平和への道
お腹すいた………」
僕はたまたま見つけたベンチに腰をかけながら呟いた。全身の力が抜けぐったりしていた。はたから見れば白く燃え尽きているボクサーに見えたかもしれない。
それでもさっきからお腹がぐぎゅるるると文句をあげていた。そういえばいつから食べ物を全く食べてないんだろうか。
さらにさっきまで無駄にわめきながらずっと歩いていてスタミナを消費、実際お腹と背中がくっつきそうなくらい腹が空いている。どんな気分でも腹が鳴るあたりいつだって体は正直である。
何か食べたい。市場で売られているパンや新鮮な果物、なんの食べ物かはわからないが美味しそうな匂いが僕を必要以上に誘惑してくる。
この嫌な気持ちを少しでも収めたい。でも重要な問題が僕にはあった。
「金がない」
お金、それはすなわち買い物をするのに無くてはならないものであり今の僕に一番必要なものであった。金さえあれば大体のことが上手くいく世の中で金が無いイコール死を意味している。ほんと金大事。
「あぁもう死ねってか、僕の日頃の行いそんなに悪いのかったのかよ。自慢じゃないけど僕の日頃の行い普通だったと思うよ、家に引きこもってなかったしちゃんと学校にも行ってたよ。なに、最近は引きこもりじゃなくてもリア充してなきゃ変なとこ連れて来られるの?そして殺されるのか?」
「おいそこのガキ、何さっきから死ねだの殺されるだの気持ち悪いこと言ってんだよ」
自分を見失い完全にいかれた僕に男が声をかけて来た。いきなり声をかけられたので僕は少し、いやかなり驚き、顔を声のする方向に傾ける。
「ごめん………ってここ日本語かよ‼︎」
なんだよ、異世界だからてっきり異世界語だと思ってたんですけど、文字とか読めなかったんですけど、ってことは今までの独り言全部筒抜けじゃん。何してんの僕、超恥ずかしい。
僕の顔が真っ赤になっていくのが自分でもわかった。
「にほんご? なんだそりゃあ、お前エーゴ喋れるのにエーゴしらねぇのか。変わったやつだな」
男は可笑しなことを言う僕を笑っている。
見た目は40代前半の人間みたいだがよく見ると赤い瞳に赤茶色い短髪、耳の先端が尖っており歯も鋭く尖っていた。体は筋肉質で見た目結構こわかった。ちなみにでかい。
怖い人との関係を極力避ける僕であったが今は別だ。もしかしたらあの人だけが日本語を喋れるかもしれない、ならせっかくの機会を無駄にするわけにはいかない。
「ねぇおじさんここについて教えてください‼︎」
英語なのかA5なのかそんなことはどうでもよかった。僕はベンチから立ち上がり頭をさげて男に頼み込む。
「ここってマンヴィールのことか?ここはこの国一番の市場だぞ。お前そんな事も知らずにここにいるのか?」
男はこいつなに言ってんだという視線を送りながら聞いてくるが本当に知らないのだから仕方がない。僕は事情を説明する。
「実はさっきまで日本にいたんですけど気づいたらこのマンヴィール?にいたんです。お金もなくてお腹もすいてで……」
僕は途中で涙をこらえきれずに泣いていた。さっきまでずっと泣いていて目はカラッカラだったはずなのに。
「おいおい泣いてんじゃねーよ!俺がお前泣かせたみてぇじゃねーか」
「で…でもうれしくて…、言葉が通じる人に会えて……お願いです、食べ物と飲み物をめぐんで…ぅぇ…ください…」
「お前本当に何言ってんだよ、あぁもう泣くなよ。食い物なら少し分けてやるからな?もう泣き止んでくれよ気持ち悪い」
「ありがとうございます…」
見た目の割に優しいおじさんが僕の肩に手をぽんぽんしながら言うと僕は心からのお礼を言った。多分こんなに人に感謝したのは初めてかもしれない。ってかこの人人間か?
「俺はすぐそこで店だしてんだ、そこに行けば何とかしてやっからついてきな。そいえばお前、名前は?」
「神谷です」
「かみや?何だそのだっせぇ名前は⁉︎」
え?何言ってんだこの人?神谷ってめちゃくちゃかっこいいでしょうが、浩史とか明とかと組み合わせれば最強だよ絶対。
「まぁいいや行くぞ、ついてこい」
そう言って優しいおじさんは店の方向に歩き始め、僕もおじさんの後を追いかけるように歩き始める。
「そいえばおじさん、名前は?」
さっき人の名前をバカにしたんだ逆にどんな名前なんだと思った僕は興味本位で聞いてみる。これでダサい名前だったら恩人相手でも笑っちゃうかもしれない。
「俺か?俺はザスターだ」
かっけぇ名前だな〜。
「ここだ」
「おおー」
さっきまでいたベンチから市場の西に五、六分くらい歩くとザスターさんのお店と思われる一件の建物に着いた。
外装はレンガでできておりオレンジ色とクリーム色で覆われ、小なりのような角度のきいた屋根が建物のかっこよさを際立たせている。中もいい匂いが鼻を刺激し、オレンジ色のライトが照らされている。そこにいくつもの木製テーブルやイスにお客が集まりわいわいしていてなかなかにぎわっている。店の一角にバーで見られるようなお酒がたくさん棚の上においてあり料理とお酒が楽しめる居酒屋みたいなのが彼の店であった。
ザスターさんにカウンター席の方まで案内されてそこに座った。
「そこで待ってろ、言っとくけど今日の分のまかないしか食わせてやんねーからな。ふつーのが食いてぇなら金を用意してからだな」
「それで結構です。ありがとうございます。」
待っている間、僕はため息をつく。まだ何が僕の身に起こったのかわからないが今日の分の糧は手に入れることができた、がこれからどうしたらいいのか今だにわからない。ってか寝床も決まってない完全なホームレスだ。段ボールなら簡単に手に入るかな?
「ほら、食えよ」
ザスターさんがパンとスープをもって戻ってくるとそれらを僕の目の前に置く。
僕は彼にお礼を言い、パンとスープをガツガツ食べ始める。
「………ぅまい」
絶品だった。あんなにごつい見た目をしたおじさんが作ったとは思えないぐらいスープは美味かった。パンもフワフワで凄く美味かった。
「お前、やっとマシな面になったな、そんなに俺の料理がうまいか、まぁ当たり前だけどなガッハッハー」
言われてみればそうかもしれない。僕はこの世界に来てからはじめて嬉しいと思ったかもしれない。これもザスターさんのおかげだ。
「そいやかみや、お前どこか行くあてあんのか?」
黙々と食べ続けている僕にザスターさんが尋ねてくる。
僕はモグモグしながら首を横にふる。
「ならここで働くか?、最近ここで働いてくれる奴を探してたんだけどよ、どいつもこいつも使えなくて困ってたんだよ」
「是非‼︎‼︎」
即答する。
そうして僕はホームレスの危機を脱っする事に成功した。
勇者に選ばれるとか特殊な能力を手に入れるとかそんな事はどうでもいい。平和な生活が一番だと僕は思います。