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瑠璃色の月  作者: Alice-rate
ロレシア編
42/54

Chapter40 崩壊する世界観


金色に染まった雲海の中に少しずつ夕日が飲み込まれていく。傾いた夕日が降らせる温かな日差しに包まれてもなお、瑠璃は震えていた。魔物という恐ろしい存在を創り上げた男が今、目の前にいる。その事実が怖くて仕方がなかったのだ。


「いつ気づいた ?俺が動物を魔物に変えたんだって。」


シルフに尋ねられて瑠璃は小さく肩を震わす。乾いた唇で浅く息を吸って答えた。


「……きっかけはザルフェさんの話。だけど、今考えれば不可解なことはいくつかあった。まず、シルフが魔物は動物を襲わないって言ってたこと。それが事実なら魔物に動物が絶滅させられたはずがないから。あともう一つ、どの魔物もスフィアを持ってたこと。人間にとっても貴重なものであるスフィアをどこで手に入れ、使いこなしてるんだろうって。それで思ったの。スフィアを作り出す能力を持つ銀色の天使であるあなたが動物にスフィアを与えて、魔物という存在を創り上げたんじゃないか、って。そうでなければいいと願ってはいたけど。」


そこまで言って瑠璃は閉口する。

瑠璃の中にはまだはっきりしないことがあった。シルフが魔物を創り出した理由だ。今魔物として地上にいる動物達もここにいる動物達のように避難させれば済んだ話なのではないか。それなのに何故わざわざスフィアを与えてまで魔物を創り出したのだろう。瑠璃にはそれだけは全く分からなかった。


「聞きたい?俺がどうして魔物という存在を創ったのか。長い話になるけど。」


そんな瑠璃の様子に気づいたのか、シルフが尋ねてきた。瑠璃は青ざめた顔のまま固まる。それから氷のように冷たい銀の瞳を見つめて答えた。


「聞かせて、ちゃんと向き合うから。……瑠璃色の天使として。」


瑠璃の心臓が波打つ。恐怖を振り払うように微かに汗が滲んだ手を固く握り締めた。

シルフは頷いて話し始める。


「俺は七年前から動物を人間から守るため、アトランティスに避難させ始めた。当然、動物達は世界中、至る所にいる。俺一人の力では決してその沢山の動物達を移動させるなんて出来なかっただろうけど、俺と話して俺の意図を理解してくれた多くの動物たちが協力してくれた。まずは街や村の中、人里の近く、人によって危害を加えられやすい所に住んでる動物たちと会ったんだ。そこには人間によって親や子を殺された動物たちが沢山いた。……だけど、彼らはどうして子供たちや親が消えたのか、それさえ知らなかった。俺は俺の分かる範囲で彼らに話した。人間という種族が彼らの仲間を殺したこと、人間が餌にするために育てていた動物達にはこのままだと食べられてしまうってことも。そしたら、彼らの中に人間を憎んで復讐をしたいという者達が出てきたんだ。俺は彼らの主張を聞くことにした。でも、動物のうちの一匹として人間に攻撃を加えたんじゃ、他の動物たちまで人に危害を加えられかねない。そこで俺は魔物という新たな生物を作ることにしたんだ。動物にスフィアを与え、姿を変えさせ、危なくなったらテレポートで逃げるようにそう伝えて。」


「だから魔物は攻撃を加えたらすぐに消えてしまったんだ。妙だと思った。」


「そう。まぁ、アトランティスに動物を移すといっても、もちろん全ての動物をこっちに連れてきた訳じゃない。地上に残って生きてる動物も沢山いるよ。人間と出会わないよう手は回してるけど。中には自ら望んで人間の元に残ることを決めた子もいた。レオンみたいに。」


「だからシルフはレオンくんに会いに行ってたんだ。レオンくんが人によって危険な目に遭わされてないか見張るために。」


シルフは頷く。


「俺がしたことはそんなところ。当然、人間と動物が出会う機会は激減した。そして、いつしか人間達の間では動物は絶滅した、とまことしやかに囁かれるようになった。理解できた?俺が魔物を創った理由。」


瑠璃は何も答えずに俯いた。まだシルフに怯える気持ちはあったがそれ以上に今は怒りの方が勝っていた。シルフの目には謝罪とか、罪悪感とか、そういった感情が少しも感じられない。ただ淡々と沢山の人を傷つけた魔物という存在を創った理由を話すシルフに腹が立って仕方がなかった。

瑠璃は大きな蒼い目でシルフをきつく睨むと叫んだ。


「よく分かったよ !……けど、シルフのしたことは許されることじゃない!一体何人の人が魔物に殺されたと思ってるの ‼︎」


瑠璃は怒りに任せて叫んだが、シルフは瑠璃を真っ直ぐに見つめたままぴくりとも顔を動かさない。


「許されない、か。じゃあ、聞くけど、瑠璃は一体誰が俺を許さないというんだ ?世界の創造者である神 ?それは違うだろ。俺は神に与えられた力で動物に力を与えた。もしもそれを許せないものがいるとしたらそれは人間以外の何者でもないよ。人間は信じてる。自分達の摂理が絶対的に正しくてその摂理は世界全体に適用されるって。人間にとってプラスになるものは善で、マイナスになるものは悪。プラスになるものは利用し尽くし、マイナスになるものは駆逐する。幼い頃からその摂理の中で生き続け、その正当性を疑いもしない。」


「だからって人を殺していいなんて !私は旅の途中で沢山の魔物に傷付けられた人を見てきた !小さな子どもだって魔物に怯えてた !私の大切な仲間だって魔物に大切な人を奪われてる。それなのに……。」


涙が溢れてそこまでしか言葉にならなかった。言葉を続けたいのに嗚咽が上がるばかりで何も話せない。

シルフはそんな瑠璃の様子を見てしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


「君の言いたいことも分からなくもない。君のいた世界がどんな所かは知らないけど、少なくとも君はずっと人間と一緒に生きてきたんだろう。そして、人の命が何よりも尊いものだと教えられてきた。人の世界の価値観で見ると俺は絶対的な悪だから。でもこれだけは忘れないで、瑠璃。世界は争いや殺し合いに満ちているし、世界はそういう犠牲なしには回らない。他の生物を食べることなしにはこの世界で生き続けることさえできない。神がこの世界を創った頃から何度審判を繰り返してもきっとそれは変わらない。哀しい事だけどね。……俺としては今のうちに君を連れてきた理由も話したいんだけど、その様子じゃ時間を空けた方が良さそうだね。今日はもう天使としての話はしないから。俺の言ったこと、真剣に考えてくれると嬉しい。」


シルフはそう告げると踵を返す。



シルフが立ち去ったのを見届けてから瑠璃はその場に泣き崩れた。

よく考えてみれば確かにそうだ。どんな本を読んでも、テレビを見ても、音楽を聞いても、それらはどれも人間というたった一つの種族が作ったものだった。学校で教わったことも、法律も、マナーも、常識も、何もかもが人間というたった一つの種族が作り出したものだ。私の価値観を作り出していた材料は全て人に与えられたものだ。私はあまりにも偏った世界の見方しかできていなかった。それを思い知らされて悔しいやら情けないやらで涙が止まらなかった。

しゃくりを上げながら瑠璃は思った。

それでも一つだけはっきりしていることがある。私が天使として、シルフとは違う答えを選ぶということだ。力が欲しい。心も天使としての能力も、どちらももっと強くならなければ、天使として銀色の天使と、シルフと渡り合うことができない。


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