Chapter4 訪れの森
「貴方、大丈夫?」
誰かの声が聞こえると共に、体が大きく揺さぶられる。
「う……」
瑠璃はゆっくりと瞼を開いた。見えてきたのはこちらを覗き込んでいる女の子。桃色の瞳が心配そうに揺れている。
「大丈夫?」
その少女が再び瑠璃に尋ねた。
「うん、大丈夫。」
そう答えて体を起こすと全身が軋むように痛い。まるで誰かに借りられていた体がぼろぼろになって返ってきたかのようだ。
瑠璃は徐に辺りを見渡すが、暗くてよく見えない。少女の持つ小さなランプと扉の隙間から伸びた細い光だけが眩しい。瑠璃ははっとしたように少女を見ると尋ねた。
「ね、ねぇ、赤い眼鏡をかけた女の子を見なかった?その子、私の友達なんだけど。」
思い出した。私は神隠しの森の中の祠に入って、そこで多分意識を失ったんだ。
「メ…ガネ?それが何なのかは分からないけど、この辺りに人はいなかったわ。まぁ、訪れの森だから当たり前なんだけどね。」
少女は笑顔で答える。瑠璃の顔は青ざめる。まさか‼︎
「ここは神隠しの森じゃないの?それに眼鏡を知らないって!」
瑠璃の声は震えている。少女は怪訝そうな顔をした。
「いいえ。ここは訪れの森よ。それにメガネってものは聞いたことが……あっ、ちょっと!」
瑠璃は少女が言い終わらないうちに走り出し、扉を開けて転がるようにして暗闇の外に出た。しかしそこには青く光る花も、木々で作られた道もなかった。霧で霞んだ空気の中で黒々とした木々が高く伸び、光苔が蛍のように空中を舞い、森全体を白く彩っている。
「知らない……こんな所知らない!嘘…嘘でしょ……」
瑠璃は呆然として呟いた。
「夢、夢だ。」
自分に言い聞かせても無駄だった。手をきつく抓ってみても夢から覚めることはない。瑠璃の思考以外の全てが、ここが神隠しの森であることを否定している。瑠璃は途方に暮れて後ろを振り返ってまた驚いた。さっきまで自分がいたはずの蒼い祠はそこにはなく、代わりに銀色の石でできた祠が建っていた。
瑠璃は泣きそうになりながら必死で考えた。どうすればいい。どうすれば帰れる。少し考えてから、祠の方に全力で走り出した。祠の中の紋章に触れて私はこの知らない所に来たんだ。だったらまた同じことをすれば帰れるはず。
瑠璃は祠に辿り着くと無我夢中で扉を開け、床に紋章が描かれているのを見た。瑠璃は立ち止まり、深呼吸を一つすると、紋章の上に屈み込み、祈るような気持ちで手を着いた。しかし、何も起こらない。瑠璃はさらに手を強く床に押しつけたが、やはり何も起こらなかった。
「なんで……」
瑠璃は悔しさで涙が零れそうになるのを唇を噛んで必死に堪えた。
ー開いて…開いて!
心の中で強く叫んで何度も何度も床を叩いた。瑠璃が再び床に拳を振り落とそうとした時、後ろから伸ばされた手に阻まれた。瑠璃がばっと振り返ると、そこにはさっき祠で出会った少女が立っていた。
「放して。」
瑠璃は手を振りほどこうとしたが、想像以上に少女の力は強い。
「ごめんなさい。止めて。でも、そこは何人もの学者やスフィリアが試しても開かないかったから、貴方が今何をしたって開かないと思うわ。」
開かない……あまりの絶望に全身の力が抜けた。瑠璃はそのまま気を失った。




