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33 勢いに、任せた方がいい時もある

 よかった。これでどうにか後宮の中に入れそうだ。


「それはそうと―――」


 しかし、そう簡単にはいかなかった。

 春麗が、私から外さずにいた視線をちらりと後ろにやる。

 何を見たのか察した私は、はははと乾いた笑いを零した。


「後ろに尾いてきているそれ(・・)は、一体どうなさったのですか?」


 まるで私が野良猫でも拾ってきたみたいに、春麗は眉をひそめた。

 後ろを振り返ると居心地の悪そうな子美が、今度は自分が叱られる番かと首を竦めて立っていた。


「どうしたもこうしたも、もう一回後宮に戻れって命じられたんだよ。偉そうな貴族の男に」


 とりあえず尚紅に戻ると、自らも不服そうに子美は言った。

 その偉そうな男が皇帝黄龍宝であると、彼女はまだ知らされていないらしい。

 私も、黒邸でこのことを聞いて驚いた。

 しかし同時に、いいことだとも思った。

 彼女が後宮に戻れば、以前言い争っていた父親とも仲直りできるかもしれないからだ。

 不満そうにしながら大人しくついてきたのも、きっとそれが理由に違いない。


「それで厚かましくも、鈴音様のお世話になろうと? ご自分が鈴音様に何をなさったのか、もうお忘れなのですか?」


 なんと、春麗は子美のことを覚えていた。

 化粧をしていないとかなり雰囲気が違うのに、だ。

 私は焦った。

 どうせ気付かれないだろうと思っていたのだ。

 その見込みは甘かったらしい。

 怒れる春麗は、まだ終わってはいなかった。


「春麗落ち着いて。私気にしない」


「気にするしないの問題ではありません。これは鈴音様の面子の問題です!」


 (面子?)


 それなら尚更問題はないような気がした。

 私の面子なんて最初からあってないようなものだからだ。


「子美手伝ってくれれば、私も助かる。だから怒らないで」


「ちょっ、誰も手伝うなんて!」


「手伝ってくれないですか? 子美がいれば私助かります」


 素直にそうお願いすれば、彼女は顔を真っ赤にして黙り込んだ。

 城下に下りる前ならこんな申し出をするなんて夢にも思わなかっただろうが、今は彼女が少し素直じゃないだけの、家族思いな女性なのだと知っている。


「三人で、仲良く尚紅盛り立てましょう!」


 勢いで、右腕には春麗を、左腕に子美の肩を抱え込んだ。


「鈴音様!」


「ちょっ、お前離せよ!」


 驚きながらも本気で逃げようとはしない二人に、私はにっこりと笑いかけた。

 目標を達成する味方が二人もいると思うと、こんなにも心強いのはなぜだろう。

 はるかに遠い尚紅を立て直すという目標に、また一歩近づけた気がした。



  ***



 鈴音を見送った翠月の元に、午後になって意外な来客があった。

 見た目は官吏の若い男だ。

 腰に下げた佩玉は上七品。吏部が任じる認証官としては、良くも悪くもないといったところか。

 しかし翠月は、この男の正体を知っている。

 榮の国においては身分制度の頂点。

 品とつけるのも馬鹿馬鹿しいような天子その人である。


「二日続けて忍び歩きとは、感心しませんな」


 鈴音の兄という仮面を捨てた翠月は、相手に冷たい一瞥を向けた。

 まさかこうも真正面から、相手の来訪を受けるとは思っていなかったのだ。

 せいぜい警戒して神経をすり減らせばいいと思っていた相手だけに、自分の想定外の行動をされるのは屈辱だった。

 厳重に人払いを命じた主の書斎で、二人は向かい合っている。

 ほんの数刻前には剣を交わした相手だ。

 一体何を考えているんだと、翠月は龍宝を睨みつけた。


「そう警戒するな。貴君が鈴音の兄だというのなら、私にとっては義理の兄だ」


 何気ない物言いに、翠月は思わず身を乗り出しそうになった。

 今すぐこの男を切りつけてしまいたい。

 そうできたらどれほど楽だろうか。

 しかしそんなことをすれば、全ての努力は水の泡だ。


「そんな冗談を言いに、臣の家までわざわざ?」


 翠月の問いかけに、龍宝は口端を上げた。


「“臣”だなどと、本来は口にするのも嫌だろうに」


 龍宝を見る目が、鋭さを増す。

 臣というのは、主に官吏が皇帝に対して使う一人称だ。

 自分は二心なく仕える忠実な臣下であると、皇帝に対して(へりくだ)るめに用いる。


「……瑞英は全て話してくれたよ」


 龍宝の何気ない呟きに、翠月は目を見開いた。


「皇帝の良し悪しを見極め、昏君ならば(しい)するよう命じられていたと」


 事実ならば、大変な事態だ。

 なんせ名家華家の主は、弑逆を企てたということになるのだから。

 翠月は瑞英を思った。

 賢く忠義に溢れた女性で、容易く裏切るとは考えづらい。


「華妃は無事か?」


 翠月の問いに、龍宝は表情を和らげた。


「心配しなくても、傷一つつけていない。今の話も、知っているのは俺だけだ。誰にも話してはいない」


 男の言葉に、翠月は眉をひそめた。

 天子の殺害を企てるのは大変な罪だ。

 本来なら大逆者として、子細に関わらず九族皆殺しの刑である。

 勿論翠月の近親者は既に死に絶えているし、その刑に値するのは現段階だと実行犯の瑞英のみということになるが。


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