事半ば
硝子硝子屋 今日も今日とて 訪う客のちらほらと
硝子硝子屋 微笑みながら 想うは彼の人のこと
喪った子を象った硝子が欲しい。
そう言ってきた夫婦連れ。
哀れなるかな十にして。
車の事故で逝ったという。
暁は柳眉をひそめ請け負った。
手をかざす。
何もない宙から初めに出たのは指だった。
幼い細い指だった。
煌めきがこぼれた。
それから腕肩から胴そして脚。
最後に生まれた幼い顔。
輝きが溶けた。
男の子の硝子像は目を閉じたまま。
それでも夫婦は歓喜した。
男の子の硝子像に体温はない。
それでも夫婦は歓喜した。
生きているものかのように抱き締め頬ずりした。
温もりがなくて良いのかと問う暁に母親が答える。
自分たちの温もりを分け与えるから良いのだと。
瑞々しく光を弾く子供の硝子像。
透明度が深ければ深いほど。
美麗であればあるほど。
生身の体温とは異なるけれど。
ただ暁の生み出す硝子は動かすことが出来る。
固い硝子ではなく柔軟に動くのだ。
だから夫婦が男の子の腕を曲げようと思えば曲げられる。
抱きかかえようとすれば父親の腕に収まる。
こうして夫婦は硝子の子を伴い店をあとにした。
硝子硝子屋 くるりくるりと 複雑なるは胸の内
硝子硝子屋 とろりとろりと 硝子のように融けたなら
暁は店の奥に向かった。
そこには一体の硝子像があった。
嘗て妻だった娘の硝子像だった。
紺青色で出来ていた。
色分けすることも可能だがなぜかこの色で落ち着いた。
ただ頬だけは生きているがごとく薔薇色にした。
唇だけは生きているがごとく珊瑚色にした。
娘の像は目を閉じたまま動かない。
動かない。
極稀に。
硝子に命が宿ることもある。
それは奇跡と言い得るものの。
娘の像は当てはまらない。
硝子の頬に手を当てる。
ひんやりとした涼しい体温。
硝子の唇に口づける。
ひんやりとした涼しい感触。
寒色の。
寒色の。
心はいつまで留むるものか。
瑠璃に紺青。藍に浅葱。…紺瑠璃。
硝子硝子屋 心の隙に 寒い風が吹きすさぶ
硝子硝子屋 愛しいあの子 ただただ待つは侘しくて
暁は紺瑠璃と金の双眸を伏せる。
彩り踊る色彩の。
渦中にいたとて彼の人が。
なければ色も色でなし。
暁が求めるただ一人は今日もまだやっては来ない。