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フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ

作者: 小暮 宏


  

「フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ」


小暮 宏


<人物表>


小人富雄 41 … 映画プロデューサー

秋月令子 24 … 小人の秘書

山本三助 55 … 映画館「前線座」オーナー

田中 勲 65 … 金持ち

浅間善之 50 … 田中の運転手

清水道子 33 … 市民グループ代表

溝口秀夫 56 … 旭日新聞嘱託・映画評論家

扶桑和人 30 … 映画監督

花山 修 27 … 脚本家

団 裕仁 32 … 男優・メイクアップの達人

赤沢陽一 30 … 男優

福田香子 21 … 女優

山崎秀子 22 … 女優

広瀬康子 24 … 女優

大平 茜 21 … 田中の二号・素人俳優

トニー早川 30 … 自称日系二世・通訳

イォシフ・コバノヴィッチ・シュガシビリ  33 … 素人俳優

森岡吉見 61 … 撮影所守衛

仁科慶子 47 … 前線座もぎり

宮下孝三 45 … 撮影監督

黒井 徹 27 … 助監督

佐山 明 40 … 美術監督

秋山純子 42 … ヘアメイク担当

栗田 恵 35 … 衣装担当

林 和人 42 … ダビング担当

その他スタッフ・キャスト一同

金坂   45 … テキ屋

吉田   19 … 金坂の子分

東野 … 映画ファン・女・西川とペア

西川 … 映画ファン・男・東野とペア

北山 … 映画ファン・男・南原とペア

南原 … 映画ファン・女・北山とペア

四方 … 映画館の客

喫茶店「白樺」

の客たち

市民グループのメンバー


<ストーリー>

1962年、日本で映画人口が激減していた真っ最中、独立プロデューサー・小人富雄は絶対に当たらない映画を作ろうとしていた。

 なぜそんな真似をするのか。

製作費を集めるだけ集めて、できるだけ安く形ばかりの映画を作り、売れなかったからという言い訳を残して、余った金を持ってドロンしようという目論見なのだった。

ではどんな映画が当たらないか。「良心的」で暗くてうっとうしいものに限る、とあらん限りの手を尽くしてつまらない「良心作」を作ったところ、これがどういうわけか買い手がついてしまう。

しかも買い手は山本という名うての商売人だ。

何が狙いなのか、小人が探ったところ、山本はその「良心作」が予算不足でひどく美術その他がちゃちな上、描写が公式的でやたらと型にはまっているくせに考証的にでたらめなところに目をつけ、これは少し手を加えれば外国映画に出てくる変てこな日本や日本人そっくりになる、作り替えて外国人が日本の誤解して作った「国辱映画」として日本製であることを隠して売ろうとしていたのだった。

そうと知った小人もただ山本に儲けさせる気はない。

どうせ国辱映画として売るなら、初めからもっとそれらしく撮った方がいいと山本と交渉し、小人が責任をもって作り替えるのを条件に、より高く売りつけることに成功する。

それからインチキ日系人などの協力を得て、スポンサーの干渉その他数々の障害をくぐり抜け、この日本製「国辱映画」の作り直しは進む。

そして首尾よく、その国辱性を話題作りに生かし、あるいは実は日本製なのではないかという言い訳も巧みに噂として流して、「日本人とユダヤ人」の映画版とでもいうべき日本製「国辱映画」は何を間違えてかヒットしてしまうのだった。


1 メイン・タイトル(絵)

