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硝子屋  作者: 九藤 朋
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事始め

 硝子硝子屋 この(あけ)細工 何の色に染めましょか


 硝子硝子屋 この麗細工 何の形にはめましょか


 今日も今日とて硝子屋の住まいの戸を叩く音。

 店と住まいは同じゆえ開けぬ訳にもゆかぬ理。


 白い上布の着流しに明るい朱の帯。

 長身の店の主の名は「(あかつき)」。長い髪を後ろで括り。

 髪は烏の濡羽色。


 瞳は深い紺瑠璃と。

 煌めくような黄金色。


 白木の戸を開けたならそこに立つ娘が一人。


 硝子硝子屋 この明細工 何の色に染めましょか


 硝子硝子屋 この麗細工 何の形にはめましょか


 聴けば男の手の硝子が欲しいと言う娘。

 恋した男の手を片時も放したくないと語る娘。


 恋知り初めし年頃の微笑ましくも稚い。

 

 暁は宙に手をかざす。

 宙から。

 何もない宙から取り出したるは男の片手。

 とろりとした光沢の。


 娘の頬に朱がのぼる。

 片手を受け取り唇をつけ。

 優しく優しく撫で回す。


 あの人ときっと幸せになりますと告げ。

 娘の姿は掻き消える。


 硝子硝子屋 ここは異界の 現と夢の境にある店


 暁は硝子屋を営みながら一人の女を待っている。

 暁がまだ常人であった頃添い遂げたいと望んだ相手。

 時代は江戸と呼ばれていた。

 犬の庇護厚き時代があった。

 時の将軍は綱吉だった。

 暁は若い侍で許嫁を持つ身だった。

 その許嫁が野犬に吠えられているのを追い払った。

 それを咎め立てられた。

 縁組は破談となった。

 暁は娘と逃げた。

 見も知らぬ村落。

 刀を鍬に変え。

 百姓の真似事をした。

 娘は(はた)を織った。

 慎ましくも穏やかな幸福。

 長くは続かぬ幸福だった。

 娘は病を患い果てた。

 男に残ったのは百姓となっても娘が手放さなかった硝子の(かんざし)

 真ん丸い紺瑠璃の。

 脚は金で出来ていた。


 弔いを済ませた後暁は藩に引き戻され切腹の沙汰を仰せつかった。

 暁に未練はなくその沙汰を受けて命を終えた。


 硝子硝子屋 愛しいあの娘の 面影追うは人の情


 硝子硝子屋 こうしていれば いつか逢えるとそう信じ



 暁は気付けば異界の住人となっていた。

 風貌も生きている時とは異なる。

 己が目の色合いには得心が行った。

 短い間でも妻であった亡き娘の形見の色。


 そうして訪う客の求める硝子の細工を商うようになった。


 ある時は暖炉の炎の硝子。

 またある時は女の薬指の硝子。

 またある時には硝子の花束を。


 硝子屋を続けながら暁は娘がいつか白木の戸を叩く日を待ち侘びている。



 時には珍しい客もある。


「おや、久し振りだなセロファン師」

「そうだね。元気にしてたかい」

「いつも通りだ。そちらは?」

「こっちもいつも通りだよ」


 ふらりと立ち寄るは()()(たま)の衣服を纏ったセロファン師。

 死にゆく者に望む色のセロファンを見せるが生業。

 硝子屋の少ない知己の一人。

 セロファン師の髪飾りの鈴を作ったのは暁だ。

 白と黒だけでは余りに色が寂しかろうと。

 珍しく頼まれるでもなく水色の硝子の鈴を生み出した。

 今もそれはセロファン師の髪でしゃらりと涼しげに鳴っている。


「今日は機嫌が良いみたいだね」

「彼女の夢を見たのだ」

「そう。それは良かった」

「我らが死にゆく時、お前はいなかったな」

「僕だっていつでもどこにでもいる訳じゃない」

「そうか」


 硝子硝子屋 想う相手が 望んだ色は何色か


 硝子硝子屋 知る手立てのない 不毛な思いを巡らせる


 硝子硝子屋 美しい 硝子の夢を見せたなら


 それが現と化したなら。


 弾けて蕩けて笑んで至上の想いが胸を満たす。



挿絵(By みてみん)




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