第五話 ラーメンフェスで優勝させることを成功させる 完結編
サクは、ラーメンフェスティバルの会場にいた。
果たして成功やのサクは、もともとこれっぽっちも知名度のないラーメン屋を優勝させることができるのか?
そもそもそんなこと、故意に可能なのだろうか。
ほぼ全てのラーメン屋がその目的のために来ているこの舞台において。
「遅いですよ。」
いつもの甲高い声を低くしてサクが言った。
「君が早すぎるだろ俺は行くのは早い方がいいかなと思って始まる一時間前に来たんだぞ」
いまさっき店長と一緒に到着したあごひげ、すなわち瀬田はそう主張する。
「せめて三時間前には来て欲しいところですね。ですがそんなことを言っている時間ももったいないのでさっさと用意を開始しましょう。」
「おうよ」
「それでは、これが計画書ですので、目を通しておいてください。」
「おっけい」
数枚の紙を束ねたコピー用紙を手渡す。
数秒して、瀬田が声をあげた。
「ちょっと待て!」
「なんですか?」
「これはなんだ!」
瀬田は、紙の上部、ラーメンの値段設定のところを指差していた。
そこに書かれていた数字は、目が丸くなるような、そんな値段だった。
0円である。
目が0の形になる、と言う意味で丸くなると言ったわけじゃないぞ。
「安い方がみんな買うじゃないですか」
「安いじゃねえよ!俺に入ってくる売上が0円じゃねえか!!」
「え、どういうことですか?それって依頼時に言っていた目的に合ってませんよね?」
「は?」
「『ラーメンを沢山の人に食べてもらうこと』これが目的ですよね?だとしたら、値段は安ければ安い方がいいと思ったまでです。」
「・・・」
言葉が出ないとはこのことだろうか。
「よく言った!素晴らしい!」
瀬田の隣でずっと黙ってこちらをにらんでいた店長が突然声を張り上げた。
だから普通にびっくりしたのだが。というか金にはしっかりと執着している。成功するための0円なのだし。
それに瀬田もびっくりしたのか、なんとか反論しようとする。
「そもそも、運営がそんなの許すわけないだろ!」
「なぜですか?ルールに『値段を店に置いてあるものと統一する』なんてものはなかったはずですよね?」
「そ、それはそうだが、『ラーメンは、店で出しているものとする。』これに値段も含まれる可能性があるだろ!!」
「もしそうだったとしても、ただ今から店の値段を変えるだけです。確か700円でしたよね?今の値段。今回の出品リストを見てみたところ、平均して300円くらいですし、その値段でやるのはあまりにも無謀です。他にも私が最初に考えたこの策を考えた人がいたのか、0円の出品もあります。」
「店の値段を変えられるわけないだろ!それは私の収益がほんとになくなってしまう!むしろ赤字だ!」
「これが終わったら戻せばいいじゃないですか。」
「いいから変えろ」
無口だった店長がちょいちょい口を挟み始める。
「わ、わかったよ・・・」
気迫に負けた瀬田がどこかに電話をかける。おそらく店に駐在している店員だろう。
「いいから変えるんだ。仕方ないだろ、こうなっちゃったんだから・・・うるさい!これで客が増えたらまた儲けも増える!初期投資だよ!・・・・おう、わかった。」
こちらはなんとかなったようだ。
続いて、ブースの位置を説明する。
「で、店の位置はどこなんだ?」
瀬田がなんだかもう疲れ始めてるようなトーンで尋ねる。
「ここです。まさに今いる、ここ。」
「え、ここって入り口じゃないか」
その通り。入り口の真横である、入り口こそが一番いい席なのだ。ここのフェスにはなぜかランクが高い店ほど奥に陣取って予約していたみたいだが、本当に意味がわからない。風潮と言うもの自体、意味のわからないものばかりだが、飲み会でビールをつぐとき、ラベルを上にしろっていう風潮くらい意味がわからない。
いや、もうそれも超えてるな。学校で男子はうんこできない風潮と同じくらいだ。
入り口こそが一番人通りの多い場所なんだ。なぜそこを取ろうとしないのか本当に意味がわからなかった。
「えー、普通とるとしたら奥でしょ」
「それに関しては俺もそう思うな」
さっきからサクにずっと賛同していたはずの店長が文句を言ってくる。
「なんでですか?一番人通りの多い場所は確実にここですよ?」
「奥はトイレが近かったり幹部が近かったりで利便性が良いし、なにより人通りも一緒のはずだぞ。だいたいの人は奥まで行くんだから。一回。」
「わしはそんなの関係なしに奥がいいのだ。」
瀬田に関してはいままで考えたこともなかったことを今とりあえず即興でメリットを考えてみたみたいだが、店長のほうは素直に、本当に風潮なだけなことを主張した。
「通る人は一緒じゃないですよ。」
「え?いやだから、この大会は知る人ぞ知るラーメン好きくらいしか知り得ないようなフェスだよ?奥まで回る人が主だって」
「そうじゃないんです」
「なんじゃと?」
