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22 真実は思いがけない形で


 夜になっても、やっぱり豪勢にもてなされるばかりで余暉は何も話してくれない。

 まるで竜宮城にでも来たみたいだ。

 亀を助けたわけでもないのに、むしろこちらが助けられている一方だというのに、なんだか申し訳ない気持ちになった。

 けれど流石に、いつまでもその好意に甘えてはいられない。

 流されて二泊もしてしまったが、そろそろ黒邸に帰らないと。

 花琳も心配しているだろうし、いつまでも尚紅を休むわけにもいかない。

 三日目の朝、再び着飾られそうになるのをどうにか拒否して、私は着替えを手伝ってくれる女性に帰る旨を伝えた。

 すると彼女は驚いて房を飛び出し、慌てて余暉を連れてきた。

 朝一から、余暉はやはり輝かんばかりの美しさだ。


「帰るとは、どういうことなんだ? 小鈴」


 まるで言葉の意味が分からないとでもいうように、困惑した顔で余暉が言った。


「どういうって……後宮、戻らないと。私、化粧師の仕事する」


「なんだって?」


「余暉、親切にしてくれる嬉しいけど、私後宮で生きるって決めたよ。約束破って悪い、思うけど、私帰る」


「小鈴……」


 余暉は、信じられないものを見るような目で私を見た。


「なぜだ小鈴。ここなら一生、働くことなく暮らせるんだぞ? 皇帝になんて気兼ねするな。大丈夫。俺が一生守ってやるから……」


 『皇帝になんて』という言葉は余程のことだ。

 余暉の言葉に私は驚いてしまった。

 偶然街で拾っただけの私に、彼はどうしてこんなにもよくしてくれるのだろう。

 今までなんとなく考えないでいた疑問が、不意に芽生えた。


「余暉……私そんなに弱くない。守ってもらわなくても、一人平気。心配ない。後宮戻ったら、もう二度と会えない思うけど、どうか元気で―――」


 とにかくお別れを言わなければと思い、一方的に別れの言葉を口にする。

 すると突然、余暉はその優しい顔に憤怒の表情を浮かべた。


「なにを馬鹿なことを!」


 叫びながら、まるで逃がさないとでも言うように彼は私の肩を掴む。

 その力の強さに、私はぞっとした。

 どうしてかは分からない。

 けれどよく見知ったはずの彼が、一瞬知らない人のように見えた。


「もう二度と手放したりしない俺はっ……むざむざと奪われてたまるか!」


「余暉、離してっ」


「もう国に大切なものを奪われるのなんて真っ平なんだ!」


「余暉!!」


 余暉は混乱しているようだった。

 彼の目は目の前の私ではない、どこか遠くを見ている。

 いつもの余暉に戻ってほしくて、私は自分の肩を握り締める彼の手に必死で縋り付いた。

 例え女性に見間違われることがあろうと、彼はれっきとした男だ。

 その力に抵抗できるはずもなく、私の肩は痛みを増すばかりだった。


「余暉! 離して、余暉!!」


 自分の声が震えているのが分かった。

 家人たちが慌てて集まってきて、私から余暉を引き離す。

 途中正気に戻った余暉は、自分自身に怯えるようにじっと手を見ていた。


「すまない、小鈴……」


 そうして彼は私を見もせずに、部屋から去っていったのだった。



  ***



 一体余暉はどうしてしまったのだろう。

 そのことが気になって、結局その日も私は黒邸に帰るのを断念した。

 余暉は私を避けているのか、会いたいと伝えても人を介して断られるばかりだ。

 彼に会えないことには、この家を離れることもできない。

 もう二度と会えないかもしれないのに、別れ際に言い争いをしたままなんてあんまりだからだ。

 余暉の態度の理由を知ろうと、まずは近くにいた使用人に尋ねてみることにした。

 私の世話をしていた使用人は、最近雇われたばかりで何も知らないという。

 ただ一つだけ妙だったのは、彼女たちは余暉の妹を世話するために雇われたというのだ。

 そして実際、私をその妹だと思い世話をしていたのだという。

 私は驚いてしまった。

 花酔楼にいる間、余暉に妹がいるなんて話は一度も聞いたことがない。

 少なくとも一年前までは、一番親しいと思っていた相手だ。

 しかし改めて考えてみると、彼のことを何も知らない自分に愕然とする。

 まずはその妹のことを調べてみようと、私は家人達に手当たり次第に話を聞くことにした。

 ところが、誰に聞いても全員が口を揃えて、最近雇われたばかりだというではないか。


 (それって、余暉が始めようとしているっていう次の仕事となにか関係あるのかな?)


 庭先で首をかしげていると、外から馬の足音がした。

 なんとなくそちらに目をやると、ちょうど門から馬に乗った客人がやってきたところだった。

 質素だが質のいい服を身にまとったその客人は、どうやら老人のようだ。

 先の尖った襆頭(ぼくとう)を取ると、つるりと頭が禿げあがっている。

 白いあご髭が長く伸びていて、まるで仙人のようだ。

 彼は私を見ると、目をまん丸にして驚いていた。


「これはこれは、明鈴様ではないか!」


 知らない名前で呼びかけられ、一瞬頭が真っ白になる。


「え?」


 すると彼は厩番に手綱を預けるのも忘れ、こちらに走ってくるではないか。

 逃げることもできず、私はその場に立ち尽くした。



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