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瑠璃色の月  作者: Alice-rate
ロレシア編
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Chapter43 矛盾に満ちた審判

更新が遅くなってしまって申し訳ありません。

瑠璃がアトランティスにやってきてから数日が経った。シルフと共に天使の力を使う練習をしたり、アトランティスに住む動物たちと話をしたりするうちにあっという間に日は巡る。

瑠璃は日を追うごとに少しずつではあるが、自分の力が強くなっていくのを感じていた。




その日の天使の力を使う練習を終えた瑠璃はオムに帰り、ベッドに倒れこんだ。天使の力を使うと体力を消耗するのは相変わらずだ。体は疲れていたが、瑠璃はこの生活に確かな充実感を感じていた。

少しだけ休もう、そう思って瑠璃が目を閉じて微睡んでいると突然上から明るい声が降ってきた。


「瑠璃ちゃん、お邪魔します。」


「アメルナさん!」


慌てて飛び起きた瑠璃にアメルナはにこりと微笑みかける。


「あら、今起きたところだったの? リラの実を持ってきたから食べない? まだ寝たいなら出て行くけど。」


「いえ、大丈夫です。ちょうど仮眠を取ろうと思っていただけなので。いつもありがとうございます。」


アメルナはしばしば瑠璃の部屋に来ては、なにかと世話をやいてくれる。

アメルナはリラの実でいっぱいになった籠を机の上に置き、籠から一つリラの実を取り出して瑠璃に渡した。礼を言いながら受け取って、その赤い果実を一口かじると甘酸っぱい香りが口いっぱいに広がった。


「おいしい! アトランティスにある木の実はどれもおいしいですね。」


「本当にそうね。ここは不思議な場所。

生える木の実は生き物の口に合うようになってるし、気候は温暖で暮らしやすい。雲の上だから雨なんて降らないのにここにある川も泉も枯れることなく豊かな水を湛えてる。」


「確かにそうですね。」


アメルナは机のそばにあった椅子を引き寄せて座り、すらりと長い足を組む。


「今日も力を使う練習してたの?」


「はい。シルフに付き合ってもらって。」


「毎日熱心ね。やっぱり早く向こうの世界に帰るため?」


アメルナのいう通り、瑠璃色の天使が元の世界に戻るためには審判を終えなければならないのだ。逆に審判を終えてしまえばすぐにでも元の世界に帰ることができる。ザルフェから聞いたその話はシルフの言葉を信じて旅を続けてきた瑠璃にとっては衝撃的なものだった。伝説のことを聞く前の瑠璃ならば感情の向くまま自分の力で瑠璃を元の世界に帰せるなどと嘘をついたシルフに怒りをぶつけていたかもしれない。

けれど元の世界に帰りたいというのは瑠璃の個人的な感情だ。それとは比べものにならないほどの重い使命を自分が背負っていると知った今、瑠璃は天使としての使命を全うすることが元の世界に帰ることよりもずっと大切なことだと分かっていた。当然一刻でも早くあちらの世界に帰りたいという思いは強かったが。


「……それもあります。でも今はそれ以上に天使としてシルフと渡り合えるようになりたいっていう思いの方が強いです。」


アメルナは試すような顔で瑠璃を見つめ、尋ねる。


「親御さんもお友達もあちらの世界にいるんでしょ? 会いたくはないの?」


尋ねられて瑠璃ははっと顔を上げた。

元の世界に残してきた人たちのことが、思い出されて溢れそうになった涙をぐっと堪えた。


「……会いたいです、とっても。今でもお母さんのことや友達のことを思い出すだけで涙が出そうになります。夢にも見ます。でも、私は天使だから自分の感情に負ける訳にはいかないんです。」


ーーきっとシルフがそうしたように。

シルフが天使ではなかったらきっと塔に閉じ込められることもなく、今とは全く違う人生を歩んでいただろう。瑠璃はシルフの過去を聞いてからというもの、その可能性を探らずにはいられなかった。


「シルフの言ってた通りの子だね。瑠璃ちゃんって。」


「えっ?」


瑠璃はきょとんとした顔で聞き返す。アメルナはくすりと笑うとすっと笑顔を崩して真面目な顔になった。


「私たちの目的は審判を実行すること。本当はね、瑠璃ちゃんを連れ去って脅すなりなんなりして天使の力を使わせて、強くさせて早々に審判を始めるっていう方法もあった。」


「……確かにそうですね。」


そう言って頷きながら瑠璃は心の中に冷たいものが走るのを感じていた。

瑠璃の天使の力が強くなってきている今でもシルフの力には全く敵わない。ましてやこの世界に着いたばかりのときの瑠璃だったら訳も分からないまま、シルフの命令に従うこと以外何もできなかっただろう。


