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瑠璃色の月  作者: Alice-rate
ロレシア編
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Chapter50 伝えたかったこと


大変なことになってしまった、と瑠璃は心の中で呟いた。

力を使いすぎた疲労からくる睡魔に襲われ意識が途切れそうになる。

瑠璃から奪った瑠璃色の玉と、そしてもう一つ、シルフは銀色の玉も確実に所持している。二つの玉を揃えたシルフが向かう場所はアトランティスで間違いないだろう。

アリスのスフィアを消したことで、シルフも多少は時間を取られるはずだ。シルフの力がどれほどあるのか、瑠璃には分からないが、少なくともロレシアに攻め入った時に相当の量の力を使っていることは確かだ。そんな状態のシルフがすぐにアトランティスに帰るのに十分な量のスフィアを創り出すのは難しいだろう。とはいえ、アリスがアトランティスへの飛行に慣れていることを考えると急がねばならない。


「瑠璃、無事でよかった。」


そう言って駆け寄ってきたレイラの顔にはどこかぎこちない笑顔が浮かんでいた。

レイラに出会ったのは随分久しぶりだ。しかし今は再会を喜んでいる場合ではない。瑠璃は早速話を切り出した。


「チェリア……ううん、レイラ! レイラはロレシアの姫なんだよね?」


レイラは一瞬戸惑った様子を見せたがすぐに頷いた。


「……ええ。そうよ。」


「それならこの街に住んでたんだよね? 誰か船を貸してくれそうな人を知らない?

時間がないの! 早くしないと審判が始まってしまう。」


レイラは訳が分からないという顔だ。瑠璃はレイラを困らせてしまっていることに罪悪感を感じたが、全ての人の命がかかっている以上、今はそのことにこだわってはいられない。


「瑠璃、審判って ?」


「ごめん! 説明してる時間がない。とにかくこのままだとこの世界中の人間が消されてしまう。

お願い! 私、アトランティスに行かなきゃ。」


レイラはあからさまに困惑している。


「アトランティス?

……聞いたこともない場所だわ。それに世界中の人が消えるって一体どういうこと?」


「時間がないの。アトランティスは雲の要塞の中にある。」


「雲の要塞ですって? 言ったでしょう。あそこには近づけないわ。」


「私がいるから大丈夫。とにかく船を。お願い!レイラ!」


レイラは戸惑いがちに頷いた。


「……分かった。知り合いの船乗りの方に頼んでみるわ。」


「ありがとう!じゃあ早速その人のところに案内してもらってもいい?」


「ええ。ただ少しだけ待ってもらってもいいかしら?

お父様と話がしたいの。」


「あっ、うん……」


瑠璃は頷いてジェイドの方を見やった。ジェイドはシルフを探し出すよう、兵に指示を飛ばしている。


「銀色の天使を見つけ出せ! まだそう遠くには行っていないはずだ! 捕らえたものには褒美を与える。決して逃すな!」


命を受けた兵士達は慌てて地上へと続く道を駆けて行く。


「お父様。」


「…………なんだ、レイラ?」


レイラが声をかけると、ジェイドは苛立たしげに答えた。

ジェイドの声は昔と変わらない。いや、変わっていないのは唯一声だけ、という方が正しいかもしれない。

ジェイドはここ数年で随分と太った。そのうえ、昔は嫌っていた煌びやかな服を好んで身につけるようになって見た目はずっと王らしくなった。「傲慢な王」、その姿を体現した今のジェイドにはかつての優しかった父の風貌は見て取れなかった。


「どうかこれが最後と思って私の話をお聞きください。

このままではロレシアは滅びます。いづれ宝物庫のスフィアが消えたことが他国にも知れ渡り、そうなればロレシアの支配下に置かれている国々はこれを好機ととらえ、反発を始めるでしょう。彼らを抑え続ける力は今のロレシアにはありません。」


「そんなことは分かっている。

だから今、銀色の天使を捕らえ再び力を得ようとしているのではないか!」


レイラは頭を振った。


「お父様。銀色の天使はもう以前のような自身の力に無自覚な子供ではありません。かつてゼナティスがしたのと同じように私たちの支配下に置き、スフィアを作らせるなど今となっては不可能なのです。

失われた力に縋るより、これからロレシアが生き残る術をお考え下さい。」


ジェイドは真っ赤な顔でレイラを睨みつける。今にも噛み付いてきそうな勢いだ。


「言わせておけば生意気なことを……!

