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瑠璃色の月  作者: Alice-rate
リンガル編
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Chapter14 蒼き矢と覚悟


「それじゃ、戻ろうか。」


しばしの沈黙の後シルフが口を開いた。


「戻るって何処に?」


瑠璃が尋ねる。シルフの腕の中のレオンはまだ目を覚まさない。


「もちろん、海鳴りの塔だよ。カラス達を操った人間を放ってはおけないから。」


「でも…ゴルドルっていったっけ。この龍に乗ってたら、とてもあの塔には入れないよ。」


シルフは悪戯っぽく微笑む。


「そうだね。じゃあどうすると思う?」


「どうするって…まさか空を飛ぶとか?」


「正解。ゴルドル、すぐに片付けるからここで待ってて。」


『ああ、分かった。』


龍が答えたのを確認すると、シルフは瑠璃の肩をぐいっと引き寄せ、ゴルドルから飛び降りた。

瑠璃は落ちる、と思って目を閉じたが、予想とは違って少しも落ちている感じがしない。


「瑠璃、大丈夫だから目を開けてごらん。」


瑠璃がシルフに言われるままにそっと目を開くと、見えてきたのは蒼天。

いつもよりずっと近くに見える空と雲。足元を見ると蒼い大海原が視界の彼方まで広がっていた。

瑠璃は心が震えた。


「すごい……私たち、空、飛んでる。これ、シルフのスフィアなの?」


興奮している瑠璃の横でシルフは平然と答えた。


「そう、これは俺のスフィアだよ。飛行のスフィアを見たのは初めてみたいだね。驚いた?」


瑠璃は激しく頷く。


「うん。もう驚いたなんてもんじゃないよ。私のいた世界ではこんな風に空を飛ぶことなんてできないから。空を飛ぶとこんなに近くに空を感じられるなんて、こっちの世界に来なかったら絶対気づかなかった。」


「へぇ……じゃあ瑠璃はこの世界に来て良かったって思ってるの?」


瑠璃はうーん、と少し考えてから照れ臭そうに笑うと言った。


「正直を言えば今すぐ帰りたいかな。この世界はおっかない化物も出るし、本当は不安でいっぱいだよ。けどね、この世界に来れたこと自体は良かったなぁって思うんだ。こんな風に魔法を見れたり、親切な人にも出会えたし、それにシルフに会えたことも嬉しかった。」


シルフは一瞬、目を見開いた。


「俺と?…ふーん、やっぱり君って面白い人だね。塔が見えてきたね。行こうか。」


「うん。」


瑠璃は眼下に見えてきた塔の姿に内心がっかりした。もう少しだけ、シルフとこんな風に空の散歩を楽しんでいられたら良かったのに、と少しだけ思った。





瑠璃とシルフは高度を下げ、塔の窓から中に入り、ふわりと床に降り立った。

ゲンは相変わらず立ったままで、降りてきた瑠璃とシルフ、そしてレオンを鋭く睨んでいる。ゲンの後ろにはもうカラス達はいない。


「まさかお前たちもスフィリアだったとはな。」


ゲンの冷たい声が石造りの塔に響く。

最初はゲンの態度に怯んでいるだけだった瑠璃は、今はしっかりと彼の目を見据えている。そして気付く。ゲンの瞳にこの塔にいた魔物達と同じ光が宿っていることに。やっぱりゲンさんも……


瑠璃はシルフに向かって口を開きかけたが、シルフが言葉を発する方が早かった。


「……面倒くさいから単刀直入に聞くけど、貴方がレオンを塔から落とし、魔物を操って俺たちを追わせた、それで合ってる?」


シルフの声はさっきとは別人のように冷たい。瑠璃はぞっとした。そこに確かな殺気を感じた。

ゲンは淡々と答える。


「その通りだ。それでもお前たちはこうしてここに戻ってきた訳だが、まぁいい。何度でも追い払ってやるだけだ。」


ゲンは言うと、手を前に突き出した。

またあの風が来る、瑠璃はそう思って焦ったが、シルフは瑠璃に大丈夫、と優しく言うとレオンを持っていない方の手をゆっくりと前に突き出した。

程なくして瑠璃達の方へ風が吹いてきたが、その風はシルフの起こした風にかき消された。それどころかシルフの起こした風はゲンに向かって強く吹き付けている。瑠璃は祭壇の上の天使像にしがみつき、飛ばされまいとしているゲンを見て真っ青になった。