チビで短足で出っ歯でつり目で眼鏡をかけたサムライたち。

電卓を首にかけ、片手に車、片手にテレビを掲げている帝国軍人。

風呂屋のペンキ絵のようなタッチで描かれた富士山、人力車、芸者、桜、菊などの日本的な風物。

外国人が見た日本人のカリカチュアの、そのまたカリカチャア。

怪しげな日本趣味の音楽。

T「1962年 ’日本」


2 映画館・前線座

六階建てのビルの最上階にある。

すぐそばに階段。

正面には「ぼくは負けない」

といういかにも真面目で良心的な映画のポスターが、ガラスケースにしまわれて貼られている。

自衛官募集のポスターか生命保険のパンフレットのように、青空をバックに子供たちが空の彼方を指さしている絵柄だ。

「文部省選定」

とポスターの上に大書してある。

男の声「映画が完成したら、ここで上映します」


3 階段

がらんとして、下までずっと続いている。

男の声「入りのいい時だと、ここから下までずっと人が続くんです」


4 他のさまざまな映画館の写真

がテーブルの上に並べられる。

男の声「これらも同じ系列の映画館です」


5 ホテルの食堂

写真を出して見せ、しゃべっている男(小人富雄・41)。

反対側にはいかにも金持ち然とした男(田中勲・65)が座ってコーンパイプをふかしている。

机の隅には「小人プロダクション代 表取締役社長・小人富雄」

という名刺が置いてある。

田中の方は名刺など出していない。

小人「…以上です」

田中「条件がある」

小人「パーセンテージにご不満でも」

田中「これだ」

と、傍らの若い女を指し示す。

大平茜(21)、どこか遠くを見ているような目付き。

田中「これを、主役にしてほしい」

小人「失礼ですが、演技経験は」

田中「(大平に)芝居の経験だと」

大平「小学校の学芸会で、主役」

ぷつんと投げ出すように言って、あとすぐぼうっとしている。

小人「なんの役です」

大平「たぬき」

小人「(がっくりきかけるが、気を取り直して)いいでしょう」

田中「本当かね。

監督に聞かなくていいのか」

小人「その監督は私が選ぶんです」

田中、大平に合図する。

大平、テーブルの下から鞄を出して、上にどんと置く。

開けると、中には札束が詰まっている。

田中「持っていけ」

小人、立ち上がって、田中と握手する。

小人が鞄を取ろうとすると、 田中「これも」

と、大平を持って行かせようとする。

小人「そちらは、またあとで」

と、鞄をしっかりと持つ。


6 小人の事務所

狭い中、秘書の秋月令子(24)と客の清水道子(33)がくっつきあうようにしている。

秘書のスペースを別にとる余裕もないのだ。

机の上に、清水が札束を一つ置く。

小人「(怪訝な顔をして)…これは?」

清水「カンパです」

と、机の上の一冊の本を取る。

清水「これの映画化を進めていると聞きました」

「わたしは負けない」

というその表題。

表紙は青空をバックに江戸時代の女たちが空の彼方を指さしている絵柄 だ。

清水「いい本です」

小人「そうですね」

と、言いながら鞄を椅子のうしろに隠す。

清水「子供に読ませたいと思っています」

小人「そうですね」

清水「私も読みたいと思っています」

小人、調子が狂う。

小人「(態勢を立て直し)どこがいいと思います?」

清水「これは『全国よい本を親子で読む協議会』推薦です」

小人「はあ…」

清水「私もその委員なんですけどね。

今の人たちはいい本を読もうとしません。

このカンパを集めるのも苦労しました」

それまで傍らでなぜか疲れた顔をして座っていた秘書の秋月が急に(だめだめ)という具合に手を大きく振り出す。

小人「(秋月に)何やってんだ、疲れた顔して」

清水「(構わず話しだす)まずこの学区内の学校を全部まわりました…」

*   * 

小人、秋月そっくりの疲れた顔をしている。

清水「…こうしてこのお金をつくったのです」

小人「ありがとうございます」

清水「よくこういう話を取り上げられたと感心いたします」

小人「ありがとうございます」

清水「それから、この本を広めるために協議会がどう運動したかといいますと…」

小人、げっそりする。

*   *

清水が帰ったあと。

秋月、逆さに立ててあったほうきを 戻す。

秋月「失礼ですけど」

小人「何」

秋月「ずいぶんあちこちからお金を集めたようですけど、こんな話で人が見に来ますかしら」

小人「どんな話なのかね」

秋月「(驚いて)…なんですって」

小人「(ごまかす)いや、気にしなくていい」

秋月「さっきあの人に話していましたが、上映劇場が決まっているからですか」

小人「そんなところだ。

あしたからスタッフと出演者の面接を始めるから手配してくれ」

秋月「はい」

秋月が仕事を始めると、小人は隠す ようにして、鞄から金庫に札束を移 す。

*   *

花山修(24)が、面接を受けている。

昭和初期の文士のような暗い顔。

前髪をぱらりと前に垂らしている。

小人「(『わたしは負けない』を見せて)これを脚色してもらう人を探しているんだ」

