よくある回想シーン
~ 七年前 ~
物心ついた頃から、カイエンは一人ぼっちだった。
両親の存在も覚えてはいない。捨てられたのか、戦争で死んでしまったのか、それすらも分からない。
だからカイエンは自分の正確な歳を覚えてはいない。
ただ、幾つだと聞かれることが多かったので、適当に歳や誕生日を振るようにした。
その日がたまたま前の勇者が死没した日であったのを後々知るのだが、単なる偶然だと思っている。
祖国コッパドールは貧しい国だった。
広大な陸地はその大半は砂漠で占められており、それらの地域に一度入ると、一日の大半を熱砂による照り返しを浴び、水がなければ数日で全身の水分を吐き出して死んでしまう。
人が住むにはおおよそ適していなさそうな土地なのだが、何かの気紛れかのように所々に大きな湖と、大陸を分断する広大な川が流れており、この土地に住む民に独自の文化を形成させることになっている。
カイエンの生まれ故郷は、市街から外れにある場所だった。
両親のいないカイエンは、子供の頃から同じような孤児らの集まりに加わって、物を盗んだり、物乞いをしたり、ゴミを集めるといったことをして命を繋いでいた。
カイエンはそういった生き方を卑しいと思ったこともなければ、考えたこともなかった。
泥の混じった水をすすることも、飢えを凌ぐために木の枝をしゃぶることも、生きた虫を食うことも、ただ生きるためにしなければならないことなのだ。
その生き方はこのコッパドールの国では、特別なことではなかった。
国民の大半が文字を読むことが出来ず、勉強する機会を与えられず、ただその日暮らしの生活を送っていた。
カイエンがその世界の貧しさや不条理の正体を知り理解するのは、ずっと後になってのことだった。
そして、その貧しさにも関わらず、悲しいかな祖国は内戦の絶えない土地だった。
祖国には魔法石という天然の産物があった。
それを巡って民族間で争いが頻発し、血を血で洗い、両者の胸に消え焦ることのない憎しみを残していた。
カイエンが十四歳の時に、祖国コッパドールは数十年に一度の、戦死者が百人を越える内戦に巻き込まれた。
城下町から見たこともない数の灰色の煙があがっていた。
いつもカイエンらが何か盗れる物はないかと物色して歩く道では、鏃を布で棒に巻き付けただけの槍を両腕で抱えた薄汚れた兵が群れを組んでおり、向かいの道から見慣れない連中を見つけては、叫び声をあげて斬り合いを始めるといったことを繰り広げていた。
この状況では動くべきではないと判断し、カイエンら孤児はいつも会合などを行っている捨て家に集まっていた。
そんな時、孤児らの取りまとめをしているリーダーが血相を変えて現れた。
「トマルらがさらわれた」
「さらわれたって、どういうことだ」
「軍に紛れて、見たこともない連中が入ってきている。若い女性や子供を誘拐したり、家に入って金品を奪ったりしている」
トマルはカイエンが真っ暗な夜の町でごみ漁りをしているときに知り合って以来の友人である。
共同作用で果物や野菜を盗んだりして、このコッパドールの町で共に生きてきた。
役人がカイエンを追いかけているときなど、トマルは率先して囮を買って出てくれるのだ。
カイエンは他の子供よりも体が強く足もうんと速いので、役人を撒くのには何も問題ないので、むしろトマルの方が危なくなって逆にカイエンが助けるということがしばしばだった。
カイエンはいつも困った表情を浮かべながらも、この狭い世界でそういった正義に躊躇しないトマルの生き方や思いやりに感謝していた。
「トマルを取り返さないと」
カイエンは普通の思考を走らせつもりだったが、それを聞いたリーダーの表情は厳しいものだった。
「正気か。相手は足下のふらついた果物屋の連中じゃないんだ。武器を持った大人なんだぞ」
「だから何だというんだ。さらわれたトマルをどうするつもりなんだ」
「・・・・・・トマルのことは諦めよう」
