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世界を救った幼女

 呼ばれたのは城の謁見の間ではなく、荒野のど真ん中であった。


 初めその場所を指定されたとき、カイエンは何かの間違いではないかと思ったほどだった。


 土の隙間に雑草がときたま顔を出しているだけの薄緑色の平原が広がっており、生物の姿はどこにも見ることが出来ず、ここが魔物の大地だと言われても違和感のないものだった。


 そして、その何もない平原を、何十ほどの部隊がただ駆け進み土煙をあげていた。


「こちらです」


 警備兵が幕舎へと導いた。

 柱に布を被せただけの質素な作りのもので、他のと比べても何も特別なところは見あたらなかった。


「天海アリサ様、カイエン殿をお連れしました」


「おう、入ってもらえ」


 頭を下げて幕舎の中に入る。

 外とほとんど気温の変わらない薄暗い建物だった。

 その中央に小さな木造の机があり、横に当て皮を腰の上に被せた金髪の少女が座っていた。


 少女はカイエンの姿を見ると、驚いた表情を浮かべた。


「ほう、筋肉ムキムキの禿坊主みたいなのを想像しておったが、普通に彫の深い長身イケメンの小僧ではないか」


 少女が立ち上がると、腕のブレスレットがちゃらちゃらと音を立てる。

 少女の背丈はカイエンよりも一回りは小さい。

 本当に彼女が人々の軍勢を纏めて魔物を押し返したというのか。

 そうだと思うと、つくづく信じられない気持ちに駆られる。


「体を触ってみてもいいかの」


 少女はそう言って近寄ると、カイエンの許可をとる前に体をぺたぺたと触りだした。


「おお、さすがに鋼のような体をしておるな。というか随分と着痩せするんじゃな」


 好き放題触った後に、天海アリサは再び椅子に腰掛ける。


「話はリコッテから聞いておる。私信が届いた」


 カイエンは驚きの表情を浮かべた。


 リコッテから既に連絡があったというのか。


「リコッテは何と」


「彼自身、事情はあるみたいだけども、あたしは感情的に許すことが出来ないから、寛大な姫様に任せたい。そんなことが書いておったわ」


 そう言って、少女はくっくっくと笑い細い金髪がこきざみに揺れた。


「天海アリサじゃ」


「カイエンです」


 天海アリサは足を組み、カイエンの方を見る。

 顔こそ幼く見えるが、その目は底が見えず、とても十七歳とは思えなかった。


「おぬしか。協調性のかけらもなく、個人行動ばかりに走り、何も成果をあげられんかったという残念な自己中勇者というのは」


「何を言ったとしても、言い訳になる」


「まあいいことよ。戦いはもう終わったんじゃ。おぬしがおったらこうなったと思うことは星の数ほどあるが、そんなことを言ったところで死んだ者が生き返るわけではないしの。で、わざわざ戦いが終わった後に出てきたということは何か用があるんじゃろう」


「天海アリサの率いる人類共同軍が、魔物に対し大きな勝利を重ね続け、この戦いを終わりに導いたと聞いた」


「そうよ。褒めて欲しいもんじゃな。今まで誰も出来なかったことを成し遂げたんじゃ。未来の歴史の教科書には伝説的な軍人として記録が残ってるじゃろうよ。ふふふ」


 天海アリサはにやにやと笑みを浮かべている。


「信じられないことだ」


「なんじゃ、お主、わしらが負けると思っておったのか」


「俺は何度も魔物の大地に入ったことがある。魔物の強さも、そして勇者や人が強くなれる限界も知っている。それが集まったところで、烏合の衆にしかならない。それを踏まえて、やはり難しいと思った」


 そう思ったからこそ、何年もの時間をかけ、一人で魔王を倒せるように準備をしてきたのだ。

 しかし、その前提が覆された。


 それを聞いた天海アリサは無邪気に笑っている。不思議な女性だと思った。


「時代が少しずつだが、変わっておる」


「時代?」


「初代や二代目の勇者が現れた時は、人の世にはまだ国という概念はなく、人々は村や群といった集団で暮らしておった。城も高さを持たず、魔法はせいぜい生活を補助する程度のもので、武器もまだ青銅が主流だった。だから、魔物に対して戦闘で優位性を保つことは出来んかった。だから、勇者といった突出した個のみが魔物や魔王を追い込むことが出来た。しかし、それから何百年の月日の中で、国家間で交流が進み、進んだ技術や文化は人の世に少しずつ広まっていった。武器は青銅から鉄が主流に、火薬が生まれ、天体を使った測量技術が進化し、輸送技術、馬の質、戦術、人の体格。そのどれもが大きく進化を遂げている」


