表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
瑠璃色の月  作者: Alice-rate
ダリラドール編
29/54

Chapter27 守れたもの、傷ついたもの


マスターとの話を終えた後、瑠璃は宴から抜け出して酒場の外を歩いていた。道にいくつも転がった酒瓶を跨ながら歩く。ふと顔を上げると長かった夜は明け、空は明るみを帯び始めていた。夜は騒がしかった大通りからも今は人々の声が聞こえない。

瑠璃は大きな溜息をつき、疲れた身体に鞭打って病院へ向かおうとして歩き始めた。宴に参加できないほど大きな傷を負った自警団員たちが心配だった。


高い建物の間を縫って酒場のある裏路地を抜け出し、瑠璃はあれ、と思って首を傾げた。朝の大通りに人気が少ないのは普通に考えて不思議なことではない。しかしこの大通りには全く人がいなかった。

流石に奇妙に感じて、瑠璃は辺りを見回したが、やはり誰もいない。通りが広いだけに瑠璃は余計に孤独を感じた。誰かいませんか、と叫んでみたが答える者はいない。瑠璃は恐怖に駆られて裏路地に戻ろうと後ろを振り返って驚いた。そこに人が、金髪の少年が立っていたからだ。


「シルフ!」


瑠璃は瞬く。もう一度自分の目の前にいる少年の顔を確認して、シルフだと確信した。


「どうしてこんな所に?」


瑠璃は呆然としてシルフを見上げた。シルフは穏やかな表情で答える。


「君に会いにきた。この街の中で君の力を強く感じたから。……その怪我、どうしたの?」


シルフの目線は瑠璃の左肩に向いている。瑠璃ははっとして右手でその傷を隠した。簡単な治療はしてもらったし、幸い傷はそう深くはなかったがまだ服に血の跡が残っていた。瑠璃は恥ずかしくなって俯いた。


「あっ、これは……。実は私、昨日犯罪組織の本拠地に乗り込んで、それでそこのメンバーに矢で射たれてしまったの。でも大丈夫。大したことないから。」


瑠璃は手で血の跡を隠したままで言った。


「犯罪組織ってもしかして…セイっていう人間の?」


瑠璃はシルフの意外な返事に驚いて顔を上げた。


「えっ、セイを知ってるの?」


シルフはただ頷く。


「うん、知ってる。その人間は俺のこと、知らないだろうけど。それで、乗り込んでどうなった?」


瑠璃は努めて笑顔で答えた。


「ダリラドールの自警団さんの活躍でなんとか彼らを逮捕することができたよ。今、ちょうどその成功を祝って酒場で宴をやってたの。」


シルフは少し口元を緩めた。


「そう、良かった。あの子も喜ぶよ。」


「あの子?」


セイの知り合いだろうか。瑠璃は首を傾げる。


「君は知らなくてもいいことだよ。……それにしても瑠璃は目的を果たせたって割りには暗い顔、してるんだね。」


瑠璃は虚を突かれて一瞬固まったがすぐに苦笑いした。


「やっぱりシルフにはお見通しか。」


瑠璃はそう言って溜息をついた。


「あのね、昨日、私の大切な人がセイの犯罪組織に攫われてしまったの。それで私、その子を助ける為に自警団の人に協力してもらってセイ達の所に乗り込んだんだ。結果としてチェリアを、その女の子を助けることはできた。けど、その代わりに沢山の自警団の人が怪我をしてしまった。それがすごく申し訳ないなって思ってて。」


瑠璃はずっと心の中に引っかかっていたことを、それでいて誰にも言えなかったことを吐き出した。シルフは静かに聞いていたが、瑠璃が言い終えると口を開いた。


「何かを守る為に何かが傷つく。それは至極当たり前のことだよ。この世界で日常的に起きていること。でも殆どの人間がそのことに気づかない。彼らは守ったものにばかり目がいって傷つけたものには目もくれないから。……瑠璃は優しいんだね。だから今、傷つけたもののことを思って苦しんでる。」


シルフは諭すようにゆっくりと話した。瑠璃はシルフの言葉に驚く。


「私が、優しい?」


シルフは頷く。瑠璃を見つめる銀色の瞳が優しかった。


「うん、そう。本当は傷つけたもののことなんて考えない方が楽なのに君は自分が苦しい思いをしてもなお、それから目を背けようとはしないから。だから君は優しい。そう言った。その優しさはきっとその傷ついたものにも届くよ。」


瑠璃は溢れそうになった涙を唇を噛んで必死に堪えた。そして小さな声で言った。


「シルフ、ありがと。少し元気でた。」


そう言って瑠璃が微笑むと、シルフも銀色の眼を細めた。


「不思議だね。君が笑ったら俺もなんだか嬉しくなる。」


「えっ?」


聞き違いかな、と思って瑠璃はシルフを見つめたが彼は全く表情を変えなかった。瑠璃は聞き返す勇気が出ずに黙りこむ。そうすると二人の間には沈黙が続いた。

ーーシルフに聞きたいことは山ほどある。瑠璃は気を取り直して新しい話題を振ることにした。


「ねぇ、シルフ、最初に会った時に言ったよね。私にして欲しいことがあるって。私、あれからずっと考えていたんだ。それで昨日もしかしたらって気づいたの。貴方が求めてるのは私のスフィアを無効化出来る力なんでしょ?だからこの前海鳴りの塔で会った時、私がその力を使えたから少しだけ近づいたって言った。違う?」