リーダーの男は無情な言葉を放った。
彼の立場からすれば仕方ない判断なのだろう。
もし誘拐された人物がカイエンと遠い人物であったら、カイエンも同じ判断を下したであろう。
しかし、今回はそういうわけにはいかなかった。
カイエンはふうと小さい溜息をついた。
「分かった。けども俺は一人でもトマルを助ける」
リーダーの男は反対することはしなかった。
ただ、もしカイエンに何かあったときも同様に助けを出すことは出来ない、すべては自己責任になるんだぞと忠告をしてくれた。
それを受けてもなお、カイエンは静かに首を縦に振った。
もし逆にカイエンが捕まったのであれば、トマルは何の躊躇もなく同じ判断を下すことを知っているからだ。
カイエンは街をうろつきながら、トマルをさらったという連中を探し始めた。
三十分ほど歩くとその連中はすぐに見つかった。
連中は二人組で、この貧しいスラムであっても、似つかわしくないほどの死の色を放ち、右腰には銀色に輝く三日月刀を帯剣していて、左腰には子供をさらうときに使うものなのだろうか、縄やら白紐やら木棒などが括り付けられている。
カイエンは身を潜めながら、男達を追い続けた。
例え人を殺すことに関しては相手が上であっても、ここは自分達のホームで土地勘に関しては圧倒的優位を保っているのだ。
男達は街の外れにある廃墟に入っていった。
カイエンが生まれるずっと前に国内の反勢力の武装派によって作られ、抗争にて破壊された煉瓦作りの基地だった。
カイエンは草むらに身を隠して、そこで張り込みを続けた。
二時間ほど待っていると、さきほどの二人組が建物から出て行くのが見えた。
カイエンは身を屈めて建物に入っていく。
中に誰か監視役がいないかを確認し、気配がないのを確認して建物の中に入っていく。
老朽化した階段に気をつかいながら、足音を立てずに二階に登っていく。
煉瓦には苔がこびりついており、窓から入った光が埃を幻想的に照らしていた。
狭い部屋を一つ一つ確認していくと、目隠しをされた子供らが手足を縄で縛られ、捨てられるように壁際に並べられているのが見えた。
カイエンはその中で、トマルの姿を見つけた。
「トマル、大丈夫か。俺だ。カイエンだ」
声をかけるのと同時に、ナイフで目隠しや縄を切る。
トマルは男達に殴られたのであろう、頬や目元は赤く腫れ上がっていた。
久々の光ですら眩しかったのか、トマルは肘で顔を覆いながらカイエンの顔を見た。
「カイエン、助けにきてくれたのか」
「早く出るぞ」
他の子供達の縄も切っていく。
それからカイエンはトマルと一緒に建物の入り口に向かっていく。
「この恩は一生忘れない」
「そんなのは構わない。それよりもこれからしばらくの間は潜るぞ」
「分かった」
そう言って出口から外に出ようとした時、カイエンの顔面を衝撃が襲った。
次の瞬間、カイエンの体は地面に倒れていた。
トマルの叫び声が後方から聞こえ、何が起こったのかと顔をあげると、太陽に強く照らされ眩しく輝く自由の入り口の前に、先ほどまでいた男が門番のように立ちふさがっていた。
「こいつか。市内からうろちょろと俺達を追い回していたやつは」
「まさか、つけてたとはな。危うく全員逃がすところだったぜ」
カイエンは瞬間的に、自分がとった行動が軽率だったことを後悔した。
それはトマルを助けに忍び込んだ行為に対してではなく、男達が完全に掃けたのを確認してから建物に入ればよかったという後悔だった。
カイエンはゆっくりと立ち上がる。
鼻から吹き出ていた血を拭き取り、すぐに飛んできた男の攻撃を避ける。
男はカイエンの右腕ぐらいのリーチはある木棒を持っていた。
「気をつけろ。どこかに刃物を隠し持ってるはずだ。それと、このガキかなり出来るぞ」
そう言って一人の男は軽く目配せをすると、入り口を塞ぐために後方にいた男も横一列に並んでカイエンと向かい合う形をとった。
