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第6章 キャッツアイの二枚目

「で? そこのレディは一体誰の連れなんだ?」

 一瞬、なんのことかと思った。未だ私の腕に己の腕を絡めたり、人差し指でつつくように触ったりしている美少年から顔を上げると、美形さんと二枚目さん、それぞれが持つ違う色の目と美貌とかち合った。あまりの美の迫力に驚いて一歩後退しそうになる私を、ニィッと唇の端を上げて二枚目さんが見つめた。

「誰もなにも、彼女も居たんです。禁断(タブ・)書斎(ヴィヴリオスィキ)に」

 相変わらず、感情のない声で美形さんが説明した。

「はぁ? なんでまた・・・って、レオーが連れ込んだのか?」

「僕じゃないよ」

 私の腕に腕を絡めたまま、美少年が首を振る。その動きに合わせて、はらりはらりとハニーブロンドが甘く揺れた。

「気が付いたら、シズがいたの。シズ、カッコイイよね!」

 言語として成り立っていない、もはや事実を述べたのか感想を言ったのか分からない言葉を言った美少年に、呆れていいのか照れればいいのか迷っていた次の瞬間、大きな笑い声が部屋に響き渡った。

 発生源は、二枚目さん。大きく口を開け、それはそれは愉快そうに笑っている。

 それを冷ややかな目で見る美形さんと、きょとんと眼をまあるくして見ている美少年。私はと言うと、正直なところ、意味が分からず立ち尽くしていた。

「はぁ、つまり、レディはレオーの連れってわけだな」

「なにを根拠にそんなことを?」

「だって、レオーを探して入ったズィゴスより先に会ってんだろ? なら、レオーの連れだ」

 いまいちよく分からない理屈を述べる二枚目さん。これが、美形さんの言う“勝手な自論”というヤツだろうか?

「で、レディの名前は?」

「・・・静。天音 静です」

「アマネが家名か?」

「そう、なりますね」

 家名なんて言い方、現代日本ではなかなかお目に、ならぬ耳にはしない。そのざわりとした異物感に耳に手を伸ばす私を、しげしげと二枚目さんは見ている。

 ・・・まるで値踏みされている気分だ。

「響きも意味も分からないな。異国か、別の大陸の出身か?――いや、それもそうか」

 どこか納得したように口元を押さえてしまった二枚目さんに、眉を寄せる。それを「意味が分からない」という意思表明だと理解してくれたらしい。彼は黙って頷くと、今の今まで座っていたのだろう席から立ち上がった。そしてまっすぐ私に近づきながら、ニヤリと悪い笑みをその整いきった顔に浮かべた。

「俺の名前はスコルピオス・プロトス・ヴァスィリオ。レディの腕でじゃれてるレオーと、ここにいる頭でっかちのズィゴスは俺の弟たちだ」

 ・・・傍から見てもじゃれてるように見えるのか。

その事実にしばし呆然としたが、今はそれに気を取られている場合ではない。

 あの長い長い廊下を歩いている際、美形さんと美少年は江戸時代ならばかなりの身分なのだろう扱いを受けていた。

 その二人が弟である。ということは、この二枚目さんもかなりの身分を持つ方なのだろう。

 一瞬にしてそこまで働いた私の頭は、今日はどうやら冴えているらしい。病気と分かってからは鈍く緩くしか活動してくれなかったのに。こんな時には動く自分の体に、苛立ちを覚えた。

「は、初めまして、お邪魔していますっ」

 日本で普通のオフィスワーカーとして仕事をしていると、お偉方と言えば上司・役職持ちなどで。かと言って彼らとは仕事上の関係であり、ある意味ではともに仕事をこなす戦友とでも呼べる存在である。

確かに在籍する会社の本部に行けば、それよりさらに偉い人物はたくさんいるが、生憎ただの一部署勤務では出会うことはそうない。  

そして、それ以上に社会的地位や権力を持つ人物にお目にかかることも、一般市民としての生活ではまずない。

 だから緊張するなと言う方が土台ムリな話だろう。確かに彼らが身分ある人間だろうことは私の推測だが、この建物といい、あの扱いといい、その考えが間違っているとは思えない。

 そして、それを決定付ける言葉が、私の目の前に立ち、不敵に笑う二枚目さんの薄い唇から紡がれた。

「ここはヴァスィリオ国、帝都・イリョスにあるヴァスィリオ城だ。ようこそ、レディ?」

 「やっぱり」という思いと同時に、私の頭いっぱいに不安と処理し切れない困惑が噴きあがる。

(意味が分からない、意味が分からない!)

(だって私は会社にいた! なのにヴァなんとかなんて国に居るなんて!)

(そもそもそれ世界地図のどの辺りにある国?! 聞いたこともないということは、それだけ極小ということ? いやでも、明らかに発展途上国とかではない文化と技術力がある。私はそれを見た!)

(ならばどこかで名前くらいは聞いてそうだが。いや、そもそもなぜそんな聞いたこともない国に私が居て、しかも言語が通じているんだ?!)

 一度出現を始めた不安は、堰を切ったように流れ出し、溢れ出す。私では止めることが出来なくて、気づけば走った後というわけでもないのに息が上がり、心臓が悲鳴を上げ、ひどく頭が痛んだ。

――それこそ、会社の化粧室で倒れたときのように。

「シズ? シズ?!」

 美少年の、耳に心地よかったはずのアルトヴォイス。それが痛ましい叫び声となって私の耳になだれ込んでくる。

それは、私の頭をナイフで貫くように、さらなる痛みを呼び起こした。

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