王の玉座
王の居場所アルバノートの妻の目線で書いてみました。
「アルバノートッ、貴様裏切りおったな!!」
「ふん、先に裏切ったのは貴様らであろうに…」
眼下で繰り広げられるやり取りを見て、先に声を発した男――一応はこの国の国王を私は反吐が出る思いで睨みつけていた。
何が裏切者か。貴様は我が身かわいさですべてを裏切ってきたではないか。
そもそもこの愚王が我が夫アルバノートを王にしておればこのような事態は避けられたはずなのだ。
私はイスナ・スメラギ。東方にある国貧しい国の生まれだ。
我が国は隣接する大国と手を手を取り合い、平穏に暮らしていた。
そんな我が国に変化が訪れたのは四年ほど前だった。
家出していた第三王女が他国の王族と駆け落ちして戻ってきたのだ。
それだけならば不謹慎だがめでたいことで済ませれただろうが、赤子が生まれ王族であるとわかった以上国に帰れると帰っていった後でかの王族の弟が英雄として凱旋してからすべてが変わった。
英雄と縁を結んだことを鼻にかける第三王女は大国である母国に対して貢物を要求し始めたのだ。しかも、それはすべて義弟である英雄のご機嫌取りのためだけに使われた。
そして、自国の財が少なくなってくると親交があった我が国にも要求し始めたのだ。断れば大国としての力と英雄の力でもって国を滅ぼすと脅され、仕方なく金品を支払っていた。
しかし、ある日信じられないことを風の噂で耳にしたのだ。
我が国や隣国の文化財が様々な市場で目撃され始めているということ。そして、何よりも驚いたのは英雄がすでに死亡しているということだった。
すぐさまことの真偽を確かめるべく密偵を送るとすべて事実だった。
だが、英雄が亡くなったのになぜ未だに貢物を求めるのか?それが疑問だった。
疑問の答えはすぐに判明した。
英雄に貢物をしているうちに浪費癖が付き、さらには英雄もかなりの浪費家だったために方々に借金を抱えていたのだ。それも国レベルの借金だ。つまり貢物はすべてが借金の返済に充てられているという。
それを聞いて黙っていられなくなり、我が国は大国へ攻め入った。
当然、勝てるとは思っていなかったが勝ててしまった。
財力が底を付き、さらには有能な王族たちは不祥事を恥じて自害していたのだ。
王の間で血を流し横たわる王族たちの姿に、在りし日の清廉な人柄を重ね涙が零れ落ちるのを誰が止められようか。
だが、私たちはもう止まることはできなかった。
自分たちが王を討ち取ったという事実が必要だった我々は王族の首を斬り落とし、掲げて見せた。これにより兵の士気は見事に上がった。
だが、この時我々は覚悟を決めた。これから先に何が起ころうともそれを受け入れようという覚悟を。
大国を併合した我が国は次なる標的。いや、本命に目を向けた。
「今こそ、あの悪鬼のごとき女狐を討ち取る時だ!皆の者、武器を取れーー!!」
「「「おおおおおおおおっ!!」」」
そうして進軍を開始した。他国には一切迷惑をかけないように心がけていたが、他国からの態度は予想外のものだった。
他国は通り抜ける際に我々に兵糧などを渡してきたのだ。
聞けば、彼らも英雄と大国の名の下に毟り取られていたらしく我々を支持してくてるという。
嬉しくて涙が出そうになった。
いくつもの国を抜け、我々はとうとう目的の国に辿り着いた。
「では、進軍開始!攻め入れ!!」
先遣隊を向かわせる中、伝令がやって来て情報を伝えてくる。
「……何?最初の領土に入る前に屋敷があるだと?」
何でも進軍していくと最初の町の手前、砂漠のような場所に一つだけ屋敷が建っているのだそうだ。進軍するのに邪魔だから破壊したいが、他国の物だと拙いので連絡をしてきたということらしい。
「何を好き好んでそんなところに屋敷を建てているのか」
呆れると同時に少し興味が湧いた。
「よし、どうせ誰もいないだろうが私が直接出向こう!数人ついてこい!」
そこで私は運命の人と出会った。
「……やあ、東方の諸君。遠路はるばるようこそ」