カイエンにとってこの巡り合わせが不幸だったのは、対峙した二人組がカイエンが子供だからといって油断しなかったことと、カイエンの中に後ろのトマルを置いたままこの場から逃げるという選択肢が無かったことだった。
棒で顔を殴られ、脇を蹴られる。
カイエンは僅かな隙を狙って反撃を試みようとするが、畳みかけるように反撃が飛んでくる。
この時点では、実戦経験のないカイエンは大人の戦士に対してまだ実力差があった。
いざという時に使うつもりだったナイフを出す機会すらも与えられない。
リーダーの言うことは間違いではなかった。
やはり子供の出来ることはたかがしれているのだ。
棒が頭蓋を打った。
視界が振動する中、脇の骨を打たれた。
膝が地面について、次に胴体が地面についた。
少しずつ意識が遠のく中で「殺すな」という言葉だけが聞こえた。
次にカイエンが意識を取り戻した時、まず全身の不自由を感じた。
殴られた痛みはまだじんじんと残っており、布が目に当てられ暗闇の世界が広がっており、手首を縄で縛られており五体に。
体は微々たる震動が続いており荷台に乗せられているのが分かった。
しばらくして目隠しが取られると、先ほど助け出した子供達がカイエンと同じような格好で並んでいた。
あれから捕まったのだろう。
トマルの姿もそこに見えた。
周囲を見渡すと突起を剥き出しにした赤土色の岩盤が四方に広がっていた。
その一つに巨大な穴がくり抜かれており、手足に枷を付けられたまま穴の中に連れて行かれる。
「俺達はどうなっちまうんだろな」
カイエンの横にいるトマルが呟いた。
トマルはカイエンに続くように男達と戦ったのだがすぐに捕縛されたらしい。
何人かの子供は逃げ出すことが出来たようなのだが、そこから助けが来る確率は皆無といっていいだろうだろう。
地下洞窟が広がっていた。
二、三百近くが収容出来るような広さで、壁はすべて岩で出来ている。
天井を見ると遥か上に穴が開いており、そこから太陽の光が差し込んで洞窟を照らしていた。
大洞窟を、洞窟牢屋として作り替えたような部屋だった。
そこには他にも子供達が並べられていた。
歳は皆十歳前後で、全部で百人程度。男女比は半々ぐらいだった。
そのほとんどがカイエンやトマルと同じように戦争の中でさらわれた子達だった。
子供達は壁に寄りそっては一日中しくしくと泣き続けていた。
食事は一日に二度、カビたパンと泥の味のする水だけを与えられた。
その中で、カイエンはここから逃げ出す方法を探し始めていた。
見渡す限りでは、その大部屋には警備や外部の者が出入りに使う一つの出口しか見当たらず、出口の前には、鉄の杭が半円を描くように何本も打ちつけられていて、その中央には出口に繋がる鍵で開く回転式の鉄扉があった。
カイエンはトマルと一緒に古くなっている鉄杭はないか、岩質が弱っているところはないか、壁を登って天井から逃げることは出来ないか。
注意が散漫な警備はいないか。そんなことを考えながら一日を過ごしていた。
そんな風に日常を過ごしていると、ある日のこと、一人の少女に話しかけられた。
「あなた達、いったいいつも何をうろうろしているの」
「ここから逃げる方法を探している」
正直に答えると、少女は驚いた表情を浮かべ、カイエンとトマルの腕を引っ張って部屋の隅に寄せた。
「あなた、そんなことを大きな声で言っては駄目よ。警備に聞かれたら大変よ。別の部屋に連れて行かれるわ」
「別の部屋?」
「私達みたいな攫われた子供にも順位があって、問題を起こした子達は下の階層に落とされるの。噂だけども、自爆の魔法石を体内に埋め込まれ街中にて爆発させられるとも、戦場にて絶対に助からない死に兵として突撃させられるとも、生きたまま胸を裂かれて人体実験をされるとも聞いているわ」
そうなのかと思った。
つまり、その場で殺されるのではなく必ず敵の利益となる形で殺される。
