第二話 ラーメンフェスで優勝させることを成功させる
「あぁん?お前何言ってんの?そんな金があるわけないだろ。嘘つくな。大体宣伝のために出るラーメンフェスに勝つために1億払うのだったらそれはその店長の倫理に反するだろうが。払う意思があれば詐欺罪が成立しないなんてのは俗説だからな!?払わなかったらなんの迷いもなしに訴えるぞ」
とりあえずは、前回の話の途中から話すことにしよう。ラーメンフェスに行くことがわかってしまったからといって途中を省くわけにはいかない。
「ほんとに一億ある!なんなら今日たまたま通帳持って来てるから見せてもいい」
人間は8つ以上のものを一目で数えるのは無理だということを聞いたことがあるだろうか。
その原理にしたがってスーパー戦隊シリーズは必ず1グループ7人以下で構成されるのだが、そこには、あった。
人間が一目で数えられないレベルの桁の数字が。
すなわち七桁以上。
この時点で一千万を超えているわけで、さらにいうと今あの『いち、じゅう、ひゃく、せん、まん・・・」というありきたりで超効率的な数え方をしてみたところ、十億の桁に達していた。
サクの感情も高ぶるレベルに達していた。
合格ラインに達していた。
そして、『やっぱりこいつはアホだ』という結論にも達していた。
サクは『俺は別に金で心変えたわけじゃないんだからな!』という意味のわからんアピールのためのちょっとした、そういえばという感じの言い返しをした。
「お前インターホン鳴らしてないだろ?そんな常識のないやつにどうしたらそんな金を集められるのか不思議で不思議でたまらないね。」
「いや、鳴らしたんですけど、あれ壊れてますよ。だって押したのにならなかったんですもん。」
「鳴らしてねえじゃん。押しただけで鳴らなかったんなら鳴らしてないじゃん」
まじかよ、とうとうあのインターホンも寿命か・・・と思いながらとりあえず屁理屈らしき何かを言っておく。
「なんだその揚げ足取りの屁理屈。とにかくそれくらいの常識は私にはある。」
実際はインターホンが寿命を迎えたわけではなく、この謎の大金持ちの依頼者の怪力によって、ぶっ壊されたせいでインターホンが鳴らなかったわけだが、それにサクが気づくのは一度出かけて帰って来たその時であり、それと同時にやっぱり常識がなかったんだと、力量の常識がなかったんだと気づくのもその時である。
「とりあえず払える金があって、依頼内容にもそれほどの不備は見られなかったということで受けましょう。依頼内容に不備がなかったことが特に重要ですね。」
もちろんなぜか金に執着がないように見せかける謎の人間の性がもたらした発言であり、実際にはサクの気持ちは圧倒的に払える金があるというところによっていた。
ホッとしている依頼者は言った。
「あと、聴きたいことがあるんだがいいか?、そこの人、さっきから壁の方を見て座ってるだけなんだが、なんの業務を行ってるんだ?」
『聴きたいことがあるんだがいいか?』という問いにサクが答えるよりも前に質問した彼は、その部屋の隅でピカピカな机に添えられたこれまたピカピカな椅子に座ったその机椅子に似合わない様相を呈した小汚い少女を指差していた。
「あれははさみだ。」
サクの話を横でサクの座っている作業机の横でもたれかかりながら聞いていたおじさんが答える。
「え、いや人間でしょ」
困惑しながらツッコむあごひげの依頼者。あ、いいね。これからこいつのことあごひげって呼ぼう。
「無能で有能なはさみ。」
とても的確な答えだった。端的にいうにはそういうしかなく、しっかりと、このことの意味が伝わるよう話そうとすると今の状況で語ることはできない、そんな話だ。そんなわけでそうとしか答えられない。
「とりあえず名前を教えてください。あごひげさん」
「あごひげさんっていうなよ。私は瀬田だ。瀬田と呼んでくれ。」
横でふふっとおじさんが笑う。瀬田からしてみると、そのおじさんも誰なんだよってことなんだが。
「あごひげさんは何歳ですか?あとラーメン屋銀さんの住所は?」
瀬田という名前を紙にメモすることなく、また、気にもとめないようにサクが続ける。
「いやだからあごひげさんっていうなよ。絶対お前より年上だぞ。42だ。住所はまるまるしかじか。。。。」
「私の名前はサク。ちなみに年齢は61歳なのであなたより年上ですよ。見た目でものを言わないほうがいいですよ」
住所に関してもサクはメモも取らなかった。聞いた意味がわからない。
「え?あ、なんか、ごめんなさい。年上の方でしたか。」
小人症とか、そんな感じの障害なのかな?と勝手に勘ぐったあごひげにサクが答える。
「冗談です」
「は?」
おそろしくまぬけで、それでいてちょっと怒りのまざったなんだか変な感じの気持ち悪い、ある意味では気持ちいい声をあごひげが発した。
「だから、冗談です。私は15歳。年上ということがわかったので敬語でいきますよ。私はそれくらいの常識は備えているんです。」
その常識に強く不満と疑問を持っていることはあえて伏せた。
そして年を聞く少し前から既に敬語に切り替えている事もあえて伏せた。
「ねえ、こいつボコボコにしていい?」
あごひげは横にいるわけのわからないおっさんに確認を取った。
そいつを保護者か何かかと思っているのだろうか。
腹立たしい。
「いいよ」
「え。」
思いがけない答えが返って来て普通に困惑するあごひげ。
「俺には関係ねえし。ここの従業員じゃないぜ?俺。こいつがボコボコにされてもただお前がラーメンフェスで優勝できなくなるだけ。こいつがいないと優勝できないんだろ?」
あごひげは別にほんとにボコボコにするつもりなんてなかったことを強く思いながら、ラーメンフェスの概要を説明し始めた。