第一楽章 テレーゼ
音楽にジャンルはない。あるのは良い音楽と悪い音楽だけだ
オレは自由でありたい。どんな時も。そして自由を侵されたくない。誰に対しても。
この世界には本当の自由など存在しないのかもしれない。
だからこそオレは自由を持ち続けていたい。どう思われようと構わない。
この摩天楼の下に今、目の前にいる女はオレの自由を必ず侵す、自由の権利を剥奪する・・・そんな気がした。 だからこそ自由を剥奪される前に、オレは目の前の女に言い放った。
「髪の毛、切りに行ってきます」
「ちょっと待って、ヨハン・ディアギレフ君」
なぜか怒っている金髪ショートヘアの女教師、テレーゼ・キャロラインとか言ったか。
それよりもなぜオレはあんな事を考えていたのか全く覚えてない。よくよく考えてみれば、権利とか、剥奪とかってオレはあまり使わないよな・・・。
「ヨハン君、聞いてる?」
「いや、聞いてないです」
「だから、なぜジャージに着替えてないの?」
やはり怒っているあの女教師。まあそれは別にいい。
午前の体育の授業。校庭に学校指定のジャージを着ていない、オレを含めた三人の人間がいた。
ジャージを忘れた柔らかな芥子色の髪でメガネのたぶん美少年、アーサー・ネヴィソン。
体育見学常習者で体の弱い亜麻色ロングヘアーのたぶん美少女、リュリ・メシアン。
男にしては長い髪で自称自由人のオレ、ヨハン・ディアギレフの三名だ。
たぶん、というのは周囲がそう言うのでなんとなくつけた。
「ヨハン君、聞いてるの?」
「聞いてないです、テレーゼ先生」
「どうして聞いてないの?」
「走ったら髪の毛が目に入るじゃないですか?」
敢えて話を噛み合わせない、噛み合わせてやる必要なら全くない。
少しだけ余所見をして見ると、アーサーが、それはヤバい!みたいな感じのジェスチャーをしている。たぶん外からしてみれば挑発してるように見えるだろうな。
先生の方に顔を向けて見る。顔がかなり恐い、絶対にキレている。
「髪の毛なんか結べば良いじゃない!ねえ、皆もそう思うでしょ!」
そう言い、先生が皆の方を向いた瞬間に、オレは校庭にある正門に、全速力で走った。
「先生!いません!」
「えっ!?ホント?」
別に消えた訳じゃないだろ、と心の中でツッコミをしつつ、オレは校門を開けて、二十階を優に越えるビルの合間を走りさった。
そろそろ歩いても良いかと思えたのは磁力信号を渡り終えた後だった。
磁力信号とは一方から出てくる橋のような道(歩道のほうが車道より高い)は信号が青から赤へ変わるときだけ磁石の性質を持ち、全ての靴屋で売られている靴の裏にも磁石が付いており信号の変わり際に磁石がくっつき合って動けなくなり、橋と共に戻されるという信号だ。
その前になんでこんな熱心に説明しなければならないのか?