「ゲンさん!」


瑠璃は叫ぶと走り出し、シルフとゲンの間に立ち塞がった。すると、シルフがすっと手を下ろし、風が止んだ。



「瑠璃、どいて。」


シルフが瑠璃を見る目は剣の切っ先のように鋭い。瑠璃は足が震えたが、目をそらしては駄目だ、と自分に言い聞かせ彼の瞳をしっかりと見て言った。


「シルフ、聞いて。ゲンさんは操られてる。ゲンさんの目、私がここに来るまでに出会った魔物と同じ感じがするの。だから、ゲンさんを傷つけないで。」


これにふっ、と笑い声を漏らしたのはゲンだった。


「何を言い出すかと思えば私が操られているだと?そんな根拠のないことを信じて私を庇った挙句、敵にガラ空きの背を向ける。どこまでも馬鹿な奴だな。まずお前から塔の外に投げ出してやる。」


ゲンは手を突き出し、風を巻き起こしたが、その風は瑠璃の前で消え去った。ゲンは驚きの声を上げる。


「なんだ、この女。スフィアが効かないだと?」


瑠璃はそれには構わず、ゲンに向かって言う。


「ゲンさん、レオン君は貴方のこと、とっても優しい人だって言ってました。でも、今の貴方はまるで違う。どうか、本当の自分を取り…」


「無駄だよ。」


瑠璃の言葉はシルフの声に遮られた。


「仮にそいつが操られてるならどんな言葉をかけたところで意味がない。それよりもさっき瑠璃がカラス達にしたように弓で射つのが有効だよ。」


「弓で射つ?」


瑠璃は驚いて聞き返した。


「そう。さっきと同じことだろ?」


シルフが答える。

瑠璃はそっと矢を取り出して鋭い矢じりを見つめた。

これをゲンさんに打ち込む……


「でも、さっきはカラス達を傷つけずに済んだけど、ゲンさんを射つ時にもし失敗したら。」


「まぁ、死なないにしても重傷は負うかもね。」


シルフの言葉に瑠璃は戦慄した。矢が手から落ちてかたん、と音を立てた。


「どうしたの?さっきは少し迷ってはいたけど、きちんと射ってたよね。でも今回は矢を握ることが出来ない程に震えてる。まさか、同じ人間だから、射つのが怖いとか?」


シルフは長い指で瑠璃の落とした矢を拾いながら言う。


「ちがっ…」


言い返しかけて瑠璃は閉口した。確かにその通りだと認めざるを得なかったのだ。

命の重さは平等。よく謳われているその文句に瑠璃は賛同していた。鼠と人間の命を比べるなんて馬鹿馬鹿しいという言葉に憤りを覚えていた。

けれど、他でもない自分も今、ゲンとカラスの命の重さを比べ、差別している。しかもシルフに指摘されるまでその事を自覚すらしていなかった。

なんて愚かだったんだろう。瑠璃は俯いてきゅっ、と唇を噛み締めた。


「シルフ、矢を返して。」


シルフは何も言わずに頷くと、瑠璃の手の上に矢を置いた。

瑠璃は矢をしっかり握ると、ゲンの方に素早く弓を構える。瑠璃の蒼い瞳には迷いの色はもうない。ただ射つべき対象に狙いを定めている。


絶対にゲンさんを元に戻す。瑠璃は心の中で強くそう思って矢を放った。

矢は蒼い光を纏う。先の矢より眩しい光を。そして真っ直ぐゲンの所まで飛んでいき、光を放った。


矢に射たれたゲンはしばらく頭を抱えて苦しそうにしていたが、たった今目を覚ましたかのようにはっとすると、呆然と辺りを見回していた。

とりあえず怪我はしていないようで、瑠璃はほっとしたが、まだ安心は出来ない。本当にゲンは操られていたのか、操られていたとしたら、操りから解放されたのか、何一つ確認できていないからだ。


「ゲンさん……」


瑠璃は恐る恐るゲンに声を掛けた。ゲンは驚いたように瑠璃を見て言った。


「ここは……海鳴りの塔なのか?それに君は一体どうして僕の名前を知っているんだ?凄く長い時間が経った気がするのに何一つ思い出せない。教えてくれ。私は今まで何をしていたんだ?」


やっぱり操られていたんだ、瑠璃は確信した。


「ゲンさん、落ち着いて聞いてください。貴方は何者かによって操られていたんです。恐らく二年の間。私はレオン君に言われて貴方に会いに来たんです。」


ゲンは瞬く。


「レオン?レオンが来てるのか。」


ゲンはシルフに抱かれたレオンの姿を認めると、シルフとレオンの方へ走っていった。


「レオン!レオン!」


ゲンがレオンを揺さぶると、レオンは、ぱちっと目を開けた。そして目の前の飼い主の姿を見つけると


『ゲン!』


と一鳴きしてゲンの胸に飛び込んだ。


『会いたかったよー』


と鳴きながらレオンは力いっぱいゲンに甘えている。ゲンも大切そうにレオンを見つめながら、優しくレオンの頭を撫でる。


そんな二人を瑠璃は微笑みながら見守っていた。ふと、シルフの方を見ると、彼もさっきの優しい表情に戻っていた。


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