「それが勝った理由だと考えているのか」


「もちろん違う。三人の勇者がおらなくては勝てんかった。各国の指揮官が兵を取りまとめてくれなければ勝てんかった。魔物が戦術面にて失敗をしなければ勝てんかった。要因は無数にある。それらが複雑に絡み合って我々が得たものが、勝利なのじゃろう。しかし、その中で色々と変わってきておる物があるのじゃよ、と一人ですべてを解決しようとした勇者殿に説法を垂れておるのじゃ」


 天海アリサはそう言った。

 今一人で解決しようとした、と言わなかったか。


 何もいえないでいると、天海アリサは立ち上がってこう言った。


「そういえば、おぬし、せっかくここまで来たのじゃから、わしらの訓練を見ていかんか」


 幕舎の外に出ると、冷たい風が肌を打った。

 こんな寒いところで年中過ごしているのかと思いながら、二人で高原に立ち並んだ。


 平原では歩兵同士が木の盾と剣を持って互いに衝突を続ける訓練が行われていた。

 一戦一戦人の入れ替えを行っているらしく、実戦さながらの様子が見てとれた。

 聞くと時には死傷者も出るらしい。


「魔物を討伐した後も、内容を緩めることはないのだな」


「そうじゃな。今度は人の世を統一せんといかんからな」


 そう言って天海アリサはくくくと笑った。

 どこまで冗談でどこまで本気で言っているのか全く分からない。


 訓練を見ていると、天海アリサから色々な質問が飛んでくる。

 軍人ではないので、正確な回答が出来るかどうかは分からなかったが、相手もそれを期待しているわけではないだろうと自分なりの解釈を述べていった。

 天海アリサからはそれに対してすぐに切り返しの質問が飛んでくる。

 その質問にはときに的を射たものが多く、こちらも考えさせられ、答えに詰まることがあった。


 集団戦が終わると、それから何人かの兵と立ち合いを行った。

 頓軍の中でも精鋭ばかりを集めたとのことで、複数人であればリコッテとも数分立ち合うことが出来る部隊だと言われた。


「何。今なんと言った」


「遠征の際に、リコッテに従軍して貰ったときがあってな。その際は毎日訓練をつけて貰った」


「違う。そこではない。複数人相手ならばリコッテ相手に互角に戦うことが出来ると言ったのか」


「そうじゃ」


「仮にもリコッテは四人の勇者の一人だぞ。信じられん」


 リコッテの戦いを実際に見たことはなかったが、向かい合うだけで彼らの強さは十分分かった。


「信じられん。人でここまでの強さを追い求めることが出来るとは」


「言ったであろう。時代は少しずつ変わってきているのだと。訓練や医術、食事の進化により、職業軍人の能力は次第に伸びてきておる」


 それを聞いて、カイエンは本当にそうなのかもしれないと思った。


 立ち合いが始まる。

 カイエンは構えをとった。

 いくら相手が職業軍人とはいえ、カイエンは勇者の一人である。

 一対一の稽古では子供とじゃれあうようなものだったので、すぐにまとめて相手をすることにした。


 相手はよく連携が取れていた。

 攻撃は必ず視界内の者と死角に立っている者が同時に仕掛けてきて、それを打ち落とすのと同時に次の兵が出てくるのだ。

 打ちこみも速く、肌をかすることがしばしばあった。

 人相手に攻撃を当てられるのは本当に久々のことだった。

 組み手は何度も繰り返した。

 それを何時間も繰り返していくうちに、相手は一人また一人と脱落していく。

 途中から混じった天海アリサも息を荒くしていた。


「おぬし、それでも本気の半分もだしとらんのではないか」


「関係ない。何も実績を残せなかったんだ」


 それを聞いた天海アリサは目を点にする。

 そして、何かをぶつぶつと呟きだし、考えごとにふけり始めた。


 しばらくして、夕食を共にすることになった。

 この地は驚くほどに日が暮れるのが早く、そして冷え込みも一層厳しくなってきた。

 夜営の間も訓練は続いているようで、時たま暗い平地の中から歓声があがるのが聞こえた。

 カイエンは天海アリサと並んで座り込みながら、干した果物と、穀物を口に運んでいく。

 とてもうまいとは言えない代物だったが、生きるには十分かもしれないと思った。


「おぬしに頼みたいことがある」


「士官の誘いか」


「まさか、そんな器用なことが出来る人間ならば、一人で黙々と修行なんかしとらんじゃろ」