顔を上げるとショーウィンドウがあり、自分の顔がガラスに移っていた。
結構目付きが悪いがコレくらいがちょうどいいだろう。
髪の毛は確かに長かったが別にどうでも良かった。
顔を上げると空ではなくディエーチが見えた。
ディエーチというのは十階に作られた第二の道路の事で、車道と歩道の両方がオレの頭上にある。なので地面であるここは朝なのにも関わらず街灯が灯っている。
ここは太陽の光が届かないという事もあり、歩いている人が少ない。不気味という意見も聞いたことがある。
まあこんな所に青ジーンズとよく解らない模様の書いたラ・マリエッタ(Tシャツ)を着たヤツが居たら不良にしか見えないだろう。実際そうだが。
走るか・・・目的地はココじゃない。オレは静けさの中走り始めた。
車が浮いている浮いていないに関わらず渋滞していた。
ほとんどの車が声しか聞こえないラジオを聞いている。
誰かが携帯でニュース番組を見ていた。
アナウンサーの声しか聞こえない。
一台の車が映画を見ていた。
俳優の声しか聞こえない。
この世界に音楽は存在しない。
走りに走ってオレが到着したのは、ほぼ毎日来ているゴミの山だ。この場所は人工の島の焼却場で、陸から鉄橋で渡る事が出来る。
そしてここのゴミの山とは、今では取り扱っている店が減った自動車というモノに付いていた足、つまりタイヤの山なのだ。
だからといってタイヤで無邪気に遊ぶ訳じゃない。
数あるタイヤの山の中から、いつものタイヤの所に行き、そのタイヤを退かす。
そうするとタイヤの下から黒塗りでツヤのある物体が現れた。タイヤではない。
角張っているが、四角くない。滑らかな曲線があるが、丸くない。
オレもそれの名前は知らない。ただ、手前にある黒塗りの蓋を開けた。 開けると白と黒の鍵盤が現れた。いつもなら目の前にある場所に紙を置くのだが、鞄は学校に置いて来てしまった。
仕方ない、覚えている曲を弾くか。
白と黒の鍵盤に手を置く。白の鍵盤を指で押さえると、透き通るような綺麗な音が響いた。すぐに続けて他の鍵盤を押さえる。
指の速度が踊る様に速くなると同時に音も速くなった。
それはもう既に音では無く、曲となっていた。
透き通るような音色が沈黙を支配して行く。
曲が次第に遅くなり、音が消えて行き、勝手に動いていた指も既に止まっていた。
これを弾いていると不思議と気分が良くなる気がする。
もう一度弾こうかと思ったその時、ソイツが空から降りて来た。
人型。最初はそれしか確認出来なかった。何故なら、タイヤの山が崩れたからだ。
タイヤが落ちてくる。鍵盤に足を掛け、オレは黒い物体を庇う。
タイヤがオレの背中に落ちた。かなり痛い。黒い物体に当たっていたら絶対に壊れてしまっただろう。それだけ大事なモノだ、コレは。
目の前にあったタイヤの山が無くなり、人型のモノがこちらを見ていた。
体が赤と黒が変に混ざったような色をしている。今頃気が付いたがソイツは目が無いにもかかわらず、オレの方を顔が向いている。
今になって、逃げなければ、と思い出した瞬間、空からニ体目の黒塗りの物体が現れた。
二体目は急降下しながら、右腕を突き出しその鋭く、長い指で一体目を突き刺そうとした。一体目はオレの方を向いたまま動かない。
やっぱり見えてない。そう思った瞬間、二体目の五本の指が一体目の左肩に突き刺さり、二体目は一体目を海に落とした。
二体目は一体目と同じ人型で、目測で二十メートルはありそうだ。外見は何だか角張っていて重そうな雰囲気だ。全体的に黒く、少しだけ銀色の装飾がされてあり、背中には翼竜の翼の骨格のようなモノが二本付き、それぞれ六本に枝分かれしている。