「この入り口は、入り口でもあり出口。つまり、奥のブースは一回しか通らないところ、ここは『入る時と出るとき』の二回通るんですよ。つまり単純計算で言うと客の数は倍。それに数が少なかったとしても奥まで回らない客もいるでしょう。そいつをキャッチできる。」
「な、なるほど・・・。」
こいつらは本当にアホだな。内心で強く思いながらサクは会話を進める。
「他に質問はありますか?」
「いや、特には。あとは別におかしなところもないし。本当にこれだけで優勝できるのか?0円って高級感がなくなっちゃうだろ。今からでもその作戦取り下げても良いんだぞ」
その提案を取り下げさせた。
「絶対に優勝させます。それに、計画書に書いてあるのはあなた方に知っていてもらう必要がある、あなた方に準備してもらう必要があるものだけであって、他にも作戦は用意しております。」
「いやそれも教えてよ」
「企業秘密です」
「よーい、スタートぉおおお!」
その掛け声とともに、巨大スピーカーからラーメンをすするSEがなり、これまた巨大なモニターの8:00:00から1秒に一回1ずつ数字が減っていく。
真横の出入り口に張られていたテープが切って落とされる。
とともに、客が上から容器を押しつぶしたケチャップのようにドバァとブース内に入ってくる。
さっき瀬田の言っていたことは事実のようだった。
一目散に奥に行く客がとてもたくさんいる。
「ちょっと、やっぱ奥がよかったじゃん!まさかただ予約が取れなかっただけとかじゃないよねぇ?」
「大丈夫ですよ。ほら、奥まで一目散に行ってしまう客だけじゃない。もう数人並んでますよ。やっぱり0円のインパクトはすごいんですよ。あごひげさんも働いて」
「あごひげっていうな」
瀬田は心配になっているようだが、心配ない。
「いいぞ。やれ」
今、携帯で指示を出した。どこにだって?兵隊たちにだ。
目の前でうちの社員たちが小声で隣にいるコンビの社員に話しかけている。
「おい、あそこのラーメンまじ美味しかったぞ。これ内緒な。ここで優勝しちゃったら客めっちゃ来て混んじゃうから」
「マジか、すぐ食ってくる。売り切れするのも怖いしな」
その声量はまさに神級だった。
まわりのやつらの耳に届くか届かないかでギリギリ届く、聞こえるか聞こえないかでギリギリ聞こえるだけの声量で、いう。
いわゆるサクラだ。
社員がこちらに走って来た。
「ラーメン一つもらえませんか?」
よくもいきしゃあしゃあとこんなはっきりと嘘がつける。
まあ、僕が言ったことなのだが。
口コミは、ときにテレビCMよりも単体効果がある。
自分たちと同じ立場にある客がいっているというのが大きいのだろう。
それを聞きつけたそこらへんのやつらは、こちらに押し寄せる。
この方法は効果が如実に現れるためとても気持ちがいい。
もう二十人くらいきてるんじゃないだろうか。
「お、おい、どんな手をつかったんだ!?いきなりめっちゃ客が来たぞ!!」
もちろん教えないが、他にももうすでにたくさん手はうってある。その一つはさっきのつぶやき社員たちがツイッターでつぶやいているというのもその戦略の一つだろう。#ラーメンフェスとでもつけておけばそこら中にいるスマホでこのタグをチェックしてるやつがこの店に来る。
サクラはとても効率のいい宣伝方法なのだ。
リアルタイムで更新される販売数を表す電子ボードの『ラーメン屋銀さん』のところの数値が突然すごいスピードで伸び始める。
だが、それをみたときにやばいと感じたことがある。
底辺にいるやつらからはとっくに差を広げたものの、老舗やら有名店やらチェーン店やらの数点がトップを張っていて、全然追いつけそうにないことだ。
やはり元の知名度はとても重要なのだ。
まずい。
「あのー、もう一つもらってもいいですか?」
その声が聞こえてそちらを見る。
そこには、丸々と太ったいかにも「ラーメン食べそうな人」がそこにいた。
店長がそいつによって入って聞く。
「おいしかったか?おいしかったのか?」
「あ、は、はい、もうちょっと食べたいなーって。だめですかね?」
「どんなところがおいしかったんだ!?教えてくれ」
あー、そういえばこの爺さんは感想聞くために参加してるんだったな。これじゃ回転率が落ちる。うっとうしいなー
ん?ちょっと待てよ?
「ちょっと店長!あっ、もう一皿ですね、了解しました、今すぐお持ちしますんで」
瀬田が店長を遮りラーメンをよそう。
回転率・・・・回転率・・・・。
盲点だった。
「ちょっと瀬田さん、話が。」
店長にできるだけ邪魔しないよう釘を刺して、瀬田がこちらにくる。
「君、初めて俺のこと瀬田って呼んだな。で、なに?」
多少ためて、言った。
「麺を1/2の分量にしてください。一皿で得られる満腹感を半分にするんです。」
「なるほど!それは天才的だな!!すぐに店員たちに伝える」
盲点だった。
僕は最初から客の絶対数を増やすことにしか視点がいっていなかった。
一人の客に何杯も食わせればさらに販売数が伸ばせるじゃないか!