「でもね、それはシルフにとって過去に自分が受けた仕打ちと同じこと。シルフは同じ天使である瑠璃ちゃんにそんな辛い目にあって欲しくなかったのね。

だから嘘をつくことで瑠璃ちゃんに旅をさせてずっと待っていたの。瑠璃ちゃんが自らの意思で自分の力を強くしたいって言い出すのを。」


「そう、だったんですか。……シルフはそうやって私のことたくさん気遣ってくれていたんですね。」


「そうね。あの子は優しい子だから。だけど優しさだけじゃ何も守れない、その悲しい事実を痛いほどに分かってもいる。」


「シルフはやっぱり……」


そこまで言いかけたところで瑠璃は口を閉ざした。その代わりに極力明るい声でアメルナに訊いた。


「アメルナさんはいつシルフに会ったんですか?」


アメルナは楽しい思い出話をするように嬉しげに答える。


「あたし?七年前よ。アベルの里を抜け出して二年後かしら。シルフを見つけ出すのに随分手こずっちゃってね。」


「二年間もシルフを探したんですか!どうしてそこまで?」


「だってあたしはアベルの民だもの。天使を助けたいと願うのは当然でしょう。むしろ長老たちの方がおかしいのよ。銀色の天使の気配が何年も同じ場所から動かないんだから誰かに幽閉されてるってことくらい容易に想像できるのに見守るばかりで何もしないんだから。」


穏やかな表情ではあったがそう話すアメルナの金の瞳の中に強い光が宿っていた。


「じゃあアメルナさんはシルフを助けるために下界へ降りたんですか?」


瑠璃が訊くと、アメルナは当然というように頷く。


「そっ。あの頃私はまだ子供だったし、アベルの里から降りる方法が思いつかなかったから思い切って橋から飛び降りてみたんだ。そしたらブラッシュフェーブルの麓に着いて、それからずっと下界で暮らしてるのよ。」


「でもアベルの里の民が下界に降りるのは掟で禁止されてるって聞きました。」


瑠璃は里でトムラに聞いた話を思い出す。アベルの民は天使を迎えに行く間の僅かな時間しか下界には降りられないのだとはっきりと言っていた。


「それは里の人間が勝手に言ってるだけよ。恐らく昔に里の誰かが決めたのでしょうね。掟なんて大概そういうものよ。誰か過去の人間が決めたものがいつの間にか神様が決めたことのように様変わりしてしまうだけ。」


「……天使の審判にも掟やルールは存在しないのでしょうか?」


「そうね。この審判は矛盾だらけよ。審判を行う方法以外にルールが殆ど存在しない。決められたことが少ないということはそれだけ選択肢も広いということ。森、山、泉、草原、色々な地形が存在するこの場所一つをとったって天使の戦場にもなったでしょうし、今みたいに生き物の暮らす楽園にもなったでしょう。どんな世界に変えるのか、その選択肢は無限に近いほどあるわ。けれど、私はシルフが望むように審判を行えるようにお手伝いしたい。そう思ったの。」


「……。」


天使の審判について真剣な顔で語るアメルナの姿に怖気づいたのかもしれない。瑠璃は何も言うことができなかった。

アトランティスにいる人間は瑠璃を除けばシルフとアメルナだけなのだと最近シルフが教えてくれた。天使ではないにも関わらずアトランティスに住むことを決めたアメルナ。親切な人だと思うだけでアメルナがどんな人なのか、これまであまり深くは考えたことがなかったが、一見飄々としているように見せて驚くほど物事について深く考えている聡い人だと思った。

黙っている瑠璃を尻目にアメルナは椅子から立ち上がると瑠璃ににこりと微笑みかけた。


「じゃあ残りのリラの実は動物たちに配ってくるわ。」


そう言ってアメルナは籠をひょいと抱える。


「それなら私も行きます。」


瑠璃がそう言って急いで立ち上がろうとすると目眩がしてベッドの淵に手をついた。そのまま体を支えることができずベッドの上に座り込んでしまう。

アメルナは小さい子どもに言い聞かせるように笑って言う。


「ダメよ、瑠璃ちゃん。休んでなさい。全く貴方といいシルフといい天使ってみんな無茶しちゃう太刀なのかしら。」


「すみません。そうします。」


瑠璃が顔を赤らめてそう言うと、アメルナは満足げに頷いた。天使の力を使い切った後はまともに歩くことすらできない。そんな自分に無性に腹が立った。


「瑠璃ちゃんは素直でいい子ね。シルフだったら絶対に聞き分けないもの。それじゃ、おやすみなさい。」


ひらひらと手を振って出て行くアメルナを見送った後、観念したように瑠璃は暫しの眠りについた。


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