Chapter5 無知
「うーん……」
瑠璃は気がついて目を開けた。目を開けると天井が見えたので、自分がどこかに仰向けの状態で寝ていたことが分かった。寝かされた布団がふわふわとしていて気持ちいい。瑠璃はぐっと力を込めて体を起こした。
どうやらここは誰かの家の一室のようだ。瑠璃の寝かされていたベッドの他には椅子や机が置いてあるだけで窓もない簡素な部屋だ。
瑠璃には先のように取り乱した様子はない。ぐっすりと眠ったせいか、気持ちは落ち着いていて、自分が知らない場所に来てしまったことを理解することが出来ていた。
そういえばさっき祠で出会った女の子は何処へ行ったんだろう、と思い、瑠璃は体を半分起こしたままの状態で辺りを見回す。程なくして部屋の扉を叩く音がした。
瑠璃は不安気に扉の方を見つめながらも、はい、と返事をした。そしてガチャリ、と音を立てて現れた桃色の瞳の少女の姿に、瑠璃は安堵の息を漏らした。
「目が覚めたのね。良かった。」
そう言って少女は微笑む。
「うん、有難う。助けてくれたんだね。」
瑠璃も幾分表情を緩めた。
少女はベッドの側まで歩み寄ってきて尋ねた。
「貴方、名前は?」
「私は水上瑠璃。瑠璃って呼んで。貴方は?」
「私は……チェリア。私も呼び捨てでいいわ。」
頷いて瑠璃は口を開いた。
「あのねチェリア、こんなことを言って信じてもらえるか分からないけど……私、多分とても遠い所に来てしまったの。訪れの森なんて知らないし、少なくとも私がさっきまで居た場所じゃない。助けてもらったうえにこんなことまて聞くのもどうかとは思うんだけど、ここは一体何処なのかな?少しでも情報が欲しいの。教えてもらえない?」
チェリアは驚いたように目を見開いて、少し考えてから答えた。
「ここは、この世界はアルフィランドと呼ばれているわ。瑠璃の居た場所がどんな所かは分からないけど、この世界には魔法が存在するし、魔物が闊歩しているし……やっぱり瑠璃の居た所とは違うの?」
瑠璃は溜息をついてから頷いた。
「うん。魔法なんて私達の世界ではお伽話に出てくるだけのものだったし、あり得ないって言われてた。やっぱり私、全然知らない所に来てしまったみたい。」
瑠璃は自嘲気味に笑った。それから思い出したようにチェリアに尋ねた。
「ねぇ、チェリア。ここってチェリアの家の中なの?」
「いいえ、ここは私のオムの中よ。」
瑠璃は首を捻った。
「お…む?」
そんな瑠璃の様子を見て、チェリアは慌てて付け加えた。
「そっか。オムなんて知ってる訳ないわね…」
そう言ってチェリアはオムの説明をしてくれた。
オムとは魔法で作った持ち運び出来る家のようなもので、外から見ると手のひらサイズの卵のような形をしているらしい。オムの前で特定の呪文を唱えるとオムの中に入ることができ、その外見からは想像もできない大きさの空間に辿り着く。自分の意思で間取りを変えたり、家具を置いたりすることが出来るので、旅人には重宝されるアイテムのようだ。
へぇー、と瑠璃は思わず声を漏らす。
オムの便利さに感心すると共に、この世界が自分のいた世界とはまるで違うことを思い知った。瑠璃は思う。元の世界に帰る方法も探さなければならないけれど、その前に私はこの世界についてもっと知らなければならないと。
正直に言えば、瑠璃はチェリアにこれ以上迷惑をかけるのは嫌だった。
瑠璃は元々、人に頼ることが好きではない。出来ることなら自分のことは全て自分でやるべきだと常々思っていた。しかし、今の瑠璃がこの世界で頼れる人間はたった一人。目の前にいるこの少女だけなのだ。瑠璃はきゅっと唇を噛み締めると意を決して頼んだ。
「チェリア、この世界のこと粗方でいいから教えてくれない?魔法とか魔物とか一体どういうものなのか少しも分からないの。お願い。」
瑠璃は頭を下げた。チェリアは少し驚いた顔をしたが、すぐにふっと微笑んで瑠璃の頭を上げさせてから言った。
「もちろん最初からそのつもりだったわ。あっ、でも今日の分の買い物をまだしてなくて…その道すがらでもいいかしら?」
「うん!もちろん。本当に有難うチェリア。」
瑠璃はもう一度頭を下げた。




