Chapter39 天使の作った楽園
瑠璃色の月を読んで頂き、有難うございます。ここから新章に入ります。
「うっ……」
瑠璃はゆっくりと重たい瞼を開けた。酷い眠気で意識が朦朧としている。体を起こそうと腕に力を入れたが、少しも力が入らず、瑠璃は再びその場に倒れこんだ。その時瑠璃は自分がベッドの上に寝かされていることに気づいた。
瑠璃は起き上がるのを諦めて、頭だけ起こして辺りの様子を伺おうとした。
「あっ、瑠璃ちゃん起きたのね。」
瑠璃のすぐそばで知らない人の声がした。瑠璃は驚いて声の主を見る。そこにいたのはゆったりとした赤い髪に金色の瞳。同性の瑠璃でもドキッとしてしまうような綺麗な人だった。
「それにしても半日も寝るなんてよっぽどきつくスフィアをかけられたのね。ごめんね、シルフにはちゃんと言っとくから。」
瑠璃が困惑して何の反応も示せないのも気にせず、女性は話を続けている。
だんだん意識がはっきりしてくると、瑠璃は自分がアベルの里でシルフに眠らされたことを思い出した。あれからどうなったんだろう、それにこの人の瞳の色……。
瑠璃はとりあえずこの女性と話してみることにした。瑠璃は今度はきちんと体を起こす。
「あの、貴方は誰ですか?それにここは一体どこなんですか?……オムの中に見えますけど。」
そう言いながら瑠璃は辺りを見渡す。窓のない小さな部屋に瑠璃が寝ていたベッドが一つ。そして赤髪の女性が座っている椅子が一つあるだけの簡素な部屋だった。まず間違いなくオムの中だろう。
「あっ、そっか!自己紹介するの忘れてた。はじめまして、あたしはアメルナ。瑠璃ちゃんのことはシルフから色々聞いてるよ。」
よろしくね、そう言ってアメルナが差し出してきた手を瑠璃は遠慮がちに握り返す。瑠璃は少し迷ったがアメルナの瞳の色のことについて尋ねてみることにした。
「アメルナさん。その瞳の色、アベルの民の方ですよね。ということはここは、このオムが置かれている場所はアベルの里ですか?」
アメルナは首を振る。
「ううん。ここはアトランティス。審判を行うための島…って説明しなくてももう知ってるよね?まぁ、今はシルフの作った楽園っていう方が正しいかな。」
アメルナの言葉に瑠璃は瞬く。
「……アトランティス!それにシルフの作った楽園って!それってどういう意味ですか?それにアトランティスにいるってことはもう審判を……。」
アメルナはくすりと笑って言った。
「瑠璃ちゃん、落ち着いて。審判はまだ貴方が瑠璃色の玉を作ってないから出来ないでしょ。それにシルフは審判を始めるために貴方をここへ連れてきたわけではないわ。まぁ、今ここがどんな場所になってるかっていうのは自分の目でみて見るのが一番でしょ。瑠璃ちゃん、立てる?案内するよ。」
「……はい、分かりました。」
よく状況は分からないけれど、今はアメルナの言う通りにしておこう。瑠璃はアメルナについてオムから出た。
オムの外に出ると、そこは木でできた家の中だった。嗅いだことない甘ったるいような木の香りが鼻をつく。どうやらこの家には瑠璃達が今いる一室しかないようだが、その分この部屋は大きかった。瑠璃の通っていた高校の教室と同じくらいだろうか。その部屋全体の壁を覆うようにして並んだ、天井に届きそうな程高い棚の上に数え切れない程の数のオムが並べられている。瑠璃は思わず呟いた。
「すごい。オムがこんなに沢山……。」
すごい数でしょ、とアメルナは微笑む。
「人間から買ったものもあるから全部ではないけど、殆どシルフが作ったものよ。あの子、ほんと器用なの。原材料さえあればオムまで作れるんだから。」
「これ、シルフが作ったんですか。」
瑠璃はそう言って近くにあったオムを見た。チェリアやセイが持っていた物とは違って派手な装飾こそ施されておらず、木目が露わになっていたが、綺麗な卵型に彫られた木はそれはそれでとても美しかった。
ーーこのオムの中身はきっと……。
瑠璃の中に浮かんだ仮説は少しずつ確信に変わりつつあった。
木の家から外に出ると、眩しい日差しに瑠璃は思わず目を閉じた。徐々に目が慣れてきて、ゆっくりと目を開けるとそこに広がっていたのはまさに楽園と呼ぶに相応しい光景だった。赤、白、黄、様々な色をした花が大地を覆い、夕日の蜜色に輝く光に照らされていた。木々は緩やかな風に揺れ、その広い草原の上に何匹もの動物達がいた。野を駆けるもの、寝そべって休むもの、それぞれ思い思いに一日の終わりを迎えている。と、瑠璃は動物達に囲まれて立っているシルフを見つけた。シルフは楽し気に動物達と話していたが、瑠璃とアメルナに気づくとこちらにやってきた。
「瑠璃、目が覚めたみたいだね。メル、ずっとついててくれてありがとう。」
アメルナはシルフに向かって口を尖らせる。
「シルフ、瑠璃ちゃん今さっき目を覚ましたのよ。催眠のスフィアで半日も寝かせるなんて。どれだけ強くスフィアを使ったの?」
シルフは笑ってアメルナに答える。
「仕方ないだろ。瑠璃にはスフィアを無効化する力があるからただでさえスフィアが効きにくいんだ。自然、スフィアを強く出さざるを得ない。それに瑠璃の持つ無の力は確実に強まってるしね。」
そう言ってシルフは瑠璃をちらりと見る。
「へぇー、やっぱりシルフでもこの子にスフィアをかけるの大変なんだ。面白いね、瑠璃色の天使!よし、それじゃ天使二人で話したいこともあるだろうし、あたしは行くね。瑠璃ちゃん、ごゆっくり〜。」
そう言うが早いアメルナはその場から立ち去った。
残された瑠璃はシルフに向かって口を開きかけたが、シルフの方が言葉を発するのは先だった。
「……驚いた?」
突然尋ねられて驚いたが、瑠璃はシルフが何を尋ねたいのかすぐに理解した。瑠璃は唇を噛んで頭を振る。
「ううん、天使のことをアベルの民から聞いてから、なんとなくそうかなって思ってた。まさかアトランティスに動物達を移したとは思わなかったけど。ねぇ、シルフ、私、動物が下の世界から消えたことについて一つ仮説を考えたの。聞いてくれる?」
瑠璃が尋ねるとシルフは黙って頷いた。瑠璃はそれを確認してから口を開く。
「この世界の人の話では七年前に魔物が現れ、その影響で動物は激減。生存競争に負けた動物は今では殆ど絶滅している、そういうことになってる。でも、本当は違う。動物が消え始めた時期と魔物が現れ始めた時期が一致することにはもう一つの原因が考えられる。動物は生存競争に負けたから消えたんじゃない。動物が魔物に変わった。そして、動物を魔物に変えたのは貴方の仕業。違う?」
「……その通りだよ。」
ーーシルフは笑っていた。芯から底冷えするような冷たい笑顔だった。