シルフはふっと笑った。


「そうだね。それは半分正解で半分間違ってる。瑠璃にはもう一つ力があるんだよ。俺はそっちも求めてる。」


「もう一つの力?どうして貴方は私の力のこと、そんなに知ってるの?」


シルフは淡々と答える。


「どうして?簡単だよ。教えてもらったから。」


「誰に?」


瑠璃は尋ねたが、シルフはそれには答えず続けた。


「瑠璃、ブラッシュフェーブルって知ってる?」


瑠璃は頭を振る。


「知らない。人の名前?」


シルフは建物の壁にもたれかかり、遠くを見やって答えた。そうしているだけで絵のように綺麗だ。


「違うよ。この西の大陸にある聖山の名前。まぁ、その聖山の存在は俺じゃなくてもこの世界の人間なら大概知ってるけど。そこに行けば色々分かる。君のことも俺のことも。」


「シルフのことも?もしかしてそれって天使の伝説が関係あるの?」


瑠璃が尋ねるとシルフは横目で瑠璃を見る。


「……天使の伝説、聞いたんだ。そう、その伝説を伝えるのがあの山の民の役目。」


「じゃあそこに行けば天使の伝説について知れるんだね。……わかった、行ってみる。」


瑠璃はしっかりとシルフの目を見て言った。瑠璃が答えるとシルフは言いたいことは伝えた、とばかりに壁にもたれるのをやめると、瑠璃にじゃあ、と言って立ち去ろうとする。瑠璃は慌てて呼び止めた。


「シルフ、最後に一つだけ。リンガルで出会ったレオンくんの飼い主のゲンさんって覚えてる?その人がシルフにお礼を言いたいって言ってたの。」


シルフの影が止まった。すでに日は登って雲間から零れた朝日が二人を照らしている。

シルフは振り返って怪訝そうな顔をする。


「覚えてる。でも俺はその人間にお礼を言われるようなことは特にしてないと思うけど。」


瑠璃は慌てて付け加えた。


「多分、ゲンさんが言いたいのはレオンくんを助けてくれてありがとう、ってことだと思う。」


「なるほど、そういうことか。変わった人間もいるんだね。レオンが気に入るだけのことはあるか。伝えてくれてありがとう。」


振り返ったシルフの瞳を見て瑠璃はゲンの言葉を思い出した。


「そういえばゲンさん、妙なこと言ってたな。シルフの目が緑色に見えたとか。どう見たって綺麗な銀色なのに。」


そう言って瑠璃はシルフの銀色の瞳をまじまじと見つめて首を傾げる。


「ああ、それは当然のことだよ。幻覚のスフィアで人間には俺の瞳の色が銀色でないように見せているから。」


「どうしてそんなに綺麗な色なのに隠しているの?」


朝日を受けて輝くシルフの瞳は宝石のようだ。瑠璃は残念そうに言った。


「君以外にも俺を追ってる人間がいてね。そいつらにばれると厄介だから人間には眼の色を隠してる。まぁ、スフィアを無効化する力を持つ瑠璃には俺の瞳は銀色にしか見えないだろうけど。」


シルフが言い終えると同時に


「お兄ちゃん!」


と子供の声がした。瑠璃が声のした方を見ると一人の女の子が金の長い髪を揺らしながらシルフの元に駆け寄って来るのが見えた。女の子はシルフの前に来るとにこっと笑って言った。


「お兄ちゃんが遅いから、アリス、迎えに来たんだよ。」


女の子、否、アリスは得意気な様子だ。


「アリス。ごめんね、待たせて。」


シルフは申し訳なさそうにしゃがみ込んでアリスと同じ目の高さで話す。シルフに妹さんがいたんだ。瑠璃はその様子を黙って見守っていた。

アリスは瑠璃の視線に気づいたのかシルフの体越しに瑠璃を見つけると、あっ、と声を上げて瑠璃を指差した。


「あの人が瑠璃ね!」


アリスは瑠璃の目の前に来ると両手を腰に当てて瑠璃を見上げて言った。


「天使だかなんだか知らないけど、シルフ様に何かしたら許さないんだから!」


アリスの緑色の大きな瞳は瑠璃をめいいっぱい睨みつけている。その瞳は不審と警戒でいっぱいだった。瑠璃は何のことだか分からずただ目の前の少女を見つめることしか出来なかった。

アリスはそれだけ言うとシルフの元に戻り、彼の手を引いて行こうとした。が、シルフがそれを制した。


「アリス、用事を思い出した。もう少しだけ待って。」


アリスは頷いて素直に手を放す。シルフは瑠璃に向き直ると言った。


「瑠璃、左肩を見せて。」


瑠璃はえっ、とつぶやいたがすぐに頷き、シルフに背を向けて立つ。瑠璃が首を動かして左を見ると肩越しにシルフの手が伸びてくるのが見えた。すると、突然シルフの手が光を放った。瑠璃は眩しくて思わず目を閉じる。

瑠璃がゆっくりと目を開けて左肩を見るとそこにはもう傷がなく、ずっと続いていた痛みも消えていた。


「嘘……」


思わず呟いてから瑠璃ははっとして体の向きを変え、シルフとアリスがさっきまでいた所を見たがそこには誰ももういなかった。

朝の日差しが眩しい大通り。どこからともなく人々の声が聞こえ始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