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第8章 初めての気持ち

 広い城の中には数えきれないほどの部屋があり、そしてその中には存在を隠されている“秘密の部屋”というものもある。

 好奇心旺盛で元気を体現したような存在であるレオーは、暇さえあれば城の中を駆け回っている。それは、彼が一か所に留まれない、じっとしていられない性分であることを表している。

 その日も、朝から夜まで続く拘束にうんざりし、レオーは人の目を盗んで城の中を歩いていた。彼自身は「散歩」だの「気晴らし」だのと言うが、列記とした「逃亡行為」であるのは、誰もが知る事実だった。

 レオーは城の中に隠される“秘密の部屋”の探索が大好きだった。代々の国王たちの私室であったり、いつの時代かも分からないが、以前は倉庫として使われていただろう、その時のままの形で時間を止めた部屋。大体が埃っぽく、光が入らないので薄気味悪いのだが、それがまたレオーの好奇心をくすぐる。一種の冒険にも似た感覚が楽しくて、どれだけ止められようと、叱られようと、レオーが探索をやめることはなかった。

 そんなレオーが今日訪れたのは、その“秘密の部屋”の中でも超一級の立ち入り禁止区域である禁断(タブ・)書斎(ヴィヴリオスィキ)。いずれは自分に継承されるものの一部なのだが、今はダメだ入ってはいけないといつもズィゴスに叱られる。

 けれど、いつもは遊び半分興味半分で入るこの部屋は、今回だけは違っていた。レオーにはレオーの目的があり、それを遂行するための入室だった。

 他の“秘密の部屋”もそうだが、特に禁断(タブ・)書斎(ヴィヴリオスィキ)は入る者を選ぶ。例え道を間違えて誰かが扉を開けたとしても、部屋が入室者を拒むのだ。この日、レオーがその小柄な体に合わぬ大義を秘めてこの扉を開けても部屋が拒絶しなかったのは、その想いが許されたからなのか、それともいずれはレオーの所有物になるからなのかは、誰にも分からないことだ。

 始めから入室を決めていたレオーの手には、ランタンがあった。普段は自室で使っているそれを持って来ていたのである。その明かりをそっと点してから、レオーは禁断(タブ・)書斎(ヴィヴリオスィキ)に足を踏み入れた。

 ここには無数の棚があり、すべてに本が収められている。もはや国内では手に入らない絶版とされている本から、家宝と呼ばれ受け継がれてきたものまで、ありとあらゆるものが。けれどレオーが求めているのは、そのどちらでもない。ランタンの明かりを頼りに奥へ奥へと進み、その棚を見つけた。

 本の並ぶ棚にランタンをかざし、目的のものを探す。しばらくして、やっとそれを見つけた。思わず笑顔が浮かぶが、すぐに眉間にシワが寄ってしまう。

 それもそのはず。レオーの探していた本は、自分の一回り半ほどの高さがある本棚の一番上の棚にあったのだから。

 けれど、レオーは諦めたりはしなかった。なんにでも挑戦し、諦めることなく喰らいつくのもまた、彼の性分だったからだ。

はじめは爪先立ちになり、腕を目いっぱい伸ばして本を取ろうとした。けれど、それでは背表紙に指がやっと触れる程度で。本棚から抜き出すなんてことは夢のまた夢だ。

少し迷った末、ランタンを落とさぬようしっかりと握り締め、本めがけてジャンプした。これでもジャンプ力には自信がある。そのおかげか、彼の指は本の背のてっぺんに触れた。でも、まだ少し足りない。「でも、次は届くかもしれない」「取れるかもしれない」そう思い、ジャンプを繰り返していた時だった。

背後からやってきた存在。てっきりズィゴスに見つかったのかと思ったが、そうではなかった。

この国ではほとんど見かけない、漆黒の髪と目を持つ人間。肌は白いがどこか柔らかいクリームのような色合いで、これまた珍しい。

そして、レオーが驚いたのは、その人物の背の高さだった。自分より20センチは高いだろうか、その人物が今の今までレオーが必至になっても取れずにいた本をさっと抜き取ってくれた。そして、レオーを静かに見下ろす。

「はい、取りたいのはこれ?」

 レオーの耳に響いたのは、涼やかで凛とした声。背の高さから同性かと思っていたが、女性だった。そして、近くにいるからこそ分かる、彼女の放つ匂いがとても甘やかで、心臓はドキドキと大きな音を立てて脈打ったが、なぜか気持ちが落ち着くという矛盾をレオーに与えた。

「・・・ど、どうも、ありがとうございますっ」

 気づけばその女性の持つ雰囲気に呑まれている自分がいた。慌ててお礼を言って女性を見上げると、その漆黒の目が意味ありげに細められた。でも、そんなことはレオーにはどうでもいいことだった。

 まるで絵画の中の住人だと思った。切れ長の目には力強さがあり、それを縁取る睫毛と高い鼻、そして形の良い唇が作る陰影が印象的で。今までいろいろな女性に出会ってきたレオーだが、こんなにも美人で、こんなにもカッコイイ人を見るのは初めてだった。

 だから、その言葉は自然とこぼれた。少しの羨望を滲ませて。

「・・・カッコイイ」

 その言葉に女性はさらに複雑な表情を浮かべたのだが、やはりレオーは気に止めなかった。気づけばここに来た目的であり、今はこの手にある本のことすらどうでも良かった。

(知らない、初めて見る人だ。もしかしてソティスのお友達かな?)

