Chapter31 スフィアの木の下で
いくつの丘陵を越え、山を登ったただろう。瑠璃、チェリア、バルツの三人のブラッシュフェーブルへの旅は続いていた。
西の大陸は平地が少なく、山が多い。その山に海から吹く湿った風がぶつかって大量の雨をもたらす。雨の降っている日に旅をするのは余計に体力を消耗するし、視界は悪く音が聞こえにくいため、魔物の襲撃にも気づきにくい。瑠璃達が旅を進められるのは日が出ているうちであまり雨が強く降っていない時に限られた。幸いこの日は雨が降っていなかったが、空はどんよりと曇っていた。
瑠璃達はまた新たな山を登っていた。山や森に独特の土と葉の混ざった匂いの空気の中、瑠璃達が濡れた木の葉を踏みしめる音だけがやけに大きく聞こえた。
瑠璃はふと木々の隙間の先に一本の老樹が生えているのを見つけた。
「見て!チェリア、バルツ。あの木、すごく太くて大きい。」
瑠璃が指差すと二人は興味深そうにその方向を見つめた。バルツがその木を見てあっ、と声をあげる。
「おい、この木ひょっとしたら……」
チェリアはバルツの言いたいことが分かったようで納得した顔で頷いた。
「ちょっと行ってみましょう。瑠璃、着いて来て。面白いものが見られるかもしれないわ。」
「う、うん。」
瑠璃は訳が分からないままとりあえず頷いてチェリアとバルツの後に着いて老樹の前までやって来た。
「やっぱり、スフィアが植えられているわ。きっと近くの村の人が植えたのね。瑠璃、あそこにある木の実のように見える球体、あれスフィアなのよ。」
瑠璃はチェリアの示す方向に確かに赤い実のような珠を見つけた。瑠璃が老樹に歩み寄って見上げるとそれは紛れもなくスフィアだった。
「スフィアって木の実みたいなものなの?どうやって手に入れるんだろうって考えたことはあるけど、まさか木に成ってるなんて。」
瑠璃が尋ねるとチェリアが説明してくれる。
「スフィアって種みたいなものでね、適当に年を重ねた老樹にだけスフィアを入れることができて、それから一年くらい経ったらその木にある日突然スフィアが成るの。まぁ、一度に入れられるスフィアは一つだけだし、一年もかかるのに五、六個しか成らないから、気の遠くなるような作業だけど。」
瑠璃は葉が茂った老樹を見上げてぽつりと言った。
「スフィアって植物みたい。目先の利益を考えてすぐに使ってしまうと、あっという間になくなっちゃうけど、未来のことを考えて種にしたら新しいスフィアを産んでくれるんだ。」
チェリアは少しの間黙ったまま瑠璃を見つめてそれから
「瑠璃って時々鋭いこと言うわよね。」
と言った。
そういえば、とバルツが口を挟む。
「スフィアといえば北の大陸ってどうやってあんなに大量のスフィアを輸出してるんだろうな。あんな寒いとこ、とてもスフィアが育つような老樹が沢山あるとは考えられねぇけど。」
「北の大陸?そういえばバルツに初めて会ったスフィア屋さんの人も北の大陸から輸入したって言ってたっけ。北の大陸ってどんなところなの?」
瑠璃が聞くとバルツが難しい顔をして答える。
「うーん、実は俺もあんまり知らねぇけど、まぁとにかく他の大陸に比べて戦争が多いところなんだよ。数年前まで北の大陸からの難民がこの大陸にも来てたらしいけど、そいつらも最近ではぱったり来なくなったし。その割りに貿易船はしっかりスフィアを運んでくれてるけどな。チェリアは北の大陸のこと何か知ってるか?」
「……私もそのくらいしか知らないわ。」
そう言ったチェリアの顔が曇ったのを瑠璃は見逃さなかった。バルツはそれに気づかず話を続ける。
「そっか。やっぱり分からねぇよな。……それにしてもこんなところにスフィアの木があるなんてな。一つくらいもらって行きたいぜ。」
「駄目だよ、バルツ。誰かが植えたものなんだからそれは泥棒だよ。」
瑠璃が慌てて言うとバルツは笑った。
「冗談だよ。俺は元自警団だし、そんな悪いことするやつじゃねぇって。」
「なんだ、冗談だったんだ。本気で心配したよ。」
そう言って瑠璃も笑った。
「そんなことより早く行きましょう。雨が降ってない今のうちに距離を稼がないと。」
笑い合っている二人をよそにチェリアが不安気に空を見上げて言った。瑠璃もバルツも頷いてまた山道を歩き始めた。