Chapter36 アベルの民
見渡すばかりの荒れ果てた土地が瑠璃の蒼い瞳に映っていた。
ーーあの蒼い光のせい?私がやったの?
唖然として荒野を見渡していた瑠璃は、旅の仲間の二人が地面に倒れていることに気がついた。
「チェリア!バルツ!」
瑠璃は顔を真っ青にして、二人に駆け寄った。そして、しゃがみ込んで二人に息があることを確かめてほっと胸を撫で下ろした。
「……ひどい怪我。」
黒い影と戦っていた時には二人の様子を窺う余裕がなかったので気づかなかったが、二人とも体のあちこちに傷を負っている。バルツは左腕に瑠璃を庇って刃を受けた傷があったし、チェリアにも背中にざっくりと斬られた大きな傷があった。その他にも細かい傷を数えるときりがなさそうだ。瑠璃は唇を噛みしめると、応急措置をしようと地面に転がった荷物に手を掛けようとした。その時だった。
「自らの力にお目覚めになったのですね。瑠璃色の天使よ。」
突然声が聞こえ、瑠璃は驚いて振り返った。そこにはどこから現れたのか、さっきまではいなかったはずの三人の人影が、こちらに歩いて来ていた。その人々は瑠璃の前で立ち止まると被っていたフードを脱いで深く礼をした。
瑠璃は顔を上げたその人々の目の色を見て驚いた。三人とも同じ金色の瞳を持っていたからだ。
「あなた達は?」
チェリアとバルツを庇うようにして立ちながら瑠璃は尋ねた。
瑠璃色の天使、と呼ばれても思っていたほどには驚かなかった。認めたくなかっただけで、自分が天使と呼ばれる存在であるということを心のどこかではわかっていたのかもしれない。
三人の内、真ん中にいた老婆が人の良い笑顔で答えた。顔の皺が目立つが、背筋はしっかりと伸びていてあまり歳を感じさせない老婆だった。
「我々はブラッシュフェーブルに住むアベル族のものです。古に神から天使に道を示す役割を賜りました。私はアベル族の長老の身辺のお世話をしているトムラと申します。瑠璃色の天使、貴方の名は?」
「私は瑠璃といいます。ブラッシュフェーブルに住む……やはり貴方達が天使の伝説を伝えるという人々ですか?」
トムラは笑顔のまま頷く。
「もっともでございます。さぁ、我らの里に案内します。お前達、天使のお連れ様を運びなさい。」
「はっ。」
トムラの指示で老婆を挟むようにして立っていた二人の男が動き出した。
「待って下さい!チェリアとバルツをどうする気ですか?二人ともひどい怪我をしてるんです!」
瑠璃は二人の男に尋ねた。男は瑠璃を安心させるように微笑んだ。
「ご安心ください。我らの里で治療させて頂きます。スフィアを使えばすぐによくなるでしょう。」
「そうですか、ありがとうございます。」
そう言って瑠璃は二人に向かって頭を下げた。それからトムラに向き直って尋ねた。
「あの、教えていただけませんか。天使ってどういう存在なんですか。何か役割とか、特別な力とかあるんでしょうか。」
トムラはやんわりとそれを制す。
「お待ちください。全てお話します。ただ、天使にその生い立ちと役割を伝えるのは長老の役割と決まっておりますので、まずは長老に会って頂きたいのです。」
「分かりました。まくし立ててしまってすみません。」
トムラに謝りながら、瑠璃は心の中で冷静になれ、と自分に言い聞かせた。黒い影に襲われたこと、ブラッシュフェーブルに住む山の民に会えたこと、自分が天使と呼ばれる存在であるという確証を得たこと、色々な事が一度に起こりすぎて瑠璃の頭の中は混乱していた。けれど、今は冷静になって目的を果たすことを考えなければならない。チェリアとバルツを危険な目に遭わせた、その責任が私にはあるのだから。
「瑠璃様、こちらへ。」
そう言ってトムラは自分の隣を指し示している。瑠璃は不思議に思いながらも頷いて、トムラの隣に立った。先ほどのアベル族の男達もそれぞれチェリアとバルツを抱え、トムラの後ろに控えている。
トムラは後ろの二人を一瞥すると静かに呪文を唱え始めた。
「アルフィの神よ。我、汝が使者を導くものなり。古の盟約により汝が我に与えし土地へ、我に光の道を示し給え。」
トムラが呪文を唱え終わった瞬間、瑠璃達は金の光に包まれた。体が宙に浮くのを感じたのも束の間、瑠璃は強く上へと引っ張られた。
「到着いたしましたよ。我らアベルの里、アトラスです。」
トムラの声がするのと同時に瑠璃は足が地についたのを感じた。