Chapter47 もう一人の侵入者
ノースクロアを円状に囲む塀の上空に差し掛かった。
上から見下ろしていてもその高さが窺い知れる。アリスが少し高度を下げればぶつかってしまいそうな程だ。恐らく飛行のスフィアの使い手の侵入を懸念して、これほどの高さの塀を作り上げたのだろう。塀の所々が突き出していて、そこは見張り塔になっている。今もあの塔の中で、瑠璃達のような侵入者がいないか、目を光らせている兵士が何人もいるのだろう。
夜だというのに光のスフィアの力でノースクロアは明るい。街の外の雪原には闇が広がっているだけだから、まるでその中にぽつんとノースクロアの街が浮かんでいるように見えた。その街の輝きが、ノースクロアがいかに繁栄している街なのか、表している気がした。
そのままアリスは、街の中央に所在するロレシア城に向かって飛んでいく。城を囲む塀を勢いよく羽ばたいて飛び越えると、そのまま羽を閉じて城の窓に向かって急降下をする。二階の窓に衝突しそうになった刹那、瑠璃は力を出し、その窓を消し去った。アリスが小さな鳥の姿に戻ったところで、落ちそうになった瑠璃をシルフが抱え上げ、瑠璃たちはロレシア城の中に入り込んだ。
窓から差し込む明かりのおかげで真っ暗、という訳ではなかったが、薄暗い城内は不気味だった。瑠璃達が入り込んだのは、城の二階、食料庫に当たる場所だ。食料庫から一続きになっている厨房と食堂を抜けて、廊下に出て階段を下りれば、一階に行くことができる。この食堂は王族のためのものだ。王族の夕食の時間は早く、まだ日のでているうちに食事を終えてしまう。今日の務めを果たした厨房や食堂は明かりが消され、人気も感じられなかった。
ここから先は幻影のスフィアで姿を隠すのは難しい。瑠璃たちが歩くのに合わせて、さも瑠璃たちなどいないかのように、周囲の様子を幻で作り出すのはスフィアの扱いに長けたシルフであっても不可能だからだ。シルフは既に幻影のスフィアを解いていた。
瑠璃が城の中に無事入ることができたことに安心していたのも束の間、厨房と食堂に隣り合う廊下から、苛立たしげな話し声が聞こえてきた。
「おい、侵入者は見つかったか?」
「いや、まだだ。一体どこに行きやがったんだ。」
城の兵士だ、と思い瑠璃は固まった。シルフは厳しい表情で声のする方を見つめている。兵士は話を続ける。
「さあな。それが分かってたらとっとと捕まえてるよ。」
「それもそうだな。」
暫しの沈黙の後、一方の兵士が声を潜めて言った。
「おい、知ってるか?今回の侵入者がどうやってここに入ったか。」
もう一人の兵士も声を潜めて答える。
「ああ、知ってるぜ。なんでも地下道から侵入したんだってな。……街から城の庭に通じる地下道の存在なんてここの兵士でも一握りしか知らないのにな。」
「そんなんだよ。俺もそこが引っかかってたんだ。どうやって今回の侵入者は地下道の情報を得たんだろうな。」
「内通者がいたと考えるのが自然だろ。まぁ、侵入者を捕まえて尋問すればその内通者が誰かも分かるだろうよ。仕事に戻るぞ。食堂は見たのか?」
「ああ。ついさっき、飛んで足音を立てないようにしながらな。食堂、厨房、食料庫、全部見て回ったが誰もいなかったぜ。」
「なら良かった。他をあたるぞ。」
その会話を最後に、二人の兵士の足音は遠のいていった。
今の兵士の会話は、自分たちの侵入がもうばれてしまったということだろうか。状況が読めないまま、瑠璃は答えを求めるようにシルフを見つめる。
ーー瑠璃。
瑠璃の頭の中に声が響いてきた。瑠璃は驚いて声を挙げそうになったがそれはできなかった。突然、何かに口を塞がれたからだ。
「……ん!」
瑠璃が思わず手でそれを払おうとするとそれはシルフの手だった。再び頭の中に声が響く。
ーー落ち着いて。瑠璃。念話のスフィアだよ。どうやらきちんと聞こえてるみたいだね。信じ難い話だけど、今の兵士の話だと俺たちとは別に侵入者が現れているみたいだ。当然警備は固くなる。侵入者を探すために遠視のスフィアも使うだろう。俺たちの侵入に敵が気づくのも時間の問題だ。ただし、今ロレシアは隣国への遠征の最中。兵の頭数自体はいつもほど多い訳じゃない。もし戦闘になっても俺たちが本気で力を使えば制圧できる程度。計画を続行するよ。
シルフは瑠璃にそう伝えるとすっと手を離した。瑠璃は黙って頷いた。
遠視のスフィアで敵の動向に注意しながら、瑠璃とシルフは厨房、そして食堂を抜けた。食堂の出口のすぐ脇にある階段を下って一階にたどり着く。
一階に着くなりシルフが手を差し出してきた。
ーー瑠璃、行くよ。地下の階段にはよっぽど近づかれたくないんだろうね。敵兵がかなりいる。覚悟はいい?
予定通り、瞬間移動で地下へ続く階段があるであろう場所へ行くということか、と瑠璃は思った。地下へ続く階段は幻影のスフィアで隠されている。そのため、シルフも正確な場所は分からないらしい。だが、階段の場所のおおよその見当はついているようで、敵の数があまりにも多い場合、一階に着いたらすぐにその場所へ瞬間移動することになっていた。そこに着いたら、幻影のスフィアが効かない瑠璃が正確な階段の位置を見つけ出すという算段だ。
ここからは敵兵との戦闘は避けられない。瑠璃は覚悟を決めると、返事の代わりにシルフの手を固く握りしめた。