6
突然現れた男をじっと見る。どこかで見たことあるような…。彼と目が合う。すると彼は一歩後ろに下がる。
「おっと失礼、クリサンセマムのリリィ様」
どうやら私が「私に向かってなんて口を聞いてるの!」と言いたげに見つめていたように感じたらしい。別にいいんだけどね。
だが目が合ったのに怯えず、はたまたどこか楽しそうだった。クリサンセマムでは、ない。アマリリスの同学年だろう。
「…あなたの名前は」
「ちょ、もしかして制裁ですか⁉︎勘弁してくださいよぉ」
「勘違いなさらないで。…問題を指摘していただき感謝してるわ」
彼に指摘された問題、確かに間違っていた。暗算で解ける一問だったが、どこをどう間違えたらそうなるのか、一桁も違う数字が出ていたのだ。子供に指摘されるなんて無念。しかし教えてもらったことには感謝をしなければならない。
問題から目を離し、彼に目を向ける。どうしたことか、彼は目を丸くし何かに驚いていた。そんなに私が怖いか。
「…意外だな」
何がだ。
「あんたみたいな人が、人に礼を言うなんて」
「…それくらい言うわよ」
「おっとまたまた失礼。まぁでも、ギャップがすごいなぁって」
「なによギャップって」
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の華。それを忠実に再現したザ・お嬢様のあんたが、格下の俺に礼を言うって、なんつーかなぁ、おもしれぇなぁって」
態度も悪けりゃ言葉も悪い。それを忠実に再現したザ・ウザスなあんたが、私はよくわからん。本当にアマリリスかこいつ。
「あ、俺の名前はサーニクルス・アネモニ。以後お見知り置きを」
そう言うとサーニクルスは軽くお辞儀をした。そのお辞儀にさからは敬意が殆ど伝わってこなかった。
サーニクルス…サーニクルス…どこかで聞いた名前…。
ああ!ゲームの攻略キャラ!
サーニクルス・アネモニ。アマリリスでヒロインと同学年。しきたりやら階級やらあまり気にさず、自由に生きる少年だ。例えるなら、夏にカブト虫を取りに行く虫取り少年。こげ茶色の髪とオレンジの瞳は、なんだか蜜柑を連想させる。確か彼の好物も蜜柑だっけ。
「ま、長いからクルスでいいよ……っといけねぇ。また敬語を忘れてたぜ」
ケタケタと笑うクルス。こういう明るい性格のため、二番目にヒロインが絡みやすい相手だったりする。因みに一番は…これはまた今度話す。活発な言動から、本当にヤンデレですか?と聞きたくなるが、ヤンデレです。主にカニバリズム。なんでだろうね。怖いね。
「……いいわよ別に、無理に敬語を使わなくて」
「え、いいの?」
「毎回そんなやり取り見たくないし、二人きりの時なら許してあげる」
「おお!サンキュー!」
因みにクルスは頭がよかったりする。ヒロインに勉強を教えるシーンがよくある。まぁこいつの図書室通いは授業サボりのためなんだけどね。
「つーかリリィって、意外に勉強できないんだな」
本当に失礼な奴!ムキーッ!
「なんなら、俺が教えてやろうか?」
「えっ」
いつのまにか私の隣に座っていたクルス。私を映したオレンジの瞳は、まるで新しいオモチャを見つけたようにキラキラ輝いていた。
なんか、フラグ立ってませんか?
そうだそうだ。またまた思い出した。ヒロインとクルスの出会いはここ、図書室。自習に来たヒロインはクルスに出会い、その日から図書室でクルスに勉強を教えてもらうことになる。そこから発展して行く恋心とヤンデレ心。
緊急事態発生。どうやら私がクルスルートの扉を開けてしまったようだ。残念。私の冒険はここまで!とは言わせない。
「え、遠慮させてもらうわっ」
これ以上余計なフラグを立たせてたまるか!全力でフラグ破壊させていただきます!
「え〜しなくていいよ遠慮なんて。あんたといると、なんだか楽しいんだ。なぁ、いいじゃん?」
誰かロードローラー持ってこい。
◇◇◇◇◇◇
「あーここ違う」
「どこどこ」
「まず公式が違う」
「…なんだっけ」
結局押しに負けました。なんですか、私はこいつと恋をして食べられなきゃいけないんですか。決定ですか。助けてください。
まぁでも、死亡回避方法は現時点でならいくらでもあるんだけどね。現時点でなら。今は私が目指すトゥルーエンドは、全攻略キャラの好感度が一定が条件の一つ。今勉強会を許可してしまったことから、クルスの好感度は残念ながら上がってしまった。ならばヒロインが転入してから、他の攻略キャラの好感度を同じくらい上げればよいのだ。
しかし調子に乗って全員の好感度を上げてしまうと、恐ろしいエンディングが待っているということは、言うまでもない。
「ここを解くコツはな…」
「へぇ…そうなんだ」
それよりクルスの教え方は上手い。将来教師になることをお勧めしよう。
しばらく経つと、この時間の終わりを告げる鐘が鳴る。この後の予定は家に帰るだけだ。
「んじゃ、今日はお開きってことで」
「ありがとうね。教えてくれて。助かったわ」
「いいってことよ。じゃあ明日は何時間目にやろうか」
「やるって…なにを?」
「勉強会だよ」
やらないという選択権はありませんか?
でも、家で自習するよりわかりやすいし、頭に入りやすい。たった一時間でここまでできるのは効率がいい。このままやれば学年首位もいけるかも!…クルスがいるから二位止まりからか?
好感度を上げなきゃいいことだし。
「なら昼休み、図書室でどうでしょう」
「おっし!」
明日からはお弁当を持ってこよう。シルバーとハールティアには悪いけど、二人で食堂に行ってもらおう。思いっきり図書室で昼食をとるつもりだが、大丈夫。私はクリサンセマム。
◇◇◇◇◇◇
その判断が、後にあんな自体になるなんて、誰が想像できようか。
「攻略キャラ」
名前・サーニクルス・アネモニ
性別・男
階級・アマリリス
趣味・イタズラ
良い友人になれると思いきや、一番はグロいエンディングの持ち主というカニバリズム野郎。筋力や素早さなど高く、対抗ロールで勝つのは難しい…って、本当に何のゲームだこれ。