01:不穏
「…須賀!起きろ!休憩交代だ。」
目を開けると、短髪の若い男が立っていた。同僚の鈴木 修一だ。窓に目を向けると、外は薄暗い灰色をしていた。腕時計は朝の5時を知らせていた。須賀は、それとは対照的に、ゆっくりと起き上がりながら話す。
「今の夢は、ちょっとありきたりなものだったよ。」
「そうか。残念だな。」
鈴木がそっけない返事を返す。須賀は構わず話を続ける。
「3日前の幽霊が出てくる悪夢くらいがちょうどいいかも。あれなら、映像データをここのサーバーに送ってあるから、報告会の資料に加えとくね」
「仕事が早いっすね。さすが、"日本のエジソン"だ。」
「その呼び方は新聞だけで勘弁だよ。know-toの発明だって、父さんの研究のあとを継いだだけだし。」
「何がそんなに気に食わないんだよ。光栄なことだろ。」
「シャイボーイなんでね。」
須賀は笑みを浮かべた。それから、長椅子を鈴木に譲り、自分の机に着いた。机の上に置いてあった黒ぶちの眼鏡をかけてから、二週間後の研究経過報告に向けての資料製作に取り掛かった。ここ数日間は鈴木と泊まり込みで仕事をしていた。彼らの使っている第9研究室は、研究所で一番狭い研究室だが、こっちの方が集中できると、須賀自らが希望したものだった。
彼らの研究は、須賀が開発した、know-toと呼ばれる、人間の脳のデータを正確に読み取り、記憶のバックアップを取ったり、脳の健康状態を見ることができる機械についてだ。
know-toはピアスの形をしたデバイスで、耳に付けると、人工神経が脳まで伸び、脳とコンピュータが接続される。また、独自のネットワークが構築されているため、メールや記憶の中にある画像データを、そのまま他者に送信することができるようになり、文明は大きく変化した。
作業を始めてから三時間ほど経っただろうか。資料の山と向き合うのに疲れた頃、研究室のドアが開いた。あまりに勢いよくドアが開いたので、資料の山から何枚かが宙を舞った。
ドアを開けたのは20代前半といった、須賀や鈴木と同い年くらいの、大きな目をしたショートカットの女性だ。そして、彼女は床に落ちた資料は気にも止めず、小さな研究室にはふさわしくない大きな声で話し始めた。
「あんた、須賀直哉よね?」
彼女が声をかけたのは長椅子で寝ている鈴木だ。彼女が鈴木を無理やり起こそうとするので、須賀が慌てて言った。
「須賀は俺だよ。」
彼女は須賀と鈴木の顔を見比べてから困ったような表情で言った。
「あら、ごめんなさい。受付の人が、第9研究室にいるイケメンだと言っていたから。」
「まあ、それはいいとして、何の用だい?そもそも、ここの施設は、一般の見学とかは受け付けてないはずだけど。」
彼女は少し間をあけてから言った。
「今すぐknow-toの研究を中止して。」
その声は、狭い第9研究室でよく響いた。