蒼
青と蒼の続き?番外編?蛇足?になります。これで終わりです。
え??なんだこれは…?
起きたら部屋が一変していた。新しい家具が増えただとか、別の部屋だった、というわけではないのだが、とても派手派手しくなっていた。カラフルな折り紙が三角の形に切りとられ連なるように吊るされ、これまたカラフルな風船が天井につっかえるようにして浮かび、床にまで風船がコロコロ転がっていた。壁には星とか魚だとか、太陽だとか思いつくまま縁起が良さげなのを貼り付けました!てな感じで壁一面彩られていた。なんといっても極め付けは私だった。真っ青な服にラメがキラキラ輝き、手首と足首は金色の綿毛で縁取られ、頭には大きくキラキラで赤色のトンガリ帽子を被っていた。どうやら、これを被ったまま私は眠りについたらしい。
「こわっ…」
咄嗟に出た言葉がこれだった。昨日この部屋でなにがあったのだろう?パーティーが催されたことは明白なのだが、一体全体なんのお祝いで、ここまで私のテンションを高めたのだろう。私は哀しくなるぐらい煌びやかな私の衣装を見た。こんなの絶対、寝にくいだろうに…。
あまりに様子の違う部屋に気を取られていた私は、いつも一日の終わりと初めに見ていたモノを見落としていたことに気がついた。それは日めくりカレンダーだった。時間が経ち、ある程度の落ち着きを取り戻した私は、昨日の催しを確認する意味も込め、それを見て息を飲んだ。赤マルで囲われたその日付は私が寝た日からだいたい一年が経っていたのだ。
私はふっと体の力が抜け、私が主役!みたいな服のままベットに腰を落としてしまった。
覚悟はしていたことだ。というよりも蒼になった私は居なくなるつもりだったのだ。だけどやっぱり、こうして知らない間に一年時間が飛んだのを見せつけられてしまうと、置いていかれたような感覚に陥ってしまい悲しいような、やりきれない気持ちになってしまったのだった。
私が起きたって青に気取られて、青が気に病まないようにしとかないと…。
そう思い立った私は自分が起きたという痕跡を残さないよう努めることにした。ズレた派手派手しい帽子を直して、少し動かしてしまった足元の風船を元あった位置に戻し、ベットに潜り込み目を瞑った。
だけど、寝れない。ゴワゴワした服にアゴを締め付けるトンガリ帽子のゴム紐。手首に巻かれるようについた金色のモジャモジャは私がいつも寝る時に置く手の位置には合っていないのだった。なにより
寂しい
どんなに頭で理性で、これが正しいことだと分かっていても心だけはどうしょうもなく寂しいのだ。ここで私が寝てしまえば、次起きるのは何日後なのか何年後なのか分からない。もしかすると何十年後になるかもしれない。今居る人と会えないかもしれない。怖い。いっそ寝たまま青の中に消えてしまえればよかったのに…。その考えが浮かんだ瞬間、私はパーティー衣装のまま泣いてしまっていた。このままでは涙の跡がついてしまう。だけど、どうしたって涙を止めることも、ましてや眠ることなんて出来そうになかった。ここに爪痕を残すのは絶対に駄目だ。だけど、胸の中に思い出を残したい。私の胸の内にそっとしまえるような、ささやかだけど心が暖まって居なくなくなるのが怖くなくなるような思い出を。
私はふらつきながらもベットから立ち上がった。そうして、足元の風船を避けるようにして机の前まで進む。机の上には私達がかつて交換日記に使用していた日記帳が仕舞われずに置かれていた。気が引けた。ここに書かれてあることは私の知らない未来だ。もしかすると、昨日の楽しい出来事が書かれていて余計寂しい思いをするかもしれない。だけど…私は少しの間迷ってから日記に手を伸ばした。青に
「弱くってごめん」
と謝りながら日記を開き昨日書かれたであろうページをめくった。
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○月×日(青)
蒼へ。
誕生日おめでとう!私の妹!
P.S.冷蔵庫にケーキを置いておきます。良かったら食べてください。ていうか食べろ。
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眠気どころか涙さえ吹き飛んだ。
「ええええええええ」
夢かと思って辺りをキョロキョロ見回した。
「うっわ」
天井の風船に紛れるようにしてくす玉が垂れていた。まさかのパーティーは今日で、しかも主役は私だったのだ。
「ア、アホだ…絶対アホだ…」
青のアホさにワナワナ震えた。自分が着ていたキラキラの衣装が更にそれを引き立てた。
私は居ても立っても居られず扉を開け階段を降りた。まだ朝の早い時間帯で母は起きてはいないようだった。私は母を起こさないようにそっと台所に行き、冷蔵庫を開けてみた。中には、ラップに包まれ不恰好なホールのチョコケーキが入れてあった。あまりちゃんと膨らんでいないデコボコのスポンジに鼠色をした生クリームが綺麗とはいわないでも均等になるよう塗りつけてある。クリームで描かれた模様はいかにも素人仕事で両隣の造形でさえ違う形をしているのだった。なんていうか、手作り感の溢れるケーキだった。ケーキの上にはイチゴが輪を書くように置かれ、その中心にはラップでテントを張るように一本の蝋燭が刺されていた。
私はその不恰好なケーキを形を崩さないようそーっと冷蔵庫の中から取り出し机に置いた。後で気づいたのだが、その時には寂しいだとかそういった感情は私の中から消え失せていた。
「アホだなあ…」
ケーキを前にして、私は微笑みながらそう呟いてしまう。青は全部分かってる。そうして選んだ。次は私に選べと言っている。きっとニヤリとして。
私は棚からマッチとフォークを取り出して、かかっていたラップを外した。そしてマッチに火をつけ、ほんの少し迷ってから蝋燭に火を移した。周りには誰も居ない二人で一人の誕生日会。もうすぐ夜が明ける。朝が来る今日が始まる。
蝋燭についた火に息を吹きかけた。火はスッと消えて煙が一筋の線を作る。
これでケーキに手を加えてしまえば、きっと私達は後戻りできない。でも迷いはなかった。だって、これが一番険しくても幸せな道だと、私達は信じているから。
フォークをケーキに押し当てた。ふっとケーキの中に沈み込み、ふんわりとした感触を手に残したままケーキは切れていった。ケーキから一口分だけ掬い取ると、そのまま迷わず口に運んだ。
「おいしい」
チョコケーキのくせして分量間違えてんのか?とも思えるほど甘ったるいこのケーキは今の私達にはぴったりの味だった。
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○月×日(蒼)
ケーキ美味しかったです。
これからもよろしくお願いしますね。お姉さん。
P.S.くす玉は上手く開かなかったので、次私が起きるまでにちゃんと開くの用意しておいてください。
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読んでくださった方々。ありがとうございました!