花山「…僕も二年前までは純粋でしたから」

花山、ふっと垂れた前髪を横に振る。

(何を言っているんだろう)という顔の秋月。

小人「これ、読んだかね」

花山「所詮、今の日本はアメリカの文化的植民地にすぎませんから」

あくまでナルシスティックな態度。

全然人の言うことを聞いていない。

小人「『ぼくは負けない』の脚本を書いたのは君だよね」

花山「そうらしいですね」

小人「らしいってなんだい」

花山「監督にさんざん勝手に直されましたから」

小人「なるほど」

花山、ふっと前髪を横に振る。

小人、机の引き出しから金を出して机に置く。

小人「前金だ」

花山、立ち上がって前髪をかきあげる。

小人「持ってけよ」

と、言うより早く金は消えている。

*   *

扶桑和人(30)が部屋に入ってきて一礼する。

と、部屋の隅に新しい仏壇ほどもある、角の丸いブラウン管のテレビの画面を秋月が調節しいいるのが目に入る。

今と違ってひどく写りは悪い。

ただでさえ狭い部屋がもっと狭くなっている。

扶桑「(急に不快そうに)あの、申し訳ありませんけれども」

秋月「お嫌い?」

扶桑「はい」

秋月、テレビを消し、ブラウン管の前にある小さなカーテン(映画館のミニチュアみたいな感じ)の紐をすっすと引っ張って閉める。

小人「(やっと)いいかね」

扶桑「すみません。

これ(テレビ)を見ると腹が立つもので」

と、席につく。

小人「置いておくと、景気がいいように見える」

扶桑「いいんですか」

小人、また金を机の上に投げ出す。

小人「演出を頼みたい」

*   *

ドアがノックされる。

秋月「どうぞ」

ドアが開いて、団裕仁(32)が入ってくる。

ちょんまげを結い、刀をさしている。

机の上に投げ出される金。

*   *

棒のようにつったっている赤沢陽一(30)。

小人「では、何か芸をやってみてくれ」

赤沢、発声練習を始める。

「あーえーいーおーうー」

といった奴だ。

机の上に投げ出される金。

秋月のけげんそうなようすが次第に強くなる。

*   *

福田香子(21)、山崎秀子(22)、広瀬康子(24)の三人娘がついていないテレビの前のソファに座って待っている。

新しくソファが置かれたものだから一段と狭くなっている。

秋月「では、みなさんどうぞ」

どうぞというほど小人との距離はない。

三人、とまどう。

秋月「三人とも、どうぞ」

福田「三人一緒ですって」

山崎「馬鹿にしてる」

広瀬「主役じゃなさそうね」

*   *

金が三等分される。


7 撮影所・全景 広大な敷地。

8 同・第6ステージ

丁度撮影中なのを見てまわる小人と所員。

所員「申し訳ありませんね、どこもふさがってまして」

小人「一週間でいいんですが」

所員「だったら、あと二週間でここが空きますが、短すぎはしませんか」

小人「空くんですね」

所員「ええ」

小人、ぐいと所員の手を取って金を握らせる。

9 同・スタッフルーム

さまざまな資料、調度が運び込まれ、体裁を整えていく。

せわしなく動く秋月。

*   *

一段落つく。

部屋には秋月しかいない。

秋月、印刷された台本の束の封を切る。

「雨の吉原」

と表紙に印刷されている。

秋月「あれえっ?」

中を開けて見ると、スタッフ・キャストの名はすでに埋まっている。

秋月、台本を読み始める。

*   *

秋月、読み終わる。

げっそりしたようす。

花山と同じように前髪がぱらりと垂れている。

小人が入ってくる。

秋月「すみません」

小人「何かね」

秋月「これ、決定稿ですよね」

小人「ああ」

秋月「なんか原作と全然違うみたいですが」

小人「ああ、結局あの話は使わなかった」

秋月「使わないって…いいんですか」

小人「あの前髪ぱらりがあんまり原作をいじるんで、結局別物にしたのさ」

秋月「なんか、ずいぶんじめついて暗くなった感じですが」


10 イメージ

青空をバックに江戸時代の女たちが空の彼方を指さしている絵柄が、すうっと曇天に、さらに雨空になる。

女たちは番傘に隠れてしまう。


11 スタッフルーム

小人「いいんだよ」

納得できない顔の秋月。

小人「原作料を払わなくていいし」


12 神社・境内

テキ屋(金坂)が店を出している。

金坂「さあ、そこのお兄さんお姉さん、お父さんお母さん、よってらっしゃい見てらっしゃい。ここにずらり並べましたる腕時計。たかが腕時計とおっしゃるなかれ、かのスイスはローレックス社特製、舶来の一流品だあ、銀座京橋のデパートで買ったら七万八万は軽くいかれる、給料の三ヶ月分がふっとぶという高級品、これを輸入した神戸のさる貿易会社、景気がいいのに調子に乗り、買い込みすぎて二十万の手形が買い戻せないばっかりに倉庫の中身をうっちゃって夜逃げした。人の恥をさらすのは仁義にもとる、この時計がどういういきさつでここに並ぶに至ったかはさておきまするが、本日は出血大サービス、一つ一万でどうだ、これを逃したら二度と手が出ないよ、あとで後悔しても間に合わないよ…」