死を恐れたということは無かったが、意図しない死に方になるのは無念になると思った。
「分かった」
「理解のある人でよかった。私はリト。リト・リーフェル。十四歳。あなたの名前は」
「カイエン。こいつはトマル。共にコッパドールのスラムの生まれで歳はだいたい十二歳ぐらいだ」
リトと互いに自己紹介を交わす。
リトは貿易商の名門の家の生まれだったのだが、父親と共にコッパドールに来たとき、父親が目を離した隙を狙われて、黒ずくめの服を着た男達にさらわれてしまったらしい。
しかし、リトを捕まった後も心を折ることもなく、同胞を集めてはここから脱出することを考えていたのだ。
リトはカイエンよりも長くこの洞窟で暮らしていたため、髪や肌こそ粉土が被さっていたが、鼻も口も小さく作りのいい顔をしていることは分かった。
そして何よりも、その目の力は吸い込まれそうなほど強く、またその口から出てくる言葉は生命力が溢れていた。
スラムでその日暮らしを続けてきたカイエンにとって、リトはたまたま寝床を一緒にすることとなったが本来は出会うことのない高貴な身分の女子であり、しばらくの間は直視することが出来ないほどに眩しい存在だった。
「絶対にここから逃げ出すわ」
「もちろんだ」
それでも、奴隷の生活は過酷な物だった。
女は、手足に枷をはめられた状態で、組織が管理する密林にてアヘロと呼ばれる麻薬を採取する仕事をさせられていた。
焼くことで人を幻影世界に導く滅びの草を、口に布を当てて刈り取り、それを背負った籠に放り込んでいく仕事だ。
一方、男は組織が持つ隠れ鉱山にて、魔法石を採る作業をさせられた。
この魔法石は商人にも国家の目にもとまることなく、ただ組織に運ばれていくのである。
そして夜は棒を持たされた。
敵が現れたら躊躇することなく頭を強く打つ、首に武器を這わせる、そんなことを教えられた。
そして、夜になるといつもの場所に戻ってくるのである。
ほとんどの子供は、全身が疲労で満ちていてただ泥のように眠るだけだった。
しかし、カイエンやリトはそこから踏ん張って、脱出のための活路を探し出すのだ。
時間があるとよく二人と話し合った。
初めはどう脱出するかばかりを話していたが、そのうち互いのことも話すようになった。
リトは貿易商の父に連れられて、世界を回っていたので、そこで見てきたもののことを色々話してくれた。
「死ぬかもしれない、そんなことを思うことは何度もあったわ。父さんがよく迷子になって野宿をするの。あるとき、腹をすかせた野生の狼が私達の匂いにつられて現れて、襲いかかってこようとしたの」
「その時は、どうやって乗り越えたの?」
「枯葉や小枝を急いで集めて、それに火を付け回って、二人で槍を手にして叫ぶのよ。一夜中、かかってこいって威勢だけで叫んで、のどが潰れるかと思ったわ。すると狼もこんな変な人間を食べたとしても美味しくないと思ったんでしょうね。そのうち姿を消していったわ」
彼女は逞しかった。
どんな状況にあっても希望を失わなかった。
そして、カイエンにとってリトへの思いを決定づける事件起きる。
訓練で使用した金属針を、カイエンが洞窟に持ち込んだのが監視に見つけられたのだ。
ただちにカイエンに体罰が加えられることが決まった。
カイエンが受けることになった銅墳と呼ばれた拷問は、縄で身動きの取れない状態で蒸した鉄釜に放りこまれ、そのまま何日も放置されるというものである。
カイエンが釜に放り込まれると、すぐに全身から汗が吹き出始めた。暗闇の中では、意識は喉の渇きに占有され、数時間もしないうちに水を飲みたいという悲鳴に変わるのである。
カイエンは動こうとしたが、手足の紐をきつく縛られており身動きを取ることが出来なかった。
四人の勇者であるカイエンは普通の子供の何倍もの時間を耐えることが出来たが、やがて終わりのない拷問に次第に体は悲鳴を上げ始め、銅釜の中からゆっくりと苦悶の声をあげ始めた。
