表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/38

24 余暉にとっての真実

 俺には妹がいた。

 名前は明鈴。

 おっとりしていて、少し体が弱かった。

 気が弱くて、けれども優しい子供だった。

 明鈴は死んだ。

 皇太后が―――この国が、明鈴を殺したんだ。


 そう言うと、余暉は苦しそうに俯いた。


 さっき聞いたかもしれないが、俺の本当の名前は華翠月という。

 ご立派な名前だろ?

 これでも一応貴族の端くれだ。

 祖父は御史大夫をしていて、自分にも他人にも厳しかった。

 よく叱られたりもしたが、俺は祖父のことを尊敬していたよ。

 父も官吏をしていて、だから俺もいつかは国に仕えるのだと、小さな頃は漠然とそう信じていた。

 全てが変わってしまったのは、この国の政治を皇太后が握ってからだ。

 勿論、ガキだった俺にはそんなこと分からなかったけどな。

 その辺の事情を知ったのはつい最近、蘇老父に会ってからなんだ。

 老父によれば、祖父は度々、皇太后の専横を批判していたそうなんだ。

 御史大夫は副宰相とも言われる皇帝の側近。

 祖父には、慕ってくれる部下や支援者も大勢いた。

 まだ権力の安定しない皇太后には、さぞ鬱陶しかったんだろうな。

 だからあの女は、官吏の密告を利用して祖父を陥れた。

 反逆を企てたと罪をでっち上げ、祖父と父の首を切り落としたんだ。


 衝撃的な内容に、思わず息が詰まった。

 昔のことだとでもいうように、余暉は力なく笑う。

 けれどその表情は、痛々しいばかりだった。


 幸運だったのは、その様子を見ずに済んだことぐらいか。

 その頃、遺された俺達は必死の思いで王都を脱出していた。

 皇帝に楯突いた大罪人は、九族皆殺しと相場が決まっている。

 逃げなきゃ、俺達家族も殺されていただろう。

 俺は、明鈴の手を引いて必死で逃げた。

 ちょうど今ぐらいの季節のことだ。

 庭院に、梅樹の花が咲いていたのを覚えているよ。

 明鈴は梅樹の花が一等好きで、何日も前から花が咲くのを楽しみにしていたんだ。

 結局、もう一度見せてやることはできなかったな。

 あんなに楽しみにしていたのに―――。


 言葉を詰まらせた余暉に、私はなんて声を掛けていいのか分からなかった。

 祖父と父を殺され、幼くして追われる身になるなんて、どれほどの恐怖だっただろう。

 平和な日本で生まれ育った私にとって、彼の壮絶な過去は想像することすら難しかった。


 それからは、国中を逃げ回る日々だった。

 祖父と縁があった人を頼ったりもしたが、迷惑だと追い払われることも少なくなかった。

 あちこち歩いて、マメができては潰れ。

 あっという間に足の裏が硬くなった。

 服や食べ物も十分ではなくて、明鈴は体が弱いから、よく風邪をこじらせて辛そうにしていたよ。

 俺が負ぶってやると、そのたびにあいつは謝るんだ。哥哥(にいさま)ごめんなさいって。

 そのたびに俺は、お前を背負うと暖かいからいいんだよって、慰めてやった。

 俺もまだ体が小さくて、ふらついたりしたんだろう。疲れてへばっちまうことも少なくなかった。

 だから明鈴は、いつも申し訳なさそうに縮こまってたっけ。

 今ならいくらでも、それこそ一日中だって背負ってやれるのにな。

 結局明鈴は、最初の冬を越せなかった。

 吹雪の中、身を寄せ合った洞穴で、朝には冷たくなっていたよ。

 俺と母様は梅樹の木を探して、その下に明鈴を埋めてやったんだ。

 高台の、景色の綺麗なところだよ。

 それからまた逃げて、逃げて逃げて逃げて、母様も死んで、それでも逃げ続けた。

 もう俺一人しか残っていないのにどうして逃げるのか、それも分からなくなってたけど、兎に角逃げ続けた。

 道端で物乞いをしたこともある。時には女に化けて、美人局じみたことをして金を稼いだ。

 でもどんな方法を使っても、生き延びさえすれば俺の勝ちだ。

 多分、負けたくなかったんだ。

 父様や母様、それに明鈴を殺した運命に、負けたままで終わりたくなかった。

 俺さえ生き延びれば、祖父や父の名誉をいつか雪げるかもしれない。

 その一心だったよ。

 それだけが心の支えだった。

 それから長い時が流れて―――竜原の人々は華家のことを忘れ、追ってもつかなくなった。

 皇太后も、昔殺した官吏の、それも孫のことなんて、忘れていたに違いない。

 臘日に後宮に行った時も、俺に気付きもしなかったもんな。

 笑えるよ。

 あんなに近くに敵がいたのに、そんなことも知らずに俺は、お前の心配ばかりしてた。

 今じゃ離宮に幽閉だろう?

 あの時、殺しておけばよかったのかな。

 そうすれば、家族の無念は晴らせたかな。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