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図書室にルシッサが現れた。
それについては結構どうでもいい。
ルシッサの顔が笑っていなかった。
「リリィ。話があるんだけど」
ゲームでの彼はたとえどんな時でも笑みを浮かべていた。例外はヒロインの前だけだが。彼が一体何に怒ってるのか、何があったのかは知ったこっちゃない。ただ、私に八つ当たりするのは勘弁してほしい。
というか「リリィちゃん」から「リリィ」に呼び方が変わってますよー。いいんだけどさ。
私はクルスに「ごめん」と小さく言い、ルシッサについて行った。本当のところクルスと勉強会がしたい。ついでに非ヤンデレに調教したい。洗脳したい。しかしアマリリスのクルスを優先してしまうと、明日から私とクルスに朝日は登らない。
今の時間帯他の生徒はほぼ食堂に行ってるため静かだ。そこを無言で歩くルシッサの後ろを歩く私。なんか辛いんですけど。ルシッサってこんなキャラだっけ?
◇◇◇◇◇◇
「…で?何やってたの?」
「いやだから、勉強会ですって」
サロンのソファーに座らされ、ルシッサは私の正面に座る。どこの面接会場ですかここ。相変わらず無表情の彼に、私は少し恐怖を覚えた。
しかしなんでだ。私は正直に答えたぞ。「勉強会してまにた」って。なのにルシッサは信じてくれなかった。私あんたになんかした?
ある意味、今ここにゼルダがいないことがありがたい。
「あの男は……」
「へ?」
「あの男はなんなの?」
無表情とは打って変わり、お次は睨まれました。わ、わかっちゃったもんねー!お前私のこと嫌いだろ!ぐすん。いやまぁそれが初めの頃の目的だったんだけどさ。
「あの男って、隣にいたクルスのこと?」
「クルス?」
「サーニクルス・アネモニ。同学年の、アマリリスよ」
「へぇ……」
ルシッサは私から少し目線をずらし、何かを鼻で笑った。何かとは…多分クルスのことだとは思う。今の話からして。
「じゃあここ最近食堂に来なかったのって、彼と勉強してたからなんだ?」
「そうよ。さっきからそう言ってるじゃない」
いつの間にか、ルシッサの顔には笑顔が戻っていた。貼り付けたような笑顔が。
「君はもうちょっと自覚を持った方がいい。僕の…僕達の婚約者だってことを。本当、かんしゃしてほしいよね。あの場にいたのがゼルダじゃなく僕だったってことを。あんなところ、あいつに見られたらまず、あの男は消されてたからねぇ」
はい?と思わず返したくなったが、ぐっと堪えた私は偉い。今この状況でおとぼけられるほど私は肝が座ってるわけじゃない。明らかにルシッサの様子がおかしい。
たしか、これは
「僕は短気じゃあないからさ、今回は見逃してあげる。でも、また同じようなことしたら、」
お前を殺して僕も死ぬ。
ルシッサはそれ以上先は言わなかったが、私には何が言いたいのか理解できた。このセリフ、好感度を「好き」にしてからルシッサに、他の男性と二人でいるところを見られると起こるイベントのセリフだ。
…え?そもそも私ヒロインじゃないよ?
だがここは決められたプログラムで進むゲームじゃない。リアル、現実だ。例えだが、何か事件があったとして、攻略対象の気を向かせることができれば私がヒロインにだってなれる。現にクルスの気を向かせてしまったような気もするし。
でも好感度を上げるようなことしたっけ?私。ただよくサロンでアフタヌーンティーをしてただけで……それがいけないの?え?もしかしてそれだけで好感度って上がるの?
ヤンデレって怖い。
ルシッサ・バレーは自虐的なヤンデレだ。「振り向いてくれないなら死んでやる!」てな感じの。ここまでならご勝手に?と言いたいが、「お前もな!」と殺しにかかられるのが恐ろしい。
このゲームの好感度は「嫌い」「普通」「好き」「愛してる」の四つに分かれている。ヤンデレの何が一番怖いかって、それは異常な速さで上がる好感度だ。心が繊細な硝子のハートなの!とでもいいたげなもんだ。
好感度の上がり下がりは攻略対象のヒロインの呼び方だ。嫌いだと無視される。普通だとファミリーネーム。好きだと名前呼び。愛してると…これはキャラによる。ルシッサの場合は「ご主人様」。
うぇー。
実はルシッサ、筋金入りのMなんです。優しい顔して腹黒ドSですけどなにか?というキャラだと思った人はいるに違いない。私もそうだった。
攻略して行くと彼は本性を表し、ヒロインを自分の真のご主人様と勘違い?してしまう。そこから始まるヒロインとルシッサのSM広場。誰得だよ。
ルシッサは自分を捨てないで欲しいがため、何かあればすぐ自虐行為をしてしまう。最悪ヒロインまで巻き添いにして。
「…善処…しますわ」
私は引きつった笑みを浮かべてそう答えた。
こりゃまずい。作戦変更。こいつらを非ヤンデレにすることは無理でした。