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32 夜明け



 当たり前のことだが、夜が明けると朝になった。

 余暉と別れ別れになる朝だ。

 寂しいけれど、なんだか妙にすっきりした気分だった。

 手伝いを断って、最初この邸第に来た時に来ていた服を着る。

 花琳に借りた服も十分に上質だけれど、それでも余計な飾り気がない分しっくりときた。

 是非にと勧められて、簡単な朝食も頂いた。

 とろみのある(スープ)はほっとする味だ。

 餡のない饅頭(むしぱん)に、少しの果物を食べるともうお腹いっぱいになった。


「どうしても、行くんだな」


 余暉の目元は、少し赤く腫れていた。

 昨日泣いたせいだろう。

 夜中濡れた布を当てたけれど、やはり少し赤くなってしまった。

 普段女と間違われることもある彼は、そうしていると頬紅を差したようで妙に色っぽく見える。


「行くよ。待っていてくれる人、いるから」


 そう言うと、余暉は苦く笑った。


「俺も、ずっとお前を待っていたんだがな」


「そっ、それは本当にその……ごめん」


 謝ると、柔らかく頭を撫でられた。


「いいんだ。困らせて悪かった」


 頭の上に置かれた手が重かったので、その時余暉がどんな表情を浮かべていたのかは分からなかった。


「それじゃあ、行くね」


 あんまり長引くと別れがつらくなるから、挨拶はほどほどに収めることにする。

 道案内は断った。

 人に尋ねればどうにか帰れるだろうと思っていたが、坊の外には心得たように子美が待っていてくれた。

 坊の門まで見送ってくれた余暉に別れを告げ、私は外へ踏み出す。

 何となく余暉がずっと見送ってくれているのが分かったけれど、私は振り返らなかった。


「おい、いいのか? あの若旦那。ずっと見てるぞ」


 子美が心配そうに言う。

 私はいいのだと首を振った。

 顔を覗き込んできた子美が黙り込んだので、泣いてしまったことは気付かれていただろう。

 けれど子美は何も言わず、ただ私に寄り添ってくれていた。



  ***



 後宮に戻る前に、黒邸に寄った。

 花琳は私が戻ったことを泣いて喜んでくれ、どれだけ心配をかけたのかと申し訳なくなった。


「鈴音様が無事お戻りになって、本当に本当によかったです!」


 鼻を啜りながら私の服の裾を離さない花琳は、なんというか可愛かった。

 黒深潭はいつもこんな気持ちを味わっているのだろうか。

 なんだか開けてはいけない扉を開けそうだった。

 私に対しては手厳しい子美も、花琳の前では借りてきた猫のようにおとなしくしていた。


 (そうだよな~、花琳って実は超セレブな奥様だもんな~)


 今更ながらに、そんなことを思ったりする。

 一晩泊まっていけばいいという花琳の誘いを何とか固辞し、私はその日の内に後宮へと戻った。

 すると今度は外廷と後宮を分かつ両儀殿に、誰から聞いたのか春麗が待ち構えていた。

 彼女はいつも通りの無表情だったが、私を見た瞬間にその目がピカッと光った気がした。

 あくまでそんな気がしただけだけれど。


「随分と遅いお帰りですこと」


 その一言で、春麗が今まで見たこともないほど怒っていることはすぐに察しがついた。

 なんせ、彼女はわざわざにこりとほほ笑んだのだ。

 こんなに怖い笑顔を見たのは、人生で初めてかもしれない。

 もう再会した瞬間から、私は春麗に謝り倒した。


「申し訳ありませんでした!」


 その様はまさに入りたての新人。

 致命的なミスを犯した女官にも負けない謝りっぷりだ。


「鈴音様。私がなんで怒っているかお分かりですか?」


 ゆっくりと首をかしげる春麗の動きは、優美そのものである。顔だってにこやかだ。なのに地獄で閻魔様にあったような恐さがある。


 (何があっても、今後この人には逆らうまい)


 私はそう心に決めた。


「滞在のご予定が延びたことや、久しぶりの王都を楽しんでこられただけなら怒ったりはいたしません。わたくしは鈴音様に仕える身。おこがましいことです」


「はひっ」


「ですが、お戻りが遅くなるというご連絡一ついただけなかったのは、大変悲しく思います。わたくしは鈴音様のお帰りを、一日千秋の思いでお待ち申し上げておりましたのですよ。それを陛下にも無断で予定を延期なさるとは、言語道断です」


「はい~」


 どうやら春麗は私の滞在が伸びた理由を調べるため、どんな伝手を用いてか黒曜にまで確認を入れたらしい。

 恐るべきは春麗。

 実は後宮の主は皇太后ではなく、春麗だったのではないかという気さえしてきた。

 私は徹頭徹尾腰を低くして、春麗の怒りが収まるのを待った。

 その態度が功を奏したのか、腕組をして立ちはだかっていた春麗がはあとため息をつく。


「今後このようなことがないよう、肝に銘じてくださいませ」


「はいっ」


 私はここ一番のいい返事をした。

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