それでも、助けてくれと泣き叫ぶことは決してなく、出来るだけ動かずにいるだけだった。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
糞尿を垂れ流し、視界が光に包まれ始め射し込んだ光すらも悶絶しそうな眩しさの中、最初に聞こえた声は意外な人物からのものだった。
「カイエン、大丈夫! 生きてるの」
「ああ、何とか」
水を必要とせずカイエンが自然に立ち上がると、監視役の男は驚愕の色を浮かべた。
カイエンの体はまだまだ余裕があったが、終わりのない暗闇の中で、体よりも先に心が狂うのではないかとという感情が全身を包み込もうかとしていた。
「お前、本当に不死身だよな。どういう体のつくりしてるのかと思うことがあるよ」
「俺も思うときがある」
トマルの悪態を返して洞窟に戻っていく。
後で聞いた話だがカイエンは銅釜の間に二日も入れられていたらしい。
そして、さらに分かったことは大人達はこの拷問でカイエンを見せしめとして殺すつもりだったらしく、リトが男達に懇願したから助けられることが出来たのだという。
どういう説得でリトがカイエンの処刑を止められたのかと不思議に思っていたが、それは以前は見られなかった日常の変化で分かることになる。
リトが定期的に監視の男に呼ばれるようになっていた。
男が檻の近くに寄って、リトを呼んで小さな声で何かをささやいた。
リトの表情は一瞬だけ青白くなったが、すぐに普段の顔色に戻り、首を縦に振って男と一緒に部屋から出ていった。
リトは一時間ぐらいすると戻ってきた。
不思議なことに無傷のままで、それでも表情は硬くなっていた。
カイエンはまだそのとき子供だったが、何をされているか想像はついた。
「リト、ひょっとしてお前。俺を助けるために男達に何か交渉を持ちかけたのか」
「心配しないで。それよりも私も謝らないといけないことがあるの。カイエンが銅墳に入れられてすぐに助け出すことは出来なかった。あなたがあの中にいる間、私達は気が気じゃなかったの」
「いや、どんな形であれ命を助けて貰った。この恩は生涯忘れない。それよりも俺は今はリトの方が心配だ」
「心配をしてくれてありがとう。でも、私が監視に気に入られていることは私達の武器になっている、これを脱出に利用しない手はないのよ。それにあたしの体を支配出来ても、心を支配出来ているわけじゃないのだから。だってあたしの心はここにあるのよ」
リトは親指を心の胸に立て、決して強がりではない笑顔を浮かべた。
それを見たときカイエンの胸に熱いものがこみ上げてきた。
それまで二つ年上のリトのことを、綺麗で尊敬する存在として見ていたのだが、その瞬間からかけがいのない愛おしい存在に感じ始めたのだ。
それからの洞窟での生活でカイエンの視線は常はリトを追うようになっていた。
誰か他の人間がリトと話しているのを見ると胸が苦しくなったり、リトと二人きりで話していると心地よい気持ちに襲われたりするのだ。
「上の世界に戻ったら、色々なものを見て、遊びましょう。あ、あと、あたしこう見えても料理が得意なのよ。職業料理人に教えて貰ったりしているんだから。色々な国の味も知っているし。色々な物を作ってあげる」
そして、リトは同胞の仲間達と脱出計画を少しずつ組みあげていった。
作戦は簡単だ。
リトが男に呼ばれる日を狙う。
もしリトが呼び出されたら、リトは戻る際に牢屋の鍵を盗み出す。
戻ってくると同時に脱出を試みようというものだった。
リトは少しずつ狙いの男を絞っていった。
狙いは太った中年の監視役で、いつも奴隷のことを鞭で叩くが、リトに対してはあからさまに好意を寄せていた。
リトは鉄格子越しにしばしばその男に話しかけるようになっていた。
「日にちは決まったわ。次の冥の日よ」
リトから決行の日を告げられた。
その日は、奇しくもカイエンがこの洞窟に入ってちょうと三ヶ月目の日だった。