Chapter35 霧の中に潜む者
あけましておめでとうございます。今年も亀更新ではありますが、完結に向けて地道に更新していきたいと思います。
瑠璃達は泉をぐるりと回って泉の先の林へと進んだ。
泉を越えて再び林に入ると霧は格段に深まった。深い霧が木々の緑に染まって神秘的で美しかった。もう隣を歩くチェリアやバルツの顔でさえ、霞んでしまっている。
どのくらいの時間歩いただろう。どこまで行っても霧は晴れるどころか薄まる気配すら見せず、辺りを見回しても同じような景色が続くだけだった。
ひたすらに坂道を登り続けた足が悲鳴を上げている。瑠璃達の荒い息遣いが静かな森に響いた。
時間が経てば経つほど瑠璃は不安でたまらなくなった。この山は奇妙だ。ブラッシュフェーブルにくるまでに幾つもの山を越えてきたが、ここまで同じような景色が続く山はなかった。帰り道はどっちだろう。私達はどこへ向かっているのだろう。霧のせいで周りが見えず、方向感覚まで分からなくなりそうだった。
瑠璃の足に何か硬いものが当たって、瑠璃の思考は止められた。
「何?」
石でも蹴ってしまったのかな、と思いながら瑠璃は下を向いた。そして、そこに転がっているものを見て思わず叫んでしまった。
「瑠璃、どうしたの?」
「人の骨が……」
後ずさりしながらも瑠璃はまだ頭だけになった骨から目を離せずにいた。今すぐこの場所から逃げ出したかったが、僅かに残った理性が瑠璃をこの場所にとどめていた。
私も、チェリアもバルツもこんな風に、ここで……最悪なシナリオが頭の中に浮かんだ。
「瑠璃、危ない!」
チェリアの声が聞こえると同時に瑠璃の頬を何か黒いものが掠めた。咄嗟に首を動かしたので躱すことができたが、空気を裂いた鋭い音が嫌に耳に残った。
「何かいる……⁉︎」
瑠璃は辺りを見回してぞっとした。霧の中でいくつもの赤い光がこちらを見つめている。霧のせいではっきりとは見えないが黒い体で両手が鎌のように鋭い。気のせいでなければ空中に浮かんでいるように見える。まるで亡霊のようだ。
「なんだ、こいつら?魔物か⁉︎」
バルツがさっと剣を抜く。チェリアも身構えている。
「違う。もっと怖い感じ。まるでここに来る人を攻撃するためだけに生まれてきたような。」
瑠璃が言い終わるか言い終わらないかのうちにその黒い影は動き出した。
「瑠璃、俺の後ろに!」
「うん!」
瑠璃は頷いてバルツの後ろに走った。恐らく敵はあの鎌のような腕を使って攻撃してくる。仮にスフィアを使ってきたとしてもバルツの後ろにいれば敵の攻撃を気にせずスフィアを消すのに集中できる。バルツの意図はそういうことだろうと瑠璃は瞬時に理解した。何度もチェリアやバルツと一緒に魔物と戦う中で身につけたことの一つだ。
バルツの剣と敵の鎌が交わる音が高く響く。バルツに襲いかかっている敵の、一つしか赤い目には何の感情も感じられなかった。ただ、淡々とバルツを攻撃しようと刃を動かしている。
敵はスフィアを使う様子を見せない。瑠璃はそのことに安堵しつつも、敵の驚異的な身体能力に驚いていた。瑠璃は先から弓で黒い影を射とうとしているが動きが速く、なかなか当たらない。
目の端でチェリアの様子を見ると、風のスフィアで作った刃で応戦していたが敵の速さに苦労している様子だった。
倒しても倒しても黒い影はどこからか現れて、瑠璃達に襲いかかってきた。
戦いが長引くにつれてバルツの剣の動きが重くなってきている。バルツの腕には細かい切り傷がいくつもできていた。チェリアも息遣いが荒く額に汗が滲んでいた。スフィアを使い続けるのにはかなりの体力を要することを瑠璃はこれまでの経験で知っていた。瑠璃の持っている矢も、もうすぐ数が尽きてしまう。
瑠璃は心の中で思った。このままじゃ私達、みんな……
ーー君にはもう一つ力があるんだよ。
不意にシルフの言葉が耳に蘇ってきた。もう一つの力。もしも、もしも私にそんな力があるなら、お願いだから、チェリアとバルツを助けて。この黒い影を追い払って。
そう願った瞬間、瑠璃の体から蒼い光が発せられた。瑠璃が驚いている間に光は広がっていき、辺りを一瞬で蒼に包んだ。その蒼い光が消えると辺りには木も霧も黒い影も無くなっていた。
「何、これ?」
地面に生えていた草も、木も消え去って荒野と化したその地に瑠璃は呆然と立ち尽くしていた。