プリズム
山道を運転中に美しい虹を見た。
渓谷に半円状にかかる虹は今まで見たどれよりも間近で、そして鮮烈だった。
ちょっと足を伸ばせば、虹の根本を掘りにいけそうな錯覚すら覚えた。
余程コンディションが整っていたのか、山道をしばらく進んでも虹は角度と場所を変え見え続けた。
つまり虹の根本を掘りに行っても永遠に辿りつけないということ。
これは怪異の在り方とも似ているのではないだろうか。
運転しながらそんなことを思う。
虹の根本に辿りつけないように、怪異と遭遇してもその根本に辿りつくことはできない。
虹は単体では存在できない。
太陽とスクリーンとなる水蒸気を含んだ空気とそれをしかるべき角度で観測する者とと。
それらが複合して生まれる現象が虹であり、実体として虹がある訳ではないからだ。
当たり前の話なのだが、例えば幽霊を見る時にも同じことが起こっているのだろう。
虹のように条件が整った時に、現象としての幽霊が立ち現れる。
そして虹の根本には永遠に辿り着かないように、どんな科学的なアプローチをしようとも幽霊の本質には辿り着けない。
エンジンが苦しげな音を立てる。山道の勾配が急になったようだ。
俺はアクセルを余分に踏み込んだ。
これがマニュアル車ならシフトダウンしたり色々することがあるのだがオートマではアクセルの緩急ぐらいしかすることがない。
お陰で考え事が止まらない。
虹はまだ角度を変えて見え続けていた。
あまりに虹が見事だからか、路肩に立ち尽くして虹に見惚れている人がいた。
虹をいくら観察したとしても、虹の本質に至ることはできない。
プリズムで光を分光したことによって、虹の原理に至ることができた。
怪異についても同じように、幽霊や超常現象への科学的アプローチやはたまた人間心理や脳の機能の解析などではその怪異の本質や原理にかすめることも出来ず、まったく違った方面から怪異の面妖に絡んだ紐が解き明かされるのだろう。
恐らく世界にはいまだ人類が知ることのない関数がある。
それは例えば名状しがたき虹色に輝く‥‥‥
いあ、いあ。
いや、待て待て、何を考えている、俺は。
どこからこの考えが出てきた。
いあ、いあ、ではない。
虹はまだ見え続けている。
虹が泡立っているように見えたのは、気のせいだろう。
また虹に見呆けて路肩に立ち尽くしている人がいた。
山道で近くに民家はなく、また運転してきた車もない。
立ち尽くしている人はどこからどうやって来たのだろう。
考えてはいけない。
バックミラーに目をやっても行けない。
なぜかそんな気がしてならない。
決して振り向いてはいけないと言われたのに振り向いてしまったオルフェウスやイザナギ之命のように。
ああ、そうか。
振り向いてはいけない怪異譚は沢山ある。
その理由が分かった。
虹と同じだ。
虹と正対した時、太陽を背負うことになる。
怪異と正対した場合、怪異の太陽は背後にあることになる。
幽霊という虹を見ている時、それを生み出している大本は無防備な背後にあるのだ。
だから降り向いてはいけない。
虹ではなく太陽を直視してしまったら、眼は焼き付いて永遠に光を失う。
決して降り向いていけない。虹を見ている時も、幽霊を見ている時も。
それは人が耐えられる範疇を越えている。
いっそ冒涜的な。
いあ、いあ。
一人で部屋に居る時、風呂で髪を洗う時、背後に何かがいるような気がする時、後ろには確実に何かがいる。虹のように条件が整っていないから怪異として立ち現れていないだけで怪異の太陽は背後にいる。
だから、だから、決して降り向いてはいけない。
いあ、いあ。
だというのに俺はバックミラーを見てしまった。
そこに映っていたのは、
虹が! 虹が!
泡立つ虹が!
落ち
て




