Chapter25 レーガの機転
瑠璃は一歩また一歩と牢屋に近づいていく。やっと、チェリアのオムを見つけ出したのにこんなことになるなんて。
瑠璃は悔しくて堪らなくて涙が出そうになった。本当は今すぐ走っていってチェリアのオムを取り戻したかった。それでも、今捕まっている仲間を助ける為には敵の指示に従うしかないとよく分かっていた。本当に卑怯だ。瑠璃は掌に爪が食い込む程手を固く握り締めた。その時、
「そこまでだ!」
と不意に野太い声がした。瑠璃は驚いて振り返って目を丸くした。そこにはレーガと共に高価な鎧に身を包んだ人々がいたのからだ。
自警団の人々が歓声を上げた。
「ラース王国の兵だ!救援に来てくれたんだ。」
「レーガだ!レーガがが連れて来てくれたんだ。」
瑠璃は状況が分からず、ただ足を止め、レーガ達の様子を伺っていた。それでも瑠璃の視線はセイの持つオムに向いたままだった。やがて王国の兵と呼ばれた人の内の一人がセイの前に来て言った。
「お前達、フレーザを窃盗、密輸、誘拐、その他諸々の罪で逮捕する。」
「証拠はあるのかい?」
セイは表情を変えずに答える。これにはレーガが答えた。
「当然だ。そうでなければこの腰の重い兵士さん達が動いてくれるはずないだろう。うちの自警団が暴れ回ってくれてる間にこのカジノからお前達の犯罪の証拠になるものを運び出し、ダリラドールに在中してる兵士さんに見せたって訳だ。普段はお前らみたいな犯罪組織を放って訓練ばっかりしてる役立たずだが、今回ばっかりは動いてくれたぜ。」
「くっ……」
王国の兵士はここにいるフレーザ員達よりも圧倒的に数が多かった。流石のセイも敵わないと判断したのだろう。セイは観念したように黙り込んだ。他のフレーザ員も突然の王国の兵の乱入に驚いて固まっている。
ーーそこからはあっという間だった。
王国の兵士はセイを始めとするフレーザ員を、次々と連行していき、部屋の中から徐々に人が減っていく。
瑠璃は痛む左肩を押さえたまま、フレーザの人々が兵士に連れて行かれるのを見ていた。身体は疲れていたし、眠たくて仕方がなかったが瑠璃にはまだやらなければならないことがあった。瑠璃はレーガにふらふらと近づいていく。
「レーガさん、オムは、オムは何処に?」
レーガはああ、と頷くと瑠璃に部屋の外に来るよう手招きした。瑠璃は素直にレーガについて外の廊下に出て、階段を降りて二階に着くと、レーガと共に人気のない廊下まで歩いた。
レーガはよし、ここなら良い、と辺りを見回しながら呟くと瑠璃に向き直って口を開いた。
「嬢ちゃん、オムはここだ。」
レーガの服の内側からオムが出てきた。瑠璃はそれを見てほっと胸を撫で下ろす。
「良かった。取り戻せたんですね。」
瑠璃はレーガからオムを受け取り、そっと抱きしめた。それからレーガを見上げて尋ねた。
「でも、どうしてこんな所で隠れるようにしてこのオムを私に渡したんですか?」
レーガは少し口籠ってから答えた。
「ああ、……これは俺の勘に過ぎないんだが、王国の兵士とその中にいる女を対峙させない方が良いと思ってな。ちょっと言い辛いんだが、そもそも王国の兵士には今回の誘拐の事は話してねぇんだ。ただ、フレーザという組織が犯罪をしているという証拠を掴めた、だから逮捕に協力してくれ、としか話してねぇんだよ。」
瑠璃は最初は首を傾げていたが、少し考えて納得した。瑠璃はチェリアがフレーザの男にお姫様と呼ばれていたことを思い出したのだ。
「分かりました。無粋なことを聞いてしまってすみません、ちょっと不思議に思っただけです。」
「いや、気にすんな。それに俺の憶測に過ぎないかもしれないことだからな。……ともかく嬢ちゃんは今から俺の言う通りに動いてくれ。」
瑠璃は頷く。レーガはそれを確認してから言葉を続けた。
「よし、まず嬢ちゃんは今からこのカジノを出て酒場ダリアに向かえ。それで酒場に着いたらそのオムを開けて中にいる女を外に出すんだ。酒場までの道は分かるな?」