 そう思った瞬間、なぜだろう自分の胸に不快さが広がった。ソティスの広くて多彩な友人関係を素晴らしいと思っても、イヤに思うことは今まで一度もなかったのに。


 だから、その女性――シズが倒れたとき、レオーは自分の心臓が握り潰されるのではないかと思うほどの痛みを感じた。

「シズ! シズ‼」

 シズの腕に自分の腕を絡めていたので、立つ力を失った彼女の体重はすべて自分にかかってきた。異性の差はあれど、体格差がまるで違う。シズはスレンダーな女性だったが、その身長差が故にレオーは潰されそうになる。それを救ったのは、スコルピオスことルピオスだった。

「なんだ、どうしたってんだ?」

 ルピオスの声に、傍観していたズィゴスが近づいてくる。そして、今やその体を完全にレオーにゆだねているシズの額に手のひらを当てた。

「・・・なにか特別な疾患はないようです。強いていうなら、微熱があることくらいでしょうか」

「熱?! シズ、熱があるの!?」

 思わず、心配で叫ぶように聞き返してしまったレオーに、シッとズィゴスが人差し指を立てた。

「レオー、静かに。とにかく医療班に診てもらいましょう。もしかすると、なにか障りがあったのかもしれない」

「さわり? さわりってなんのこと?」

 今度は注意された通りに声のボリュームを抑えた。けれどレオーの疑問に、ズィゴスもルピオスも答えてはくれなかった。そのことにレオーが声を上げる前に、自分にかかっていた負荷がなくなる。見れば、ルピオスがシズの体を抱き上げていた。その姿に、また胸が気持ち悪くなる。

「なにもあなた自らが運ばなくとも」

「いいだろ別に。ってか、どう見ても俺が原因だったしな」

 頭上でやり取りされる、兄たちの会話。レオーはなすすべなく、それを見上げるしかない。

「いきなりすぎたか? でも、そんな不自然な行動も言葉も使わなかったつもりだけどなぁ」

「あなたの身なりが気に障ったのでは?」

「うっせーよ。お前よりマシだ」

 会話の調子は、いつも通りのルピオスとズィゴスのもの。でも、その内容――真意が分からなくて、レオーはほとんど体当たりするようにしてズィゴスの背中にすがった。

「ねぇ、シズ、どうしちゃったの? 大丈夫なの?」

 そこでやっと、ルピオスとズィゴスがレオーを見た。二人は一度互いの視線を合わせると、そろってレオーに苦笑にも近い笑顔を向けた。

「なーに、今から侍医どもに診せてくるだけだ。例えなにかあっても心配するな」

「スコルピオス、それ、なんの慰めにもなりませんよ」

 ズィゴスの言った通り、ルピオスの言葉にレオーは「シズ、大変な病気なの・・・?!」と半泣きになっている。それを見てルピオスが「悪い悪い」とさらに苦笑を浮かべた。

「レオーは気にすんなってことだよ。ズィゴスが診た限りでは病気とかじゃないみたいだし。な、ズィゴス?」

「私に責任を押し付けないでください」

 そう冷たく返したズィゴスだったが、なにもレオーの心配を煽りたいわけではない。

 だからゆっくりと、レオーの肩に手を置き、言葉を紡いだ。

「専門家にきっちり診てもらい、適切な処置を受ければ大丈夫ですよ。レオーは心配いりません」

 その言葉に、やっとレオーが落ち着きを取り戻す。それを見届けてから、ルピオスはシズを連れて部屋を出た。

「・・・そう、彼女のことよりなにより、レオーはまず講義を抜け出したことを心配すべきです」

 落ち着いた声音ながらも、静かな怒りを滲ませるズィゴスの言葉に、レオーが「あっ」と声を漏らす。

「今の時間は、確か古典史の講義のはずでは?」

「えっと、うんと、そうなんだけど、ね?」

 えへと、まるで悪戯が見つかった子どものような笑顔を見せるレオーに、ズィゴスは重く長い溜息を吐き出した。

「行きますよ」

「え?! だ、だってシズは?!」

 講義どころではないと訴えるレオーに、ズィゴスは相変わらず感情の籠らない声と瞳を返した。

「今、講義に戻らないのであれば、今後一切彼女への接触は禁止しますよ?」

 うぐっ、と声を詰まらせたレオーの腕を、ズィゴスが掴む。そのまま部屋を出て、レオーが本来いるべき場所へ向かって、半ば引きずるようにして移送を始めた。

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