か今回だけはその口を閉じている。うーん、と唸ってはいるものの、指摘はして来なそうだ。
やはり昇は嫉妬なんかしてこないんだよ矢吹、考え過ぎだ。だからそんな震えていないで、な?
俺がこっそり矢吹の背中をさすっていると、一瞬、昇の眼がギラリと光った気がした。
邪悪な、ドス黒い赤のオーラが目に映った様な気もする。何何何何。
「二人で、遊園地ねぇ。小食なシュンと食べ歩き……人混みが苦手なシュンと、普段教室にすら姿を見せない矢吹さんが二人で、ね」
「ど、どうした昇? 言ってるだろう? 俺達は趣味が似てたってさ。偶然互いが趣味を実践しているとこを目撃しただけだ」
趣味を実践って何だよ。自分でも呆れるわ流石に。
ブツブツと虚無空間に誘われそうな瞳で何も無いとこを見つめる昇は、クスッと怪しく微笑むと俺達に向けて笑ってない笑顔を作った。
──いや多分、俺達じゃなくて、矢吹にだ。
マジかよ昇、お前本当に嫉妬しちゃう訳? 俺みたいな女大好き変態セクハラ野郎なんて見捨てておけよ。お前そういう男嫌いだろ?
「なら私も一緒に遊ぼうかな。丁度一人でたいくつだったし。ね、いいでしょ?」
「え、えぇ……?」
「う、うんいいよ」
「本当? ありがと矢吹さん」
「ううん、大丈夫」
初デートでまさかのハプニング。
矢吹さんマジスか、何故昇も一緒に遊ぶ羽目になったんだよ。多分コイツ食べ歩きまでついて来るぞ。
でもそんなに俺のこと好きなのかなサンキュー。てそうじゃないだろ。
何てこった……。
急展開と言いますか何と言いますか。
これからも宜しくお願い致します