Chapter20 攫われたチェリア
リオスで一泊した後、瑠璃達はダリラドールに向けて出発した。
リオスとダリラドールは距離が近く、半日ほど歩けばすぐに到着することが出来る。そもそもダリラドールという街自体、西の大陸の大国、ラースが作り上げた娯楽の街で、ダリラドールを訪れる人の便宜を図って港町であるリオスの近くに作られたのだ。
西の大陸は雨が降ることが多い。ダリラドールも水害を避けるため、比較的高い土地に作られていた。
瑠璃達は石で舗装された坂道を歩く。道を形作る黄土色の石は人々に何度も踏みしめられ、黒く汚れていた。
チェリアと並んで歩く。そのこと自体はいつもの旅と変わらなかったが、今回のダリラドールへの旅はいつもの旅とは一つ、決定的に違うことがあった。それは瑠璃達の周りを歩く、沢山の人々がいることだ。彼らはダリラドールへ観光に行く人々で、まだ旅を始めてからひと月も立っていない瑠璃と比べても、明らかに旅慣れしていない。瑠璃は小声でチェリアに尋ねた。
「ねぇ、この人達、スフィア持ってるのかな?魔物が襲ってきたら危ないんじゃない?」
チェリアも小声で答えた。
「多分持ってないでしょうね。でも大丈夫よ。ほら、あの人達の周り、何人か武器を持ってる人達がいるでしょ。彼らはリオスに在中する人達で、ダリラドールまで観光客の人の身を守ることを生業としてるらしいの。ダリラドールとリオスを人を守りながら行き来してるそうよ。」
瑠璃はチェリアの指差した方向を見て納得した。確かに楽しそうにお喋りをしている彼らの周りで剣や槍、弓などを携えた男性や女性が用心深く辺りを見回している。
ダリラドールまで半日。これなら安全に行けそうだと瑠璃は思った。
瑠璃の予想通り、ダリラドールへの旅はあっという間に終わった。途中、魔物に襲われることは何度かあったが、護衛の人やチェリアの活躍により、多少の怪我人は出たものの、無事にやり過ごすことができた。
ダリラドールに到着した瑠璃達は街の中を歩き始めた。
ダリラドールは華やかな街だった。船の中で船員に聞いた話ではカジノや遊園地があり、多くの人で賑わうらしい。また、大通りではパレードが行われ、それ目当てで来る観光客も少なくないようだ。
瑠璃達はダリラドールの住民に、シルフについて何か知らないか話を聞くことにした。
そこで、街の住民が集まり、かつ情報が集まる場所がないか、と街の住民に尋ねた。すると裏路地にある酒場に行くよう勧められたため、瑠璃達は酒場が開店する夜になるのを待ってから、その酒場に向かった。
夜になっても大通りの方は明かりが灯り、人々の騒ぎ声でうるさかったが、裏路地は暗くて人通りも少なく、静まっていた。
瑠璃とチェリアは裏路地の細い道を歩いていた。瑠璃は不安げに辺りを見回した。チェリアにはそんなことはないと否定されたが、瑠璃は昼から誰かの、しかも複数の人の視線を感じるような気がしていたのだ。
「チェリア、やっぱり私たち誰かに後をつけられている気がする。」
瑠璃はチェリアに話しかけたがそれに答えたのは別の声だった。
「流石に気づいてたか。その通りだぜ。」
声は瑠璃の後ろから聞こえてきた。
瑠璃が驚いて振り返ると三人の男が道に立ち塞がっていた。体格の良い男が三人。さすがに瑠璃とチェリア二人だけでは分が悪い。
瑠璃が逃げなきゃ、と思って反対の方を向くとそちらからも、三人の男が出てきて瑠璃達の前に立ち塞がった。瑠璃達は細い路地の中、完全に敵に挟まれてしまった。
「俺らの目的はお姫様を捕らえること。大人しく俺らと来てくれれば危害は加えねぇよ。まぁ、そこの水色髪の女も高く売れそうだし連れて行くがな。」
先に瑠璃に答えた男が続ける。この男がリーダー格のようだ。
ーーお姫様?