すると突然ソレの頭が開いて人が一人出て来る。
「テレーゼ先生・・・」
「あっ、ヨハン君髪の毛切ってないんだ・・・」
「先生、今髪の毛関係無いですよね?」
「そっか、やっぱりヨハン君は・・・」
「聞いてますか?」
「ヨハン君!やっぱり君はこの、シンフォニアに乗る運転なんだよ!」
清々しい笑顔で先生そう言ったが、妙な沈黙が訪れた。
シンフォニア、とかいう聞いた事がない単語のせいだと思うが、原因は他にある気がする。 テレーゼ先生は、シンフォニアと呼ばれたモノの頭から身を乗り出しながら、軽く咳払いした後、こう言った。
「えっと、君はコレに乗る運動なんだよ?」
「運命、ですか?」
「そうよ!それ、それ、それよ!」
そんなんでこの人、よく教師に成れたな・・・。
そう思った瞬間、海に沈んだはずの一体目がシンフォニアの後ろに現れた。
「やっぱ、あんなんじゃ死なないわね・・・ヨハン君、手荒くするから!」
オレが何か言う前に、シンフォニアの黒い手に捕まえられ、そのままシンフォニアの開いている頭に放り込まれた。
「ヨハン君大丈夫?」
「頭打って大丈夫なわけ無いだろ!」
テレーゼ先生は適当に笑ってごまかしている様だ。
少し周りを見渡すとシンフォニアの頭の中は一人であれば結構広く、先生は真ん中より少し前にパイプ椅子に座って前を向いている。その視線の先のモニターに、一体目の姿が写しだされていた。
「行くよ!!」
先生が叫ぶと同時にシンフォニアが一体目に向かって走りだした。
走り出しシンフォニアが揺れると先生に繋がっているケーブルも揺れている。だいたい何のためのケーブルなのか。
モニターを見るとシンフォニアの右拳が一体目に向かっている。一体目はそれを左に避けた。
続いて勢いよく左拳を突き出したが、右に避けられてしまう。間もなく右拳を繰り出すも、そのままの体勢で右に避けられた。なぜ目が見えないのに攻撃を避けられるのか。
こうした攻撃が続く中、オレは何故かイライラして来た。どちらの攻撃も全く当たらず決着が付かない。一体目はシンフォニアに一切攻撃して来ないし、シンフォニアの攻撃は全く当たらないからだ。
「なんか武器とか必殺技みたいなのねぇのかよ!」
「あっ、忘れてた!」
おい、なんだソレは。武器とかあったらあんなシャドーボクシングなんかしなくてもよかっただろう。
今の隙に一体目は後ろに下がり距離を置き始め、そして顔の下が割れた。あれは・・・口か?
「ヴィイイイイィィィィィイイイイイイィィィイイイイイイイイィィィィィィィィイイイ」
物凄い声にすぐに耳を塞いだ。あの声は・・・・・・男?滑らかな旋律を長く伸ばした神秘的な声だが、身体の内側から何かを壊していた。そう、たとえるなら・・・精神・・・?
「ヨハン君耳塞いで!」
「遅いわ!注意遅い!」
あのヤロウ・・・・・・口が開いた時点で耳塞いでやがった・・・・・・まだ耳がピリピリする・・・・・・。
いきなり衝撃が起き、床に叩きつけられた。先生は椅子ごと前に倒れ、モニターに顔をぶつけていた。そりゃあパイプ椅子だし仕方ないだろうな。モニターを見ると隙だらけのシンフォニアに一体目の蹴りが直撃し元焼却工場にめり込んだ様だ。
もう一体目は声を出していない。
「ヨハン君、大丈夫?」
「アンタが大丈夫か!というか、さっさと武器使ってくれ!」
「その為に君を呼ぼうと思ってたんだよ!」
一瞬意味が分からなくなった。いや、今のは質問に答えて無い気がする。
オレが今の言葉の意味を考えている間に先生は何か操作をしており、し終わるとで目の前のモノを見た。それは見慣れた白と黒の鍵盤だった。なんであの鍵盤がここに・・・?
