25 意外な人との再会
「余暉……」
いいとも悪いとも、私には言えなかった。
私が答えていい問いではない気がした。
ただ、彼の綺麗な手を汚してほしくはなかった。
「そんな顔をするなよ」
ほうと、余暉は疲れたようにため息をついた。
離していた時間はどれほどだったのか。
長かったようにも短かったようにも感じる。
けれど余暉にとっては、一生背負い続けなければならない自分の過去だ。
口に出して語るのは、ひどく心を消耗させたに違いない。
慰めなんて簡単には口にできないし、謝るのもおかしいから私は余暉の手を取った。
冷たい手だった。
以前は髪を結う器用な手だとしか思わなかったけれど、今ならばその手にある沢山のタコの意味も分かる。
余暉はずっと戦ってきたんだろう。
襲い来る自分の運命と。
余暉はそっと、私の手を払った。
ショックだった。
「俺は……お前を妹と重ねていた。小鈴は、明鈴を呼ぶ時の渾名だったんだ。何もできなかった明鈴の代わりに、お前の世話をした。全部俺自身のためだったんだよ」
そう言うと、余暉はまるで私の視線から逃げるように立ち上がった。
「今日は休んで、明日戻るといい。家人にいいつけておく」
「え、そんな急に……」
「俺の事情に、今まで付き合わせて悪かった。お前はお前で幸せになれよ」
そう言って、余暉は足早に房を出て行った。
帰るつもりだったのに、余暉にそういわれるとひどく悲しい自分がいた。
勿論帰りたい。花琳にも、それに黒曜にだって会いたい。
けれど余暉は、彼等とは別に私を助けてくれた恩人だ。
くじけそうになる気持ちを無理矢理奮い立たせ、私はこの家に居座ろうと決意した。
あんなに傷ついている余暉を、一人で残していくなんてできるはずがない。
***
次の日から、余暉は私のことを徹底して避けるようになった。
会いに来てはくれないし、会いに行ってもすぐに面会を断られてしまう。
使用人のお姉さんたちからもそれとなく出ていくように促されたが、私は図太く居残ることにした。
後宮に戻ってしまったら、次はいつ余暉に会えるか分からない。
もしかしたら、永遠に会えないのかもしれない。
だとしたら、こんな風にぎくしゃくしたまま別れるのは嫌だ。
でも、喧嘩をしたわけでもないので謝って仲直りとはいかず、一体どうすればいいのかと私は頭を悩ませた。
女性の悩みだったら化粧でどうにかできることもあるが、男性の、それも精神的な悩みというのは荷が重い。
春麗に、勝手に化粧をして怒らせた時のことを思い出す。
こちらが良かれと思ってしたことでも、相手を傷つけることだってあるのだ。
そう思うと、ずきりと胸が痛んだ。
余暉はもう十分に傷ついた。
だからもうこれ以上、傷つく必要なんてないはずだ。
使用人たちと同じ質素な襦裙を借り、庭院の四阿でどうするべきかと頭を悩ませる。
しかし考えれば考えるほど、気分が落ち込むばかりで考えがまとまらない。
私は何度も頭を振って、すぐに頭を占領しようとする悲観的な考えを振り払った。
と、そんな時だ。
塀の外でぴょんぴょんと、何やら黒く丸いものが現れては消えるを繰り返していた。
どうやら人の頭のようだ。塀の中を覗こうとしているらしい。
しばらく様子を見ていると、力尽きたのか頭は現れなくなった。
なんとなく興味を惹かれて、私は塀の向こう側を覗いてみることにした。
土壁の上に瓦屋根を載せた塀は、こちら側の方が少し高くなっているらしい。なので別段背伸びをしなくても、簡単に向こうを覗くことができた。
相手に見つからないように、恐る恐る顔を出すと、最初に目に入ったのは小さな丸い頭だった。
少しして、その頭に見覚えがあることに気付く。
私は思わず、その名を叫んだ。
「子美!?」
なんとそこにいたのは、小柄な元後宮女官だったのだ。