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01 プロローグ
梅樹の花が咲いている。
初春に咲くこの可憐な花を、妹は大層好いていた。
一度良かれと思って、一枝折ってやったことがある。
すると妹は、木が可哀想だと言って泣いた。
食うに困っても、どれだけ寒くて凍えようとも、泣き言一つ言わなかったのに。
植物の痛みに泣くような、そんな優しい子供だった。
父が生きていれば、妹にそんな思いはさせなかっただろう。
綺麗な襦裙を着て、贅を凝らした細工物を身にまとい、手中の玉として大切に大切に育てられていたはずの子供。
それなのに、運命のなんと残酷なことか。
十回目の梅樹を見る前に、あの子は冷たい眠りについた。
迫りくる追っ手のせいで、懇ろに弔ってやることもできなかった。
形見は、これだけはと手元に残した釵一つ。
梅樹を象ったそれを抱いて、何度悲嘆に暮れたことか。
相次いで母が死に、そして俺は一人になった。
頼るものもなく、愛する者もなく。
凍えたこの世界で、そうして俺は俺になった。