Chapter34 境界の泉
翌日、まだ空が薄青い光に包まれている頃に、瑠璃達はエテスを出発した。門の開門時間はまだだったので、瑠璃達は町の外壁をロープを使って越えることで町の外に出た。
魔物に警戒しながら朝露に濡れた草原を進んでブラッシュフェーブルの麓に着くころには、もう日が高く昇っていた。
ブラッシュフェーブルの麓は山から漏れ出た霧で微かに煙っていた。エテスで街の人が話していたブラッシュフェーブルの入り口を示す看板がもう間近に見えた。その看板にはこの世界の言葉で『この山は呪われている、決して入るな』と書いてあるらしい。
看板の先に続く木々に覆われた道を瑠璃は静かに見つめた。この山が魔の山なのか、聖山なのか、その答えはここにしかない。この不気味な白き闇を晴らす勇気を振るい立たせた。
「行こう。」
チェリアとバルツにそう告げて瑠璃はブラッシュフェーブルに入っていった。
麓にいた時よりも霧は濃くなったが、まだ辺りを見通すことはできた。ブナの木のような白い幹を持つ木々が霧の中にぼんやりと浮かんでいた。高い所で葉を茂らせるその木が瑠璃達の頭上を覆って、この山が空からさえも隔絶されているように感じられた。
瑠璃達はかつてブラッシュフェーブルに登った人々が残したという道を辿っていった。
「……静かだな。魔物が出るかもって警戒してたけど、魔物どころか生きてる者の気配が全くしねぇ。」
急な坂道を登りながらバルツが言った。流石のバルツも不安気で落ち着きがないように見えた。
「ええ、本当に。ここまで静かだと逆に不気味ね。」
チェリアの声も不安気だ。もの言わぬ木々がこちらを監視しているようで瑠璃は寒気がした。
不気味なほど静かな林を越えて少し開けた所へ出た。瑠璃達はそこで蒼い水を湛えた泉を見つけて、足を止めた。
「ここだね、町の人が言ってた境界って。」
エテスで町の人に聞いた話ではここから先に進むかどうかがブラッシュフェーブルから生きて帰れるか、それとも二度とこの山から出てこなくなるかの境い目だそうだ。この泉の先へ進んだものは誰一人として帰って来なかったという。
「ここから先はもう道がない。霧も一段と濃くなるし、木に印をつけながら行ったとしても引き返してくるのは、ほぼ不可能だな。」
泉の先を見ながらバルツが独り言のように呟いた。チェリアが頷く。
「ええ、そうね。……まぁ、無事に戻ってくるにしても、天使の伝説を聞くにしても、とりあえずブラッシュフェーブルに住むという山の民に会わないことには何も始まらないわ。先に進みましょう。山の民がいるとしたらきっとこの泉の向こうよ。」
「そうだな。ここでぐずぐずしてても、夜が更けて余計に動きにくくなるだけだ。さっさと行くか。」
そう言って泉の先に進もうとする二人に瑠璃は尋ねた。
「チェリア、バルツ。本当にいいの?今ならまだ間に合うんだよ。」
その言葉にチェリアが答えた。
「瑠璃、今は私達の心配なんてしなくていいのよ。先に進もう。きっと私達三人とも同じ思いよ。今は全力を尽くして先に進む。それだけでしょ?」
振り向いたチェリアの瞳に強い光を感じて瑠璃は頷いた。その表情が答えだと思った。
「……うん、分かった。行こう。」
瑠璃達は深い霧の中へ歩を進めていった。