訳が分からず瑠璃はチェリアを見たがチェリアは俯いたまま黙っている。チェリアはやがて顔を上げて男を睨むと言った。
「お生憎様。まだ戻る訳には行かないのよ!」
「なら力づくで連れて行くしかねぇなぁ……やれっ、お前ら!」
男が叫ぶと瑠璃達を囲んでいる男達が動き出した。
厄介なことに男達は全員スフィリアのようだ。一人の男がチェリアの足元を凍らし、チェリアは身動きが取れなくなってしまった。チェリアはすかさず炎で氷を溶かすが、そこに前後から別の男が飛びかかった。チェリアは前から来た男を肘で思い切りこずいて気絶させたが、後ろから来た男に羽交い締めにされてしまった。
チェリアが危ない!人を射つことへの抵抗は拭えなかったが、瑠璃にとって今はチェリアを守ることの方が大切だった。瑠璃はチェリアを羽交い締めにしている男の脇腹辺りを狙って弓を放った。矢は蒼い光を纏って男の方に飛んでいき、男を弾き飛ばして壁に強打させた。
男は気を失ったのか、痛みで立ち上がれなかったのかは分からなかったが、再び立ち上がって襲ってくることはなかった。
「チェリア!」
そう叫んで瑠璃はチェリアの方に駆け寄ろうとしたが先のリーダー格の男がチェリアの前に瞬間移動で現れる方が早かった。その男はチェリアの額に手を押し当てた。するとうっ、と声を漏らしてチェリアはその場に倒れこんだ。
「チェリア!」
瑠璃は真っ青になってチェリアに駆け寄り、しゃがみ込んでチェリアを揺り動かしたが全く反応がない。瑠璃は男を睨むと言った。
「チェリアに何したの?」
「催眠のスフィアでちょっと眠らせただけだ。時期に目を覚ます。さて、お前も眠らせるか。」
瑠璃ははっとして逃げようとしたが、しゃがんでいたせいで反応が遅れ、気がついた時には男の手が額に当たっていた。瑠璃は男の手を剥がそうとしたが、男のもう片方の手でそれは阻まれた。男の手がぐっ、と瑠璃の額に押し付けられる。
ーーしかし何も起こらない。男は首をひねり、何度も瑠璃の額に手を押し付けている。
瑠璃は確信した。何故かは分からないが自分にはスフィアが効かないのだと。
海鳴りの塔でゲンの風のスフィアで飛ばされそうになった時、レオンだけが飛ばされ、自分は無事だったこと。その後ゲンが瑠璃を飛ばそうとしても何も起こらなかったこと。考えてみれば全て辻褄が合う。
もっと早く気づけば良かった。瑠璃は後悔した。
男はスフィアが効かないことに苛立ち、瑠璃の腕をとって思い切り引っ張ると言った。
「スフィアが効かないなら引きずってでも連れていってやる。どうせ女のお前じゃ、俺らには力には叶わないからな。」
その通りだった。瑠璃は男の手を振り解こうと力を込めたが男の手はびくともしない。瑠璃が困り果てたその時、
「大丈夫か⁉︎」
上から声がしたと思うと建物の屋根から黒い影が躍り出た。その影は瑠璃達のそばに降り立つと男の手を瑠璃から引き剥がした。
瑠璃が驚いてその黒い影の主を見ると、それはリオスの市場で出会った少年だった。
「こいつ、舐めた真似しやがって!」
怒った別の男が後ろからその少年に殴りかかった。しかし、少年は軽々とそれを受け止め、男の腹に蹴りをいれた。
「ぐ……」
男は腹を抑え苦しそうにしている。
それを見てリーダー格の男が叫んだ。
「目的は栗色の髪のあの女だけだ。ずらかるぞ!」
「ラジャー!」
周りの男達は素早くチェリアを抱えるとリーダー格の男の方へ走っていった。
「待てっ!」
と少年が追ったが、男達はチェリアを連れたまま、瞬間移動で路地裏から消え去った。