 そう言いながら天海アリサは豆をつまんだ。

 松明の灯りがアリサの顔を照らし、顔に波のようなものを打った。


「出来ることは俺に出来るようなことであれば何でも言って欲しい。魔物の向こうの大陸で抵抗する魔物に手を焼いているといったことがあれば、是非手を貸したい」


「いや、人の世の出来事じゃ」


 思ってもいない言葉に、カイエンは眉をぴくりと動かした。


「大聖人は勇者の一人はコッパドールの地で生まれるという予言をしておった。お主の褐色の肌色、共通語の訛りから判断するに、お主がそれか?」


 カイエンは一瞬だけ逡巡したが、嘘をつくことではないので首を縦に振った。


「そうだ。俺はコッパドールの生まれで、今から七年前の十二歳の頃まで住んでいた」


「それ以降は祖国には戻っておらんのか」


「ああ。魔物との戦いとも無縁の、年端もいかない子供が物乞いをするような貧しさしかない国だった。国を出てからは、傭兵などをやりながら世界を回っていた」


「魔王との戦いは終結したわけじゃが、それからも国に帰りたいとは思わんのか」


「思い出しても辛い記憶しか流れてこないからな。それに知っている人間もほとんどいなくなってしまっている」


 それを聞いて天海アリサは少しだけ険しい表情を浮かべた。


「そうか。なるほどのう」


「何だ。もったいぶらないで言ってくれないか」


「いや、その話なんじゃなが・・・・・・。実はおぬしの祖国に関することなんじゃ」


「俺の祖国だと?」


「ああ、で、わしは見ての通り回りくどいことを言うのが苦手なんで、単刀直入に言わせてもらうが・・・・・・実はおぬしの故郷であるコッパドールの地にて不穏な動きがある」


「不穏な動き?」


「ことの発端はコッパドールの地方土地にて起きた小さな紛争じゃ。苦しい生活に耐えられなくなった連中が起こした一揆じゃったので、国軍の兵が鎮圧に出て行った。相手が平民ということで油断しておったら、彼らは見慣れぬ武器を使い、国軍は思わぬ苦戦を強いられたそうじゃ」


「ほう」


「何とか数の理で使って一揆を鎮圧することは出来たのじゃが、連中がどうやってそういった武器を手に入れたのかを探っていたところ、とある武器商人の姿がちらついてきおった」


「武器商人?」


「そうじゃ。その連中はなんと子供や貧困層を相手に、武器を無償で配っていたことが分かった」


 今度はカイエンが険しい表情を浮かべる番だった。


「その連中の目的がよく分からん。何の為に武器をタダで配る必要がある」


「先行投資じゃ。まずは火種を作るために人々に争いを起こさせる。そして戦いが本格的に始まってから、双方に武器を売るということをするのじゃ」


 それを聞いて死の商人という言葉が思い浮かんだ。

 思想、人種、そういった物を全く気にすることなく、ただ武器を売るためであればどのような手段をも尽くす連中のことだ。

 彼らもまたその一種なのだろう。


「何者なのだ」


「実態はほとんど分かっておらん。我々も色々手を尽くしてはみた。武器を買うように見せかけ、炙り出したりすることもやったが、とかげの尻尾切りになるだけで実態はほとんど掴むことはできんかった。隠密部隊を送ったこともあるのじゃが、捕まってしまっての。拷問を受け、指や舌を切り落とされて、生きたまま手足をもがれて殺さてしまう。魔物でもそんなことはせんぞ。全く、とんでもない連中じゃ」


 天海アリサは苦虫を噛み潰した表情をしている。

 彼女としてはこの件に関してはもはや打つ手がなく、八方塞がりの状態なのだろう。


「そいつらを倒してくれんか」


 アリサは鋭い目つきでカイエンを見つめた。


 引き受けない理由はない。

 カイエンはそう考えていた。リコッテにも言ったが、自分が救えなかった人はこれから救うことで少しでも償わなくてはいけないと考えていたのだ。

 そして、恐らく目の前にいる少女はそれを承知の上で、この話を持ちかけているのだ。


「分かった。引き受けよう」


 そう言うと、天海アリサの表情がぱあっと光り輝き出し、満面の笑みをみせた。

 本当に表情がころころと変わり、見ていて飽きない。


「ありがたい。この任務はお主のような人物には適任なのじゃ。なんせ伝説の勇者の一人じゃからの。接近戦では無敵なのだから、捕まったり殺されるなんてことはまずなかろうて。本当に助かるわい」