と、いった調子でタンカバイをしている。

寅さんとは違って、はっきりとヤクザとわかる目つき顔つき。

前には若い男(吉田)がいて、変なタイミングで、「なるほど」「たいしたもんだ」といった合いの手をいれている。

客の一人(山本三助・55)が時計の一つを取り、裏返す。

吉田「(みとがめて)ちょっと」

山本、時計の裏蓋を回し出す。

吉田「おっさん、何してる」

山本「客が文句つけたら、サクラだってばれちまうじゃないか」

吉田「何ぃ?」

金坂「(吉田に)馬鹿野郎!」

吉田「(とまどい)え?」

金坂「(山本にぺこぺこして)ご苦労さんです」

山本「いくらまがいものを売るにしても」

と、裏蓋を外す。

山本「俺はもっとうまく作ってたぜ」

メMADE IN JAPANモの文字が外したあとに見える。

金坂「へえっ」

山本、時計を投げ出して去る。


13 前線座・前

「ぼくは負けない」

のポスターが剥がされる。

代わりに「世界の夜探訪記」という題の見るからに怪しげな映画のポスターが貼られる。

清水が(許すまじ)とまなじりを決してそのポスターを見ている。

清水、どかどか入場券も買わずに場内に入っていく。


14 同・ロビー

仁科もぎりのおばさん「もし、入場券は?」

構わずポスターの裏側にまわり、蓋を開ける。

(蓋の裏にポスターを貼 るようになっている) 仁科「ちょっと」

ポスターを剥がそうとする清水。

仁科「何をするんだ、この人は」

と、組み付いて引き離す。

清水「なんでこんなに番組が変わったのよ」

仁科「ここの持ち主が変わったんですよ」

そう言ったそばから山本がやってくる。

仁科「(山本に)お帰りなさい」

清水「この人が(持ち主)?」

仁科がうなずくより早く、 清水「話があります」

と、また中に入りかける。

仁科、また力づくで叩き出す。

どうも女相撲とりのような大力の持ち主である。

山本「もう少しお客さまは大切に扱いなさい」

と、ぷいと事務所に入る。

清水「(抵抗をやめ、息を整えて)一つ聞きたいんだけど」

仁科「なんでしょう」

清水「『わたしは負けない』って映画、ここでかける予定ある?」

仁科「(面倒臭そうに)いいえ、これからの番組は大体あれ(世界の夜探訪記)と同じ路線でいくはずです」

清水、不審な顔。

その後ろをすうっと入場券を出さないで清水にどんとぶつかり、 「ソーリー」

と言って通り過ぎ、場内に消えた男(トニー早川)。

派手なアロハシャツにサングラス、チューインガムをくちゃくちゃかんでいる無作法な態度。

進駐軍所属の通訳といった雰囲気だ。

清水「誰、あれ」

仁科「さあて、うちの社長のところによく出入りしてるんだけど、何者なのかしらね。

日系二世っていうんだけど」

清水「あの人、いつからここの経営を?」

仁科「つい最近。

(嫌な顔をし)大きな声じゃ言えないんだけどね。

乗っ取ったのよ。

この映画館だけじゃなくて、そんなのが他にもいくつもあるっていうけど」

  清水、顔つきが険しくなってくる。

仁科「余計なこと言っちゃったな」


15 日めくりカレンダー

1月6日。


16 撮影所・第3ステージ

クランクイン直前。

監督の扶桑、撮影監督の宮下、助監督の黒井、美術の佐山ほか、スタッフが準備を進めている。

宮下「なんとかならないのかよ、このセット」

佐山「しょうがないだろう、全部ありあわせなんだから」

宮下「ほこりぐらい払ったらどうだ」

佐山「そんなこと言ってられる余裕なんかあるか。

一週間だぞ」

宮下「(照明の岡本に)おい、そっちのライト消してくれ」

スタッフがちょっと乗ると、ぐらぐらして上からほこりが落ちてくる。


17 同・控え室1

