Chapter19 彩りの市場
長い船旅の末、瑠璃達は西の大陸の港町、リオスに辿り着いた。リオスは西の大陸の玄関口の一つで、人や物資の交流が盛んな街だ。
船の中では定時に食事が出されたが、これからの旅ではまた物資が必要となる。そこで、瑠璃達はダリラドールに向かう前に、リオスの市場で買い物していくことにした。
「わぁ、すごい人の数だね。」
市場の方を見て、瑠璃は驚きの声を上げた。
「本当に。これは買い物するだけでも骨の折れる仕事になりそうね。」
チェリアが背伸びして辺りを見回している。
瑠璃の言うように市場は多くの人で賑わっていた。市場には赤、緑、黄、様々な色のテントが張られた店が並び、その下に色とりどりの野菜や果実が並べられている。人が多い上に、小さな店が所狭しと並んでいるものだから、市場は余計窮屈に感じられた。
瑠璃達は半ば人の波に流されるようにして市場の中を進んでいく。市場は人々の楽しそうな声や売り子の威勢のいい掛け声で埋め尽くされ、活気付いていた。
チェリアの小さな体はちょっと目を離せば人混みに飲まれてすぐに見失ってしまいそうだ。瑠璃は必死でチェリアの後を追った。
チェリアはしばらく進むと一つの青果店で足を止めたので瑠璃もそれについて行った。緑のテントが張られた青果店には新鮮そうな野菜や果物がうず高く積まれている。瑠璃はその中に見慣れた果物を見つけ、あっ、と声をあげた。
「これ林檎だ。」
瑠璃がその赤い果実を手にとって鼻に近づけると爽やかな香りがした。店の中をよく見ると林檎以外にもさくらんぼやキャベツなど瑠璃の見知った食べ物が置いてあった。
そう、瑠璃のいた世界とこの世界では共通している植物や生物が沢山ある。旅の途中で瑠璃はあちらの世界に生えているのと同じ花を見ることもあったし、リンガルで見た犬やカラスといった生き物はあちらの世界にも存在している。もちろんあちらの世界には存在しない植物を見ることも多かったが。
瑠璃達は青果店で食料を買い込んだ後、別の店で塩や胡椒を買い、また市場の中を歩き始めた。
「ねぇチェリア、あの店何?」
瑠璃は周りの人の声に消されないよう大きな声を出した。瑠璃は荷物が重くて時折、よろけそうになっている。
「あそこは多分…スフィアの店よ。行ってみる?」
「スフィアの店?行ってみたい!」
瑠璃はチェリアに続いて紫のテントの張られたその店に向かった。
瑠璃が見ると、店にはガラスのケースが置かれ、その中で十数個程の様々な色のスフィアが輝いていた。瑠璃には読めなかったが、一つ一つのスフィアに値札と、そのスフィアの能力の説明書きのカードが添えてあるようだった。
「おっちゃん、もうちょっとまけてくれよ。」
不意に瑠璃の横から声がした。瑠璃が見ると、黒髪の少年が赤いスフィアを指差しながらこの店の店主と話している。少年の整った顔は何処かあどけなさを感じさせたが、髪と同じ黒色の瞳に宿った強い光やその逞しい身体つきを見ればその手強さが計り知れる。少年の背中に挿してある使い込まれた剣を見ても、それは一目瞭然だった。
「北の大陸から輸入した貴重なスフィアだ。5000アークが限界だな。」
店主が言うと少年はあからさまに不満そうな顔をしてちぇ、なら買わねーよ、と言うと店主との話を終えた。と、瑠璃がずっと少年のことを見ていたせいだろうか、少年は瑠璃に気がついたようだ。少年はその黒い瞳でじっと瑠璃を見つめている。
瑠璃は内心焦った。知り合いでもない瑠璃に勝手に見られてこの少年は気を悪くしたのかもしれないと。しかし少年の口から出てきたのは瑠璃が予想もしていなかった言葉だった。
「お前、すんげえ綺麗だな。」
「えっ?」
瑠璃は一瞬少年が何を言ったのか理解できなかったが、いざそれを理解すると恥ずかしくて顔が熱くなった。綺麗だな、なんて人伝にそう言われていたと聞くことはあっても、面と向かって言われるのは初めてだったのだ。瑠璃が目だけ動かして少年を見ると、少年もまた顔を赤くして頭を掻きながら慌てて弁解した。
「べっ、別にナンパとかじゃねぇからな。素直に…そう思っただけだ。」
瑠璃は少年の言葉に俯いたまま、何度も頷いた。少年は横目で瑠璃が頷いたのを見ると
「それと、この店のおっちゃんケチだからスフィア買うなら他の店にした方が良いかんな。…じゃあな。」
と言って走り去ってしまった。
「初々しいわね〜」
チェリアは走り去った少年の後ろ姿と瑠璃を見比べながらくすくす笑っている。
「もう、他人事だと思って!」
と瑠璃が文句を言ってもチェリアは素知らぬ顔だ。
本当にドキドキした。まだ少し熱い頬を冷ましながら、瑠璃はチェリアについて次の店に向かった。