「姫様のお陰だ。もっと責められるのかと思っていた」


「何を言っておる。人の活かし方を考えるのがわしの仕事じゃ。言っておくが、魔物との戦いで疲弊した人の地はこれから星の数ほどやることがあるのじゃぞ。おぬしのような優秀な人物が塞ぎ込んでしまうことはあってはならんことじゃ」


 カイエンが頭を下げると、天海アリサは袋の中から赤色の紙束を取り出した。


「これは」


「何か問題があったときも、そうでないときでもこれからお主がその日見たものを細かく書き記していって欲しい。日報といってもよかろう。給料は払うんで、ちゃんと仕事をしたかどうかの確認にもなる」


 紙をぺらぺらとめくった。

 上質の紙で出来ており、まだ何も書かれていないまっさらな帳面だった。


「見た目はただの紙だが、特殊な職人に作らせておって、これの複製を作ることは絶対に出来ん。ある方法でのみ見分けることが出来る。正規な物だけがわしの手元に届くようになっている」


「分かった」


「そして、それとは別にもう一つ書いて欲しいものがある」


 それは突然の変化だった。


 そう言った天海アリサの目の色が、深く暗闇に落ちた。


 次の瞬間から、彼女の表情が全く読めなくなった。


「空いた時間を使って、おぬしの今までの人生のことも書いて欲しい」


「俺の人生だと」


「そうだ。今まで生きてきた半生の記録じゃ。おぬし、年齢は二十前半ぐらいか。それまで見てきた物を文字の記録として残しておきたい」


「それは何のためだ」


「歴史書を作ろうと思っておる」


「歴史書だと。『天地創造』を作ったラカシャンにでもなるつもりか」


 本心を引き出すために皮肉を言ったが、天海アリサはかっかっかと笑うだけだった。


 しかし、相変わらず感情は読めないままだ。


「おう、よく分かったのう。そうじゃ。現時点の歴史書を纏めようと思っておる。今までも自主的に自伝を書き記す歴代勇者もおったが、ほとんどが晩年に書いたものじゃった。やつらもその頃にはボケてしまって正確な記憶が残っておらんなで、自慢と誇張話と間違いの記録ばかりで参考になるものじゃなくてな」


「だから、生きて記憶がまともなうちに事実を文字に残しておこうということか」


 天海アリサはそういうことじゃと首を縦に振った。

 確かに『天地創造』にせよ、遺された歴史書はかなりの時間が経過した記録を寄せ集めた物に過ぎず、その精度には疑念の余地がある。


 それが彼女の真意なのかは分からなかった。

 ひょっとしたら文字を通してカイエンの胸の内をはかろうとしているだけなのかもしれない。


 一方で、カイエンはこの少女のことを好きになり始めていた。

 自分の代わりにこの世界を救った人物だからという理由だけではなく、実際に話してみてその人間性に惹かれたのだ。


「これは姫だけが見る物なのか」


「ん、そのつもりじゃ。雇用上、おぬしの雇い主はわしだけだからの。一応、東源爺も見る権限はあるじゃろうが、あれは老後の余生を送ることに忙しいからの」


 そうかと思い、紙をじっと見つめた。

 この姫相手ならば、あるいは、自分の思いなども正直に綴っていいのかもしれないな、とカイエンは考えるようになっていた。


「まあ気をつけてくれ。いくらおぬしが伝説の勇者とはいえ、相手もまた闇の世界を生きる者達じゃ。どんな手段を使ってくるかは分からん」


「もちろんだ。油断せず心して挑むようにしよう」


 相手が魔王ではなかったとしても、人を救えるのであれば、この拳は使われるべきなのだ。


 立ち上がろうとして、肝心なことを聞き忘れていたことに気づいた。


「そういえば、その焚きつけている連中は何と言うのだ」


 天海アリサは一瞬だけ間を置いた。

 何故かその間に対して嫌な予感がした。


 理由はなく、ただ、今まで生きてきて培われた勘がそう思わせたのだ。


 そして、その予想は的中することになる。


「ヤージャ商会」


 それを聞いたカイエンの体に電流のような物が走る。


「イペリア語で、神の商人という意味じゃ」


 今、何といったのか。ヤージャ商会と言ったのか。


 体から変な汗が出てくるのが分かる。

 天海アリサは、ん、という表情を浮かべた。


 これは偶然なのか。


 それとも神や悪魔が仕組んだ何かの所業なのか。


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