福田、山崎、広瀬の三人娘が着付けを終えて、メイクを整えている。

(衣装担当・栗田、メイク主任は秋山) 福田「…結局主役は誰なの?」

山崎「見たこともない」

広瀬「聞いたこともない」


18 同・控え室2

団が面接に来た時のままの扮装を終えている。

秋山も扮装を終えているが、落ちつかず、狭い部屋の中で竹刀の素振りを始める。

黒井「(顔を出し)…準備できました」


19 同・第3ステージ

団、赤沢がやってくる。

もう三人娘は揃っている。

扶桑「…(いらいらした調子で怒鳴る)主役はどうした」

黒井、とんでいって帰ってくる。

黒井「来ました」

扶桑「よし」

と、来た大平の格好を見て、唖然とする。

何を間違えたのか、白無垢に角隠しの、花嫁衣装だ。

ご丁寧にも左前に着物を着ている。

福田「何あれ、左前じゃない」

山崎「着付けも知らないらしい」

広瀬「馬鹿にしてる」

扶桑「(怒鳴る)衣装係! 何やってるんだ」

栗田「(現れて)今この格好でついたばかりなんです」

扶桑「一人でか」

栗田「あと、運転手が一人。

先生は忙しいので当分来られないとか。

先生って何です」

扶桑「(答えず、栗田に)なんとかならないのか」

栗田、言われるより早く大平の衣装 を点検する。

*   *

大平の打ち掛けを裏返す。

と、裏地は柄物になっている。

裏返して着付け、なんとか格好をつけようとする衣装係たち。

三人娘、やる気をなくした様子。

小人、やってくる。

小人「何をしてる。

もうクランクインしている時間だろう」

扶桑「(言い訳しようとする)」

小人「言い訳はいい。

いますぐ、始めろ。

とにかく一週間であげるんだ」

扶桑「(ため息をつき)…みんな、位置について」

ばたばたしながら全員位置につく。

大平をとにかくセットの真ん中に据える。

黒井「照明、OK?」

岡本「OK」

黒井「キャメラ、OK?」

宮下「OK」

黒井「ロール」

カメラが回転する。

扶桑「はいっ」

黒井、カチンコを叩く。

カチンコに書いた文字の白墨の粉がぱっと飛ぶ。

宮下、舌打ちしてカメラを止める。

小人「キャメラ、回せ」

宮下、え、という顔。

小人「回せ」

宮下、カメラを回す。

扶桑「カット」

カメラ、止まる。

小人「いいか、NGはなしだ。

全部一発勝負でいけ。

うまくいかなくても気にするな」

*   *

大平扮する芸者と赤沢扮する手代が 心中する場面。

赤沢「(剃刀を構え、うわずった声で)これもみんな封建社会がいけないんだ」

大平はまるで芝居ができず、ぼーっとして聞いているだけ。

二人のバックで、上からバケツが落ちてきて、がらがらがしゃんと大音 響をたてる。

小人「気にするな。

音もあとで切ればいい」


20 黒井の台本

撮ったシーンが×で消される。

21 第3ステージ 黒井、食紅を大平の口に含ませる。

扶桑「アクション」

大平、肺病の発作の芝居を始める。

ごほごほせきをする。

芝居でやっているうちに、本当にせきが止まらなくなる。

扶桑「…(目を覆う)」

大きくせきばらいして、やっと止まる。

顔に当てていた手をどけると、食紅が手からついて、顔が赤鬼のように真っ赤になっている。

*   *

扶桑、(まともに見てられない)という感じでサングラスをかけている。

何か読んでいる大平。

扶桑「…台本なんて読まなくていいから、早くきてくれ」

大平「台本じゃありませんよ」

扶桑「なんだい」

大平、カメラ前に向かいざま、読んでいた本を渡す。

扶桑「(見て)…?」

横文字の本だ。

戸惑うが、すぐ仕事に戻る扶桑。

*   *

団扮する侍が捕り手に囲まれている場面。

団が次第に傷ついていく。

