Chapter42 夢の真相
「ロレシア? ……確か、北の国にある強国だよね。」
瑠璃は以前、旅の途中でバルツに聞いた話を思い出していた。ロレシアというのは北の大陸にある国で、巨大な軍事力、つまり大量のスフィアを持ち、他国を圧倒していると言っていた。そういえばその時チェリアは顔を曇らせていたな。今二人はどこにいるのだろうか。ひょっとしたらもう会えないのかもしれない。瑠璃は二人のことを思い出すと寂しさで胸がいっぱいになった。
「そう。あの国は相当な数のスフィアを持ってる。審判を終えた後、あの国にあるスフィアを狙うものが絶えないだろうし、あの国にある大量のスフィアという大きな力はこの世に災いをもたらしかねない。……それに、恐らくあのゲンという男を操ったのもその王国だよ。」
瑠璃は驚いて目を丸くする。ゲンを操った犯人が誰なのか、ずっと疑問に思ってはいたが、操りのスフィアを持った誰かが個人で行ったことだと考えていたからだ。それにゲンがいたのは東の大陸。北の国にある国が犯人とは瑠璃には到底思えなかった。
「どうして、そう言えるの?」
「ゲンはスフィアによって操られていただろう? だからこそ、瑠璃がそのスフィアの力を無効化することで正気に戻った。……操りのスフィアは銀色の天使でも力がかなり強くならないと生み出せないような強力なスフィア。手に入れようと思って手に入る代物ではないんだよ。」
瑠璃はシルフの言葉に首を傾げる。
銀色の天使でも生み出すのに苦労するということは逆にいえば銀色の天使にしかそのスフィアは生み出せないということだ。つまりロレシアに操りのスフィアを与えたのは過去の銀色の天使か、あるいはこの時代の銀色の天使であるシルフということになる。どうしてロレシアに操りのスフィアがあることをシルフは知っているのだろう。そもそもどうしてロレシアはそんなにたくさんのスフィアを所持できたのだろう。疑問が渦巻いたが瑠璃は話を続けることにした。
「そうだったんだ。私、てっきりお金さえあればスフィアを買えるから、どこかのお金持ちの人がリンガルを荒らそうと思ってやったんだと思ってた。つまり操りのスフィアで人を操るなんてことができるのはその王国だけってこと?」
シルフは険しい表情で頷く。
「理由は分からないけどね。」
瑠璃は黙って考え込む。
ロレシアがゲンを操った国。しかも北の大陸でその軍事力を背景に戦争を起こし、他国を制圧している。シルフのいうようにその国がスフィアという強力な力を持っていることはとても危険なことに感じられた。スフィアを消すことは瑠璃色の天使である自分にしかできないことだ。瑠璃は決心した。
「……わかった。私に出来ることなら協力する。」
シルフは安堵したように微笑む。
「そう。聞き入れてくれて嬉しいよ。じゃあ約束通り、早速力を使う練習に入ろっか。」
瑠璃とシルフは湖のそばの木陰に並んで座った。
シルフは深く息を吐くと目を閉じ、右手を軽く握った。瑠璃は息を詰めてその整った横顔を見つめる。程なくしてシルフの手の中に小さな赤色の欠片が現れた。その欠片は風船が膨らむようにみるみる大きくなっていき、やがて一つの球体となった。
シルフはゆっくりと目を開ける。
「すごい! こうやってスフィアを作るんだ。」
「手始めにこれ、消してみて。」
シルフはそう言って赤いスフィアを瑠璃に手渡す。案の定、スフィアは瑠璃の手の中で溶けるように消えた。
しかし、何度もシルフが作ったスフィアを消すことを繰り返すしていくと、スフィアが消えるスピードは確実に遅くなっていった。瑠璃が消滅の力を強めると、スフィアは確実に消えていったが、それと同時に熱に浮かされたように瑠璃の体は重たくなってくる。全身が熱く、頭痛や目眩がした。
「今日はここまでにしとこうか。」
瑠璃はじんじんと痛む頭を微かに振った。
「……もう少し頑張れるよ。」
「無理をするのはやめておいた方がいい。天使の力を使い過ぎると強い魔力に耐えられず体の方が先に壊れてしまう。」
シルフはそう言うと、これで終わりだと言わんばかりにスフィアを作るために握っていた右手を開いた。
「……ザルフェさんが言ってた。今の銀色の天使は天使の力が異常に強いって。シルフはやっぱり何度も限界になるまで力を使ったことがあるんだね。」
瑠璃がそう言うと、シルフは高く澄んだ空を仰ぎ見ながら答えた。
「確かに力の使いすぎで倒れたことは数えきれない程あるよ。……けれど俺が望んで強くしたわけじゃない。それを望んだ人間がいた。それだけのことだよ。」
シルフの力を求めた人がいた……その人がシルフを捕らえていたのだとしたら、やはりあの夢で見た子供はシルフだったのかもしれないと瑠璃は考えていた。その正否を確かめるのならば今は絶好のチャンスだ。瑠璃はそう思って口を開いた。
「シルフ、一つ聞いてもいい? 私ね、夢を見たの。その夢の中では銀色の目をした男の子がどこかの国のお城の横にある塔の中に閉じ込められてた。」
瑠璃はそこで言葉を切り、シルフの反応を確かめるように蒼い目でシルフを見据えた。
「……シルフの力を強くすることを望んだ人というのはロレシアの人々のこと?」
シルフは驚いたように銀の目を大きく開いたが、すぐに悲しげな顔をすると俯いて独り言のように言った。
「驚いた。天使に相手の天使の過去を見る力があるなんてね。……確かに瑠璃が夢で見た光景は俺の過去。けれど、俺を捕らえていたのはロレシア以外の別の国。ロレシアはただ残ったものを拾っただけだ。」
「ロレシア以外の国?」
瑠璃は驚いて聞き返す。あの夢が本当なのであれば、シルフを閉じ込めていた国は北の大陸の強国であり、しかも大量のスフィアを持っているロレシア以外にはないと思っていたからだ。
シルフは瑠璃の問いには答えず話を続けた。
「……あの頃の俺は、自分が天使だということも知らず、命令されるままにスフィアを作り出し、あいつらに渡していた。当時はこの手から生まれる球体が何なのかも知らなかった。それを助けてくれたのがメルなんだ。メルは俺に全てを教えてくれた人。俺が何者なのかということも、どういう使命を背負っているのかということも。メルに会わなければ、どうなっていたんだろうって考えただけで恐ろしいよ。」
「アメルナさんはやっぱりアベルの民の人なんだ。」
シルフはようやく顔を上げ、瑠璃を安心させるように微笑む。
「そうだよ。瞳の色で一目瞭然だけどね。まぁ、里を抜け出した理由が気になるのなら本人に聞いてみるといい。メルはあまり自分の出自を快く思ってはいないけど、瑠璃になら話してくれるかもしれないから。」
悲しげに笑うシルフの顔を見て、夢でとはいえ勝手にシルフの過去を見てしまったことに、瑠璃は大きな罪悪感を覚えていた。
「あの……シルフ、ごめんなさい。きっと過去のことなんて見られたくも聞かれたくもなかったよね。」
シルフは気にするな、というように手を振る。
「いいんだ。瑠璃は何も悪くないよ。それじゃあ俺はそろそろ行くね。瑠璃はゆっくり休むといいよ。」
そう言って立ち去っていくシルフの背中をなぜだかこぼれそうになった涙を堪えながら瑠璃はただ見つめていた。