この国を捨てたお前に口出しされる筋合いはない!」


ジェイドのこの顔を見るのは何度目だろう、とレイラは思った。

レイラにとって父に睨まれることは慣れきったことであった。母を殺されて以来、スフィアの力をふりかざして無闇に他国に侵攻しようとする父は、何か進言をするたびに口答えするのか、とレイラを睨みつけた。

そしてレイラは父を怒らせることを恐れて黙り込んでしまう。そんな応酬は王国にいた頃、嫌という程経験してきた。

しかし今ここで黙り込むわけにはいかない。レイラはジェイドに自分の思いをぶつけるために、ここに戻ってきたのだから。


「……確かに私は一度国を捨てた身。王族を名乗る資格もないただの娘です。

しかしロレシアが滅んでしまうことだけは避けたい、その一心でここに戻って参りました。

お父様、どうか侵略した国に謝罪して領土を返して差し上げてください。そして許しを請うのです。私は昔のロレシアが好きでした。今のロレシアはあまりにも奪い、壊しすぎた。」


ジェイドはせせら笑った。


「昔のロレシアが好きだった、だと⁉︎ 甘いことを! お前は国政のことを何もわかってはいない。

お前も覚えているだろう。昔のロレシアは何一つ守れない国だった。戦争を避けようとするあまり敵からの要求を次々と受け入れ、周りからは弱腰だと非難される。私にとって最愛の人さえも守れない、そんなただ弱いだけの国だ。

……妻を殺されて私は悟ったよ。力がなければ何も守れない。奪う側に回ることで初めて自分の大切なものを守れるのだと。強い者が奪い、弱いものが奪われる。とても単純な構図だろう。」


「……確かに昔のロレシアは本当に弱い国でした。ゼナティスとのつながりだけが自分の身を守るための唯一の切り札、そんな国でしたね。

しかし今のロレシアと昔のロレシアは違います。宝物庫のスフィアが消されてしまったとはいえ、兵の体内にはスフィアが残っていますし、園で育てているスフィアもあります。今ここで判断を誤らなければロレシアはこれからも存続していくことができます。」


「レイラ、何が言いたい?私の判断が誤っているとでも言うのか!」


「……あなたが間違っているのか、それとも私が正しいのか。そんなことは私には判断できません。考えても考えても、私には国の正しい形というものが見えてこなかったのです。

けれど私はこの国が好きで、この国に滅んでほしくないと思い、これまで行動してきました。そして今あなたに進言しているのです。

決めるのは王であるあなたです。ロレシアの国民の一人として、あなたの賢明な判断を願っています。それでは失礼致します。」


レイラはジェイドに向かって深々と礼をし、それから踵を返した。

父から背を向けるとずっと我慢していたものが溢れ出しそうになった。たとえ父が凶暴な王に成り代わっていたとしても、かつてのレイラの憧れであり、自分を育ててくれた大切な人であることには何の変わりもない。


「レイラ……終わったの?ごめん眠たくて全然話聞けてなくて。その、……大丈夫?」


心配そうに自分を見つめる瑠璃にレイラは潤んだ瞳で微笑んだ。さっきよりもずっとうまく笑えた気がする。


「瑠璃、待たせてごめんなさい。行きましょう。」


「……うん。」


言葉の上では了承した瑠璃だが、本当にこのままジェイドの元を離れていいのかと問いかけるように、ちらちらとレイラの方を気にしているのがわかる。

レイラは人の目にも明らかなほど、表情を崩してしまっている自分を叱咤した。何より、こんな顔をしていたら、自分が急がなければならない事情を抱え込んでいる時でさえ、他人の心配をしてしまう優しい子に迷惑をかける。


「心配しなくてもいいわ。こんな顔をしているけれど、お父様ときちんと話せてよかったって思っているの。瑠璃、あなたのおかげよ。」


瑠璃は本当に眠たそうな顔をしていた。瞼が時々落ちては開いて、蒼色の瞳が見え隠れしている。


「……?私のおかげってどうして?」


「あとできちんと話すわ。」


レイラは心の中でつぶやいた。

そう、私は瑠璃に謝らなければならないことがある。ずっとあなたを欺き続けて、その結果あなたに随分と苦労させてしまったから。





瑠璃はレイラのテレポートで城の外に出た。

テレポートでノースクロアの町はずれの丘に降りたった瞬間、冷たい風が容赦なく吹き付けてきた。冷たい風は眠気を覚ますにはちょうどよく、今の瑠璃にはありがたかった。瑠璃はそういえば、といるはずの人がいないことを思い出した。


「レイラ、バルツはどこにいるの?」


「街の方で待ってもらってるわ。」


レイラの声が返ってくる。少し鼻声なのはやはり泣いていたからなのだろうか、と瑠璃は考えていた。

レイラがジェイドと何を話していたのか、うとうとしながら聞いていたから、瑠璃には理解できなかった。しかし、ジェイドと向き合うことがレイラにとって相当の覚悟を要することであった、ということはわかる。

きちんと話せたから大丈夫というレイラの言葉を信じて、瑠璃はもうレイラの涙については触れないことにした。


「そっか。一緒に来なかったんだね。」


「ええ。私には姫という身分があるから迂闊に兵も手を出せないけれど、バルツは城に入れば殺される可能性があった。だから、ここには私だけで来たの。

……説得するのが大変だったわ。」


瑠璃は笑った。俺もついていく、と言って聞かないバルツの姿が浮かんできた。



ふと上を見れば、空は真っ暗で、銀色の月が鋭い光を放っていた。瑠璃にはまるでこの世界を睨みつけているように見えた。

月から目を離して下を見れば、街の明かりがいくつも灯って綺麗だった。街はたくさんの命で溢れている。


ーー必ずシルフを止める。瑠璃は心の中で誓った。


更新が大変遅くなってしまいました。今後ここまで更新が空くことがないよう、気をつけます。申し訳ありませんでした。

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