この鍵盤を知っていてああ言ったのだから先生はオレがアレを弾ける事を知っているのかもしれない。
「ヨハン君は指が器用だったよね!」
そんな事か・・・。そりゃアレを七年近くも弾いているのだから、指も器用になるだろう。アレがバレなくて少しほっとした。しかし、モニターを見ると一体目がこちらに走って来ている。蹴られたせいで結構飛ばされたらしく、まだ距離はあるようだが安心は出来なかった。
話が反れた気がする。大体鍵盤は武器じゃない。
「誰がそんなモン出せって言った!武器出せよ武器を!」
「だから器楽武装なんだって!ヨハン君がコレをやるんだよ!」
アンヌ先生の口から、また変な単語が出て来た・・・だが話を逸らすワケにはいかない。
「それだったらアンタがやればいいだろ」
「だって私、コレに乗るの初めてだし・・・」
初めてって言ったか、今。だから弾けないってか、このヤロウ。とりあえず聞かなかった事にしよう。足音が近くなってきた。一体目がもうすぐ側まで来ている危険な状況らしい。
「弾けば良いんだろ、弾けば!」
ここで死んだら自由もクソも無い!半ばヤケクソで言ってしまったかもしれない。
オレは鍵盤の上に手を置いた。しかし先生が鍵盤の前に立っていたので先生の肩越しに鍵盤を見ていたので、何か先生を包み込むような体勢だったが今は関係ない。
そしてオレは弾く。自由のために。
鍵盤の上を指が踊っている。
透き通るような音が辺りを包む。
一体目がよろめく。音に弱いのか?
それを知ったからといって無茶苦茶に弾いたりしない。
鍵盤を見なくてもこの曲は何度も弾いた。記憶している。
また一体目がよろめいた。やはり音に弱いようだ。
音の旋律が青い空に響く。
旋律と同時に黒い棒が後ろから現れた。
形からして背中の六つに枝分かれした骨のような翼の先端。
その黒い棒は白い音の刃を鍵盤の様に出していた。
十二の黒い棒は一体目の周囲を回りながら浮遊していた。
曲のテンポの様に。穏やかに。
旋律の最中に一体目の右腕が突然、音の刃を帯びた黒い棒に斬り捨てられた。
続いて左腕が背後の音の刃に切断された。
黒い棒が一体目に順番に三本刺さり、一体目は焼却工場の前で倒れた。
何も無い広い場所で倒れたので、なにかが下敷きになっている事は無いだろう。
しばらく曲を弾き続けていたが、黒い棒がシンフォニアの周囲を回っていて物騒だったので曲を止めた。
「これで良いのか?」
自分としてはもっと弾きたかったが弾く目的は一体目を倒すことだったのでオレは一応先生に聞いた。黒い棒は視界から消えているので、元の場所に戻ったのだろう。
「やっぱりさ・・・運命だよね?」
先生はオレを見ず呟く様に言った。
運命という言葉は嫌いだ。この世で一番嫌いな言葉だ。
オレは運命から逃れるために自由に生きていく事を決めたのだから。
「運命なんてそんなモノ無いだろ」
先生は突然振り向きシアンブルーの目でオレを見つめて来た。
かと思うと突然、笑顔になった。
「そうなのかな?」
笑顔で問いかけてきた先生を見て一つ思う事があった。
よくわからないな、この人は。
交響曲は始まったばかりだ。
どうも作者の木村です。
この作品は音楽とロボットを合わせた設定でやっていきますが一歩間違えるとアレになるな・・・ていう気がしてなりませんよ。
アレが何かは想像におまかせします。
とりあえず時間だけがないので更新は速くしたいと思っています。
(今回の音楽)
ベートーヴェン:ピアノソナタ第24番「テレーゼ」
23番から4年のブランクが空いた後の一曲。
テレーゼ・フォン・ブルンスヴィックという伯爵令嬢に捧げられた。
第1楽章 Adagio cantabile-Allegro,manon troppo
第2楽章 Allegro vivace
の二つの楽章から成る。ちなみに一体目は第1楽章の途中で撃破された。
ついでに言うとヨハン君は題名を知りません。
レオニヌス:「地上のすべての国々はみた」から
ヴィイイィというのはココから抜粋。
多声音楽など木村にはよく解らないところ。
ただレオニヌスは1150年から1201年ごろまで活躍したようなので結構古い音楽らしい。
とりあえず書くこと書いたので長くなる前に終わらせますよ、はい。
後書きっぽいのはまた時間がある時にしたいと思います。
あ、苦情やお願い、クレームや感想などありましたら送りつけちゃってくださいね。
それではまた。