Chapter13 空中での再会
ーー蒼い海の上に大きな影が一つ。影は波に揺れながらも真っ直ぐ東を目指して進む。
その影の主は黄金の龍。逞しい翼が大きくはためき、青い空の中で日の光を受けて金色に煌めく。
その龍の上に人影がある。銀色の瞳の少年だ。少年は随分と慣れているのか、平然と龍を乗りこなしている。
少年が龍に何か言う。龍は答えるように咆哮をあげると、益々スピードを上げた。白き塔を目指して。
瑠璃達はなんとか鳥の襲撃を切り抜け、塔の三階にたどり着いた。
しかし、そこでは五匹の魔物が瑠璃達を待ち受けていた。先の赤い虎が三匹、紫色の毛並みの狼のような魔物が二匹。魔物は瑠璃達の姿を認めると攻撃してきた。魔物が出現させる氷の刃や鎌鼬で部屋が埋めつくされる。
チェリアがすかさず応戦するが、流石のチェリアでも五対一では分が悪い。
チェリアを援護しなきゃ。そう思った瑠璃はレオンを下ろし、私の後ろにいて、と小さく言うと背中にかけた弓を手に取り、矢を射とうとした。が、その瞬間敵の攻撃が瑠璃を目掛けて飛んできた。瑠璃はきゃっ、と叫んで思わず目を閉じたが痛みはない。どうやら勘一発で躱せたようだ。
瑠璃の叫び声に気づいてチェリアが言った。
「瑠璃、先に行って!」
「でも…」
自分がここにいても足手まといになるだけとは分かっているが、少しでもチェリアの役に立ちたいという思いが後を引く。それに今チェリアとはぐれれば、瑠璃には魔物と戦える手段はほとんどない。瑠璃は口籠もる。
チェリアが早口で付け加えた。
「いいから。遠視のスフィアで四階の様子を見たの。もう殆ど残っていないスフィアだったからあまりはっきりとは見えなかったけど、確かに人がいたの。きっとゲンさんは上にいるわ。早く行って‼︎」
絶対ゲンさんを見つけ出そうね、さっきの自分の言葉を思い出す。瑠璃は腹をくくった。
「分かった!」
瑠璃はチェリアに答えると、レオンに向かって言った。
「レオン君、上にゲンさんがいるみたい。チェリアはきっと大丈夫だから先に上に行っていよう。」
『うん、分かった。』
レオンが答える。
瑠璃とレオンは一気に階段を駆け上がった。
「はぁっ、はぁっ…貴方がゲンさん?」
チェリアの言った通り、塔の四階には一人の青年が立っていた。その黒髪の青年はこちらを鋭く睨んでいる。
その青年の後ろには巨大なカラスが何匹も控えているが青年を襲おうとする様子はない。
青年は答えないが、レオンが先から『ゲン、ゲン』と鳴いているので、瑠璃はその青年がゲンなのだと分かった。
どうしてゲンさんが魔物と?瑠璃は困惑する。塔に入った時からおかしいとは思っていた。こんなに多くの魔物が住む塔に人間が住めるものなのか、と。青年は口を開く。
「お前、わざわざこんな所に来るとは…死にたいのか?」
瑠璃はゲンの冷たい態度に少し怯む。
「違います。レオン君がゲンさんに会いたいって。それで貴方に会うためにここまで来たんです。」
「レオン?」
ゲンの紅い瞳が揺れる。レオンは今にもゲンに飛びつきそうな勢いでゲンの前に躍り出た。
『ゲン、会いたかったよ。』
言葉が伝わるはずがない飼い主に向かってレオンは鳴く。ゲンはしばらくレオンを見つめてから言った。
「…まだ、生きていたのか。」
しかし、とゲンは続ける。
「お前の事など今の私にとってはどうでもいいことだ。失せろ!」
ゲンはそう言うと、手をレオンの前に突きつけ強風を巻き起こした。レオンの小さな体は宙を舞い、そのまま塔の外へ放り出された。
「レオン君!」
瑠璃は悲鳴を上げると、無我夢中でレオンの方に走り出し、塔の外に飛び出て、レオンを腕の中に抱き留めた。
ーーが、そこは軽く数十メートルはある空中だった。瑠璃とレオンはなす術もなく地面に落ちていく。瑠璃はレオンをぎゅっと抱きしめ、固く目を閉じた。
強い風に煽られて瑠璃の体は空中で揉みくちゃにされたが、突然、ガクン、と空中で体が止まり、瑠璃達の落下は止まった。
ーー何があったの。死んだの?