「はい。分かります。」
瑠璃は頭の中で酒場に行くための道を確認して、頷いた。
「よし、じゃあ行ってこい。それから中の女の子を助けた後、用がないなら酒場で俺らが帰るのを待っていてくれないか?」
「はい、大丈夫ですけど、どうしてですか?」
瑠璃が尋ねるとレーガはにっと笑って答えた。
「オムを取り戻すという今回のミッションは果たせたし、フレーザの奴らを逮捕することも出来た。これはもう酒場で宴会するしかねぇだろ。」
瑠璃もふっと笑うと、はい、喜んで、と答えた。瑠璃はレーガに一礼すると酒場ダリアに向かった。
ベルの音を立てて瑠璃がダリアに入るとそこには自警団員が2、3人と酒場のマスターがいた。
瑠璃は彼らにレーガにここに来るよう指示されたことを話してから、隠し持っていた赤色のオムを取り出した。
作戦会議の最中に呪文なしでオムから人を出せないかという話が出た時、瑠璃は考えた。以前、瑠璃がスフィアに触った時、スフィアは瑠璃の触った所から消えていってしまった。それならば、自分のその特性を使って呪文なしでオムから中にいる人を外に出すことができるのではないか、と。もちろんそれが出来るという確証はなかったが瑠璃には自信があった。
瑠璃はオムに埋め込まれた黄色いスフィアに祈るような気持ちで触れる。案の定、スフィアは瑠璃が触れた所から溶けるように消えていき、やがて完全に無くなった。するとオムは誰にされるでもなくその口を開き、カッ、と眩しい光を放った。瑠璃は驚いてオムを投げ出してし、目を閉じて顔を右腕で覆った。光が収まった所で瑠璃が目を開けると栗色の髪の少女が床に座り込んでいるのが見えた。
「チェリア!」
瑠璃はチェリアに駆け寄る。少しの時間、離れていただけなのに随分久しぶりにチェリアを見た気がした。
「瑠璃?どうして……?」
チェリアは小さな手で目を擦りながら訳が分からないという顔をしている。瑠璃が見るとチェリアの目が赤く腫れていた。瑠璃は驚いて思わず尋ねた。
「チェリア、もしかして泣いてたの?」
チェリアは何も答えずただ俯いたまま頷く。元々体の小さいチェリアが座り込んで項垂れていると益々小さく見えた。
「ごめんなさい。……情けない所を見せてしまって。捕まってしまってもう逃げられないと思ったから。……瑠璃が助けてくれたのね。」
チェリアは聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で答えた。これに瑠璃は頭を振る。
「ううん、確かに私も助けに行ったけど、この町の自警団の人に協力してもらったからこそチェリアを助け出せたの。殆ど自警団の人達のおかげだよ。」
「そう。」
チェリアはまだ俯いたままだったが、やがて顔を上げて瑠璃の顔を見て言った。桃色の瞳が涙で潤んでいる。
「あのね、私、瑠璃に話してないことが沢山あるの。今回の事件で私が狙われたのもそれが原因なの。私、実は……」
瑠璃はチェリアの肩に手を置いて微笑むと、軽くそれを制す。
「何も言わなくていいよ。私だって今回のことでチェリアが普通の身分の人じゃないことは薄々わかった。けど、チェリアはそのこと話したくないから今まで私に言わなかったんでしょ?だったらこれからも話さなくていいよ。チェリアはチェリア、私はそれで十分だよ。無事で本当に良かった。」
チェリアは今にも泣きそうな顔でバカ、と言うと、また俯いてぽつりと言った。
「瑠璃。貴方って本当に天使なのね。」
瑠璃は驚き、慌てて否定する。
「えっ、そりゃ自分のことを悪魔とは思わないけど、天使ってこともないと思う。」
チェリアは肩を震わせて少し笑った。
「いいの。何でもない。」
瑠璃色の月を読んで下さって有難うございます。
継続して読んで下さっている方には大変申し訳ないのですが、明日から9月末まで私用で外国に行くのでその間更新が出来なくなります。