シリアスにやったら、悲壮美の場面になるところだが、捕り手役が少ないので、切られた奴が横にずっていって立ち上がると、またかかっていく。

しまいには、かかっていく捕り手の方が笑いだしてしまう。

笑いながらかかってくるのを団の方はひたすら大真面目に切り倒す。


22 黒井の台本

×のついたページが増えていく。


23 日めくりカレンダー 一枚一枚めくられていく。


24 撮影所・第3ステージ 芸者姿の三人娘、輪唱するように一斉にあくびする。

スタッフは大平にかかりきりになっている。

ぐだぐだやっているうちに三人の位置が変わってしまう。

黒井「キャメラ、OK?」

宮下「OK」

位置を変えたのに気がつかない。

黒井「ロール」

三人娘、あわてる。

扶桑「はいっ」

そのまま撮ってしまう。

扶桑「カット。

OK」

結局誰も気がつかない。

がっかりする三人。

*   *

そのままのポーズで、貧乏暮らしに いる姿になる。

(気がくさっているのがそのまま姿 に出た形)


25 日めくりカレンダー

1月13日になる。


26 黒井の台本

ほとんど×で埋められているが、まだ残っているところもいくらかある。

小人の声「撮らなくていい。

終わりだ」


27 小人の事務所

電話している小人。

秋月、傍らで事務をとっている。

小人「スケジュールの変更はしない。

撮れなかったら、撮らなくていい」

その大声に、秋月がちょっと小人の方を見る。

小人「命令だ」

電話を切り、開けてあった金庫の扉を脚で閉める。

一瞬金庫の中の札束が見える。


28 撮影所・正門

キャデラックがゆっくりと乗り付ける。

浅間(運転手)「(窓を開けて、受付に)扶桑組の見学に来ました」

毛利(受付)「あそこの撮影はもう終わりましたよ」

田中「終わりぃ?(後部座席で、きょとんとしている)」

丁度そこに黒井に送られて大平が来る。

浅間、いともいんぎんにすっと降りてきて、後部座席の扉を開く。

そして小さな足拭きを地面に敷く。

大平、ちょっと足を拭いてすっと乗り込む。

浅間、さっさと運転席に戻って車を出す。

あくまで流麗な動き。

田中「(まだきょとんとしている)」

電話の呼出音。

出る音。


29 小人の事務所

秋月「…(小人に聞かれないようにしながら電話している)」


30 同・スタッフルーム

秋月の声「…まだ解散しないでおいて下さい」

不完全燃焼といった感じで撮影スタッフたちが休んでいる。


31 ダビングスタジオ・外景


32 同・中


ダビングスタッフの一人、林が一人で初期のロックンロールを聞いている。

完全にはまっているようす。

扶桑「おい」

林「(聞いてない)」

扶桑「おいっ」

やっと気づき、しぶしぶ来る。

*   *

荒つなぎされた白黒のプリントが上映される。


33 同・スクリーン

(以下、映画中映画のシーンNoには―が入る)


33―1 女郎屋の裏手(白黒)

大平が血を吐く。

血を吐く。

血を吐く。

いくつものテイクをみんなつなげたのだ。

スプラッタムービーと間違えそう。


34 同・中

林「(あまりのしつこさにうんざりして)なんだよ、これは」

小人「(扶桑に)NGを出すなって言ったろう」


35 同・スクリーン

35―1 女郎屋・座敷(白黒) 畳をかきむしって慟哭している赤沢。

ものすごく下手な芝居。

音はついていない。

バックの障子にすうっとスタッフの影が写る。

(いけねえ)という感じであわてて出ていく。


36 同・中

扶桑「(ふてくされたように)ほら、こんなのだってNGは出してませんよ」

林「なんでこんな気が滅入る場面ばかり続くんですか」

37 同・スクリーン

37―1 女郎屋・座敷(白黒)