瑠璃が恐る恐る目を開けると、案の定そこには銀色の目をした天使がいた。
「天使さま…」
「大丈夫。死んでないよ。」
「へっ?」
瑠璃が落ち着いてその声の主を見ると、それは紛れも無く瑠璃の探していた少年だった。瑠璃は目を丸くさせた。
「ええっ、どうしてここに?」
「それはこっちが聞きたいね。まさか空から落ちてくるなんて思ってもみなかったけど。…でも君がレオンを助けてくれたんだね。礼を言うよ、有難う。」
瑠璃ははっとした。
「レオン君!」
瑠璃が体を起こしてレオンの様子を見ると、気を失ってはいたが白い毛並みが上下しているのが分かり瑠璃はホッと安堵の息を漏らした。そして同時に自分が少年に抱きかかえられているのことに気づいた。上を向くと少年の整った顔が間近に見える。瑠璃の顔が赤くなった。
「あのっ、下ろしてもらってもいいですか?」
瑠璃は堪らなくなって言った。
「ああ、ごめんね。」
そう言うと少年は瑠璃を脚から下ろしてくれた。
瑠璃は下ろされた足元を見てぎょっとした。地面が金色の鱗で覆われている。瑠璃が急いで辺りを見渡すと、見えたのは羽ばたく金色の大きな翼。瑠璃は自分が金色のドラゴンの上に乗っているのが分かった。
瑠璃は少年を見上げて言った。
「逃げましょう。こんな所にいたらドラゴンに食べられてしまいますよ。」
少年は首を傾げた。
「逃げるってゴルドルから?大丈夫だよ。彼は俺の友達だから。」
瑠璃は少年の言葉に驚く。
「でも、魔物なのに。」
「魔物……人間達はそう呼ぶんだっけ。そう、魔物だからこそ友達なんだ。」
魔物だからこそ友達……瑠璃は少年の言葉の意味が解せず困惑する。
そんな瑠璃を他所に少年は尋ねた。
「君の名前は?」
「えっ、私の名前ですか。私、瑠璃っていいます。あのっ、貴方は?」
思い切って尋ねた。
「俺の名前はシルフ。そうか、瑠璃っていうのか。君の瞳と同じだね。」
「そうなんです。お母さんも言ってました。私の目が蒼かったから瑠璃って名前にしたって。」
瑠璃の瞳の色は母親の目の色とも父親の目の色とも異なっていた。それに、色とりどりの目の色を持つ人々がいるアルフィランドにおいても、瑠璃と同じ目の色を持つ人には未だに出会ったことがなかった。
「敬語。」
シルフが唐突に言った。えっ、と瑠璃が聞き返す。
「敬語、使わなくていいよ。瑠璃の一番話しやすい言葉で喋って。普段からそんな言葉使いしてるわけじゃないだろ?」
「あっ、うん。分かった。」
不思議。言葉使いを変えただけなのに少しだけシルフを近くに感じる。瑠璃の顔が少し綻んだ。
シルフはそれでいい、という風に頷くと口を開いた。
「さてと、本題。瑠璃、後ろを見てくれる?」
「えっ、後ろ?…うそ!」
瑠璃が言われるままに後ろを振り返ると、黒い塊のような先のカラス達の群れが瑠璃達を追って来ているのが見えた。瑠璃は呆然とした。
「まさかあのカラス達、私を追って?」
「そうみたいだね。しかも彼らは操られてるみたいだ。」
「どうして分かるの?」
「その子。」
シルフが瑠璃の方を指差す。瑠璃が驚いて下を見ると、シルフがレオンを指差しているのだと分かった。
「その子がいれば、彼らは襲ってこないはずなんだ。普通ならね。」
瑠璃は首を傾げる。
「魔物は動物を襲わないってこと?」
「そういう事。……でも困ったな。追いかけてきている以上どうにかして彼らを止めなければならないけど、あまり彼らを傷付けたくはないんだ。」
瑠璃は頷く。
「私も同感。どうにかカラス達を傷付けずに止める方法はないかな。」
シルフは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにいつもの落ち着いた表情に戻った。そして不敵に微笑むと言った。
「ねぇ、瑠璃。俺の瞳、銀色に見える?」
おかしな事を聞くんだな、瑠璃は首を傾げながら頷く。
「よし、それなら大丈夫。その弓、飾り物じゃないよね。それで彼らを射って欲しいんだ。レオンは預かっとくよ。」
瑠璃は言われるままにシルフにレオンを預けるが、弓に手を掛けようとはしない。
「でも、私がカラス達を弓で射ったりしたら結局あの子達を怪我させてしまうんじゃ…あの子達、操られてるのに。」
瑠璃が必死になって訴える。
「君なら大丈夫だよ。ゴルドル!」
シルフが言うと、黄金のドラゴンは空中で旋回し、体の向きを変えるとカラス達の方へ真っ直ぐ向かっていく。
やるしかない、瑠璃は覚悟を決めると、背中に掛けた弓と矢を取り、前方の黒い塊の中心に狙いを定めると矢を放った。
瑠璃の放った矢は瑠璃が手を放した瞬間、蒼色の光を纏い、カラス達に当たった所でカッと眩しい蒼い光を放った。
瑠璃は不安そうに成り行きを見守っていたが、カラス達が瑠璃達を追うのを止め、散り散りになっていくのを見て驚いた。
ーーシルフはこうなることを分かっていたのだろうか。
瑠璃は説明を求めて彼の方を見たが、彼はお疲れ様、と瑠璃に微笑んだだけで何も言おうとはしなかった。