「え、ちょっと待って、ルールに店で出してるものと一緒のラーメンじゃないとダメっていうのがあったと思うんだけど」
「だから言ってるでしょ。店のも変えればいいんです。これが終わったら元に戻す。これで何の問題もないですよ。」
「ああ、そうだった」
伸びた。某青いあいつの漫画の主人公並みに販売数はのび太。
リピーターを増やすという作戦に切り替えた途端、すぐに一位に躍り出た。
「君を雇ってよかった」
瀬田の気分も高揚している。
なんだか、圧勝だったな。
簡単すぎて、刺激もなかった。
「ん?なんか麺の量が少なくないか?」
サクは、もう一つ盲点があったことにここでこの言葉が出るまで気づかなかった。
保守派の店長の存在である。
「おい、山田。これ麺の配分絶対間違ってるぞ」
「いや、瀬田さんが半分でいいって。。。」
「は?おい、瀬田!」
「はいはい、なんでしょうか?」
激昂した店長の表情を見て少しトーンを抑える瀬田。
「なぜ麺を半分にした」
ちなみに、合同会社サクセスプロジェクトの社訓は、『顧客満足度120%』だ。
「サクの策略です。これで回転率をあげて、優勝するんです」
その社訓を脅かす結果になりそうなことに恐怖を感じていた。
本質的に言えば、ここで解雇というのが怖かったのだが。
その社訓自体、報酬を確実に得るために作られたものだった。
「おい、そこの成功屋。」
解雇されるのだけは許してはいけない。
成功させなければならないのだ。
絶対にダメだ。
老いぼれた店長のシワだらけの皮膚に包まれた鋭い眼光がこちらを刺している。
やばい。
やばすぎる。
この続きを聞きたくない・・・・。
「お前はクビだ。」
クビ=解雇。
その構図を理解するまで多少の時間を要した。
社員には、『顧客満足度120%』をとても強調してきた。
こんかいも、口調に関しては多少荒っぽかったものの、振る舞いに関しては複数いるクライアントのどちらかには必ず焦点をしぼって、満足度を高める立ち回りをしてきたつもりだった。
その努力がゴミクズとかしたのだ。
この依頼を受けると決めたその瞬間から変えた言葉遣いも、
「あごひげさん」と呼び続ける顧客と仲を深める意味も含んだあのパフォーマンスさえも、全て。
もはや1億を失ったことよりも『努力を失った』『顧客満足度をクソにした』『解雇されるような行動を取ってしまった』その結果が重くのしかかってくる。
「アホか。そんなことで勝って何の意味がある。味で勝つから意味があるんだろうが」
「店長、もうやめてあげなよ。勝てたんだからいいじゃないか。僕の注文どおりだよ」
『成功させること』それこそが唯一のクライアントの望みのはずだった。
「い、いや、店長の素晴らしい味があったからこその勝ちじゃないですか。まずければどれだけ麺が少なくても回転数は上がりません。
苦し紛れの言い訳だった。
顧客満足度がどういったものなのか、よくわかっていながらこの言葉が出るなんて、自分でもわけがわからない。
「お前なんかこのフェスに参加する資格はねえ!」
理屈じゃないんだ。
クライアントが『筋道が重要だ』というのなら、成功だけでなく筋道もしっかりさせておかなければならないのだ。
ある意味それが理屈。
クライアントの性格、思考をしっかりと理解して行動することが必要だった。
「おい瀬田、すぐに麺を元にもどせ」
「わ、わかった・・・」
戻してもそれはほぼ無意味だった。
この大会はあと十分。ラーメン屋銀さんがぶっちぎりのトップ。
性格、思考が違いすぎる二人が、クライアントに存在した、それこそが問題だった。
どちらの思考も取り入れるなんてできっこないのだ。少なくとも今のサクには。
「しゅううりょおおぉおおおおおお」
馬鹿でかいスピーカーから馬鹿でかい声が鳴り響く。
いやー、まさかの結果となりましたね。そんな風に当たり障りのないコメントを連ねる司会者。
秀才秀才と言われて育ったサクにとって、こんな体験は初めてだった。
成功させることに成功したのに、虚無感しか漂わなかった。
「成功報酬はちゃんと振り込んでおくから、そんなに気にしないで。経営権は僕に在るから君をクビにはしない。だから詐欺で訴えないで。」
だから、どうでもいいのだ。もう。そんなこと。
一億が霞んで見える。
「分量少なくして『このラーメン美味しくて何杯も食べられる』というのを狙ってたんだろ。実際は麺が少ないだけ」
店長が嫌味にいう。
うるせえ。うるせえ。司会の声くらいうるせえ。
僕をクビにしやがったクソじじいが