三人娘が泣き女のようにめそめそしている場面。

福田「あたしたちがいけなかったのよ」

山崎「あたしたちが話を聞いてあげていたら」

広瀬「許してちょうだい」

団「(いきなり現れ、うって変わって威勢よく)泣いていないで、立ち上がって戦うんだ」

いきなり、ロックンロールの音が鳴り響く。

まったくのミスマッチ。


38 同・中

扶桑「おい、なんだ」

林「音楽だけでも威勢よくしないと、見てられませんよ」

言い争いが始まる。

それをよそに、小人が所員に呼び出されて出ていく。


39 同・スクリーン

39―1 白い塀の前(白黒)

今たんかをきったばかりの団が捕り手にぼろぼろに切り刻まれている。

音楽はあくまでロックンロール。


40 山本の事務所

電話をかけている山本。

「ああ、うちのコヤにかけたいっていうシャシンだけど、できた? まあ、前のオーナーの約束だけど、あたしは義理堅いから、ほんとよ…仁義守りますよ…そう、だったら見たいんだけどね。

すぐ? ああ、早い方がいいけど。

じゃ、開けとく」

言いながら金勘定している。


41 ダビングルーム

小人「(入ってくるなり宣言口調で)これからプリントを映画館の持ち主に見せる」

扶桑「…いいんですか」

小人「いいんだよ。

支度しろ」

扶桑「このまま持っていくんですか」

小人「批評家に見せるんじゃない」

まったく自信のない扶桑の表情。

映写機が止まる。

林「ちょっと、まずいですよ、それには」

その困った顔を断ち切って、


42 前線座・出入口

終映後。

客がぞろぞろ出ていく。

頭を下げるでもなく傲然とそれを見送っている仁科。

代わりに入っていく小人。

ちょっと遅れて秋月がフィルムの缶を手押し車に乗せて入ってくる。

仁科「きょうはもう終わりです」

小人「支配人と約束があるんですが」

山本「(現れて)できたの?」

小人「はい。

初めまして」

と、名刺を出しかけるのを無視し、 山本「ああ、初めまして。

(秋月が持ってきたフィルムを一瞥して)あれ?」

なんとも横柄な態度。

山本「(仁科に)じゃ、あれを映写室に持って行って」

仁科「きょうは終わりじゃないんですか」

山本「(聞いていない)映写中は誰も入れるなよ」


43 同・場内

空の客席に小人、扶桑、山本、秋月がつく。

暗くなり、幕が開く。

映写機が動き出す。

上映が始まる。


44 同・スクリーン

タイトルが流れていく。

音がところどころにしかついていないプリントなので、ひどく静か。


45 同・客席

扶桑、そっと山本のようすをうかがう。

むっとした顔をしている山本。

扶桑「…(身の置きどころがない感じで、前に向き直る)」


46 同・スクリーン

46―1 百姓屋(白黒)

しきりとめそめそしている貧しい姿の大平。

ちゃりん、とその前に小判が投げ出される。

女買いの声「よし、これであんたはうちの女郎だ」


47 前線座・客席

いきなり、けたたましい笑い声が少し離れた客席から響く。

扶桑、驚いてスクリーンと見比べる。

笑ったのは早川だ。

扶桑、(笑うようなところか?)と首をひねる。

すましている小人。

秋月、はらはらしながら、早川の方を(何者だろう?)というように一 瞥する。


48 同・出入口

仁科、はなはだ機嫌が悪く、しきりと腕時計を見ている。

清水がそっと仁科の隙をうかがっている。


49 同・スクリーン

49―1 水車小屋(白黒)

団扮する用心棒が、大平の遊女と赤沢の手代の逢い引きの現場に踏み込んだところ。

団「わしは何も見ていない」

と、いいながら見逃す腹芸を見せている。

大平「(涙ながらに)ありがとうございます」

赤沢「ありがとうございます」


50 客席

また早川が笑う。


51 出入口

清水、また仁科に引きずり出されている。



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