その男アルバノート・リュイ・フォースミランは扉を開けてすぐの所で椅子に座って我々を出迎えたのだ。
「貴様は何者だ?」
どれぐらいの間食事を取っていないのか、痩せ細った体はまるで骨と皮だけが残されているような印象を受けるのに、目の前の男の覇気はまったく衰えているようには見えなかった。
「私か?私はここの領主アルバノート・リュイ・フォースミラン男爵だよ」
男は平然とそう答えた。
「領主だと?では、ここはどこの国なんだ?」
砂漠しかないような場所が領地とは。それにこの男は男爵と言っていた。領地を持っているような貴族にしては身分が低すぎる。
それに、この屋敷…見渡す限り何もない。あるのは男が腰かけている椅子だけだ。
男が語った言葉に同行していた兵士たちも愕然としていた。
この男は今まさに攻め入っている国の人間だった。それもただの人間ではない。元王太子だと言うではないか。
「……素通りしようとしていたところで思わぬ大物を見つけてしまったようだな」
「大物などではないよ。金を払わねば水すら飲めない私に価値などあろうか?」
「…水も飲めない?どれほど飲んでいないのだ?」
「ざっと二週間ほどかな」
バカな!それほどの間水を飲まずに生きていられるわけがない。
理由を聞くとさらに衝撃を受けた。
追いやれるようにやって来た領地では何も育たず、仕方なしに食料などは他領に買いに行くがどんな品でも金貨十枚払わねば売ってもらえないのだという。
諦めてほとんど食料なども買わず今では水はひと月に一度飲む分だけを買うのだという。
「それももう出来ぬ。もはや、差し出せるものなど命ぐらいしかないのだから…」
そう男が告げた瞬間、兵士に食料と水を与えるように命じていた。
「……何の真似かな?」
敵である私から差し出されたものに、男は理解できないという顔をしていた。
だから私は言ってやった。
「あなたの気高さに惚れた。私の夫になって欲しい」
これほど気高い男を見たことはない。
それに、この男を見ていると私は胸がきゅんと締め付けられる。
あぁ、私も女だったのだな。そう思いださされたのだ。
それから彼を口説き続け、ようやく折れたアルバノートを連れて私は玉座に腰かけている。
本当なら彼をここに座らせてやりたいが、この椅子は威厳を持たせるために造りが凝りすぎてていた弱っている彼には堅いだろう。
それに何より、侵略する側の代表である私が座らなければ後々問題になりかねん。
おっと、ようやく愚王が黙ったか。
「アルバノートよ。どうする?お主がやりたいのならば、やらせてやるぞ?」
まるで夜の誘いだなと思うような言葉だったが、私は彼に確認を取った。
つまりは愚王を殺したいのならば殺してもよいということだ。
だが、彼は断った。
「いや、こんな奴らは殺す価値もない」
「そうか。やれ」
アルバノートの返事を聞き、部下に首を刎ねさせる。
最初に愚王の首が飛び、次に王太子、最後に元凶となった王太子妃だが、彼女の場合は楽には死なさん。
彼女だけを別室に連れて行き、彼女の家族の最期を語り、同じような死に方を選ぶまでひたすら拷問し続けた。
二日後、彼女は耐え切れず自害しようとしたところで公開処刑をした。
彼女の死体は広場に晒され、怒った民衆が石などを投げつけていた。
「…ようやく終わったな」
私は玉座に腰かけ、膝の上にアルバノートを座らせて囁いた。
「あぁ、終わったよ」
彼もやっと今までの苦しみから解放されたようで温かい笑みを浮かべていた。
「玉座に座ることはできなかったが、玉座よりもきっと君の膝は座り心地がいいだろう」
「当然だな。私の傍から離れるなよ?」
「もちろんだ」
誰もいないかつての謁見の間。そこで夫を膝に乗せた夫婦は熱い口づけを交わした。
後世、大公として君臨した女性は夫を愛し、足の不自由な彼に変わって様々な場所に赴いたという。そしてかの大公の姿画として有名なのが、夫を膝に乗せ慈愛の表情を浮かべている姿だったそうだ。