拝啓、先生
拝啓、最近やっと暖かくなって、こちらの桜の蕾も膨らんできました。
先生はお変わりないでしょうか。以前お手紙を差し上げてから、ずいぶん時間が経ってしまいました。いいえ、忘れていたわけではないのですが、少し困ったことがあったのです。今回は、何を隠そう、その少し困ったことについて、聞いていただきたく、筆をとったのです。こんなことは私も初めてで、意味のわからないことを書いてしまうかもしれませんが、先生の寛大なお心によって、お許しいただければ幸いです。
中略。
私の中には獣がいるのです。冗談じゃあありません。私にはわかるのです。いえ、わかってはいないのです。どうにも私は私がわからないのです。しかし私の中に獣がいる。それは本当に本当なのです。その獣はいつもは鳴りを潜めてじいっとしています。ですから、私はいつもは何事もなく世間の人々と同じように面白おかしく生きております。ええ、ええ。そうです、いつもは良いのです。しかし忘れたころに獣はやってくるのです。私を内側から蝕み始めるのです。最初は少し身体が痒いだけなのですが、それがだんだん、爪でガリガリとしているような感じになり、最後にはその牙が一斉に私を噛むのです。私は我慢効かなくなり、あちこちをかきむしるのですが、先生はご存知でしょうが、私の弱い肌はじんわりと赤い血が滲みだすのです。まるで百鬼夜行に出てくる、お化けのような風貌になって、それでやっと、獣は去っていくのです。去ってしまえば、何事もなかったかのように平穏な日常が戻ってくるのです。この辛さは誰にもわかってもらえません。友人にも、両親にも、そしておそらく先生にも言えることでしょう。わかっています。わかってもらうという事自体無理な話なのです。ただ、誰かに聞いてほしいだけなのです。突然こんなお手紙を送ってしまい、申し訳なく思っています。ですが、繰り返すようですが、先生の寛大なお心によって、お許しいただければ幸いです。このことを除けば、こちらは何も変わりはありません。まだ、こちらにいる予定ですので、もし先生に返事を書く時間と余力があればこの手紙の連絡先に送っていただきたく思います。書く時間と余力があればで構いません。それでは、また。先生に再びお会いできる時を楽しみにしています。
敬具
拝啓、花が目を楽しませる季節になりました。朝起きるのが楽しくなりますね。
先日のお返事ありがとうございました。先生からのお手紙ほど嬉しいものはありません。年柄もなく、飛び上がって喜んでしまいました。お恥ずかしい限りです。こちらの桜も八分咲きで、あちこちでと花見をする人々が見られます。覚えていらっしゃるでしょうか、私の家の近くでも桜が美しく咲いていたので、先生や私、近所の人を誘ってお花見をしましたね。何年も昔のことですのに、今でも鮮明に覚えています。
中略。
やはり、私が思っていたとおり、話した人全てが私のこの少し困ったことについて聞くと、眉間にしわを寄せ、精神的に異常をきたした人の妄言を聞いたかのように、目の前を飛びまわる小虫を払うかのように、嫌な顔をして去っていくのです。私の大して強くない心は深く傷つきました。悲しみが波のように押し寄せました。その波に乗って、相手を傷つけてしまおうかと思いもしました。孤独。このとき私は確かに、孤独を感じました。しかし、先生はこの摩訶不思議な話を真摯に聞いてくださいました。このことが、どれだけ私の支えとなったことか!地獄の底で、垂らされた蜘蛛の糸見たような心持でした。走り疲れた満身創痍の男が、水を得たような心持でした。私がこんなことを言ったら、先生は、言い過ぎだと苦笑いなさるでしょうが、本当にそう思ったのです。人間は、最初に考えたことにいろいろ付け足して、それでやっと言葉にする、実にまどろっこしい生き物ですが、私はそんなこといたしません。特に先生に対しては、常に、正直に、本心をお伝えしています。そうです。実はまた、獣が暴れはじめました。だんだん酷くなっています。もし私の両目が、反対側を見ることができたら、私の中の獣と、目を合わすことが出来るような気さえします。私の腕の皮をぺらとめくったら、獣の腕が見えるように思います。そういうわけで今度、先生に教えていただいたお医者様のところに診せにいく予定です。良くなったらまた、先生たちとお花見をしたいです。その時には美味しいお団子を持っていきます。それでは、また。
敬具
拝啓、長雨が紫陽花を濡らしています。もちろん、私のことも。
先生、私は悲しいのです。まさか先生までもが、私を裏切るとは思いもしませんでした。傷は癒そうにありません。先生に教えていただいたお医者様は、確かにお医者様でした。けれど、精神科医のお医者様とは思いもしませんでした。なぜです。先生は、先生だけは、私を信じてくださったと思っていたのに。裏切りです。これは私に対する裏切り以外の何物でもありません。この手紙を書くとき、涙で紙がふやけてしまい、何度も書き直しました。私を見張る人たちは、私のその姿を見て、嘲笑し唾を吐きました。ええ、聡い先生ならばお分かりでしょう。私は先生の裏切りを受けてなお、先生に対する敬愛の念は消え去ってはいないのです。いっそ嫌ってしまえたらどんなに楽でしょう。いっそ憎めてしまえたらどんなにいいでしょう。もはや敬愛の念と言う名の呪いです。先生は私に呪いをかけたのです。ひどい。先生はひどい人です。裏切りを受け、収容所に入れられても、私の名前を呼ぶ先生の優しい声が忘れられないのです。これは男女のあれこれなどの、汚ならしい、薄気味悪い、不透明な、恋慕とは違います。一線を画すものです。申し訳ありません、話が逸れてしまいました。私は一人、収容所の暗い石畳の床を、ぼんやり見つめていました。長雨のせいで日は隠れ、私の薄い着物では、冷えた四肢を温めることはできません。どうにか身体を丸め暖をとろうとするとまた、私の中の獣が暴れだしたのです。しかし、自傷防止と言う名目で私の手首は、手錠がかけられていました。辛い時間でした。耐えるしかないのです。気が狂いそうでした。皆、私のことを狂人だと言いました。なんて面白味のない冗談でしょう。本当に狂人なら狂うことはありませんね。もう狂っているのですから。こんな私を哀れに思ってくださるなら、いいえ、違いますね。哀れに思ってください。いつまでも先生のお手紙をお待ちしております。
敬具
拝啓、長い梅雨もそろそろ明け、青空が見えるようですね。私の心にも光が射すようです。
私はずっと待っていました、そして先生は応えてくださった。そのことが、私の平凡な人生の中で、最大の喜びとなったことは間違いありません。ええ、先生の贈り物のおかげです。もう、手紙を何度も催促するような、つまらないことで、先生を煩わせることはいたしません。先生はきっと仏様や神様という目に見えない形而上の存在よりももっと慈悲深いのです。誰がなんと言おうと私はそう、信じています。先生は再び私に糸を垂らし、優しい手で水を差し出してくださったのです。考えてみると、先生が私個人に贈り物をしてくださるのは、これが初めてではないでしょうか。片手に収まるガラス細工の美しい小瓶、その中でてらてらと光る液体。幸せとはもしかしたら、こんな形をしているのかもしれませんね。この手紙を書き終えたらすぐに、先生の贈り物を味わいたいと思います。それではまた。早ければ今年の盆にお訪ねします。遅ければ来年のお盆に。
敬具




