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鬼哭啾啾 零 ~男の子と女の子~  作者: 灰色日記帳
3/13

其ノ壱 ~出会い~

 

 一月が剣道を始めたのは、九歳――小学校三年生の頃だった。

 その切っ掛けは、虐められている友達の女の子を救おうとした事。

 彼は、女の子を助けようと自身よりも年上の少年達に挑みかかったが、多勢に無勢で敵うはずも無かった。一月はボコボコに打ちのめされて、地面に伏され、頭や背中を踏み付けられた。

 女の子を逃がす事すら出来ず、彼に許されたのはただ、涙を呑んで耐える事のみだったのだ。

 喧嘩に勝てなかった事が悔しかったのではなく、女の子を救う事すら出来ない自分が情けなくて、みっともなかった。

 だから彼は、剣道の道に進んだ。

 非力な自分自身と決別する為に、そして意気地無しを捨て去る為に。

 時は、一月が剣道を始めた頃――彼が鵲村修剣道場に入門して間もない頃まで、遡る。



  ◎  ◎  ◎



「上手になってきているよ、入門してさほど経ってないのにここまで出来るとは、君は中々筋が良いようだ」


「本当ですか? 黛先生」


 剣道着に身を包んだ幼い少年、一月は喜びを隠そうともせず、笑みを浮かべる。

 その理由は、彼の向かいに立つ黛玄生からの褒め言葉だ。

 黛と初めて会うまで彼は不安だった。もしかしたらとても厳しく、怖い人が自分の師匠になるのでは、と。

 しかし、黛と初めて会った時――その不安は一片も残らず払拭された。

 優しそうな人だな、というのが黛と初対面した際に一月が抱いた印象だった。黛は年若く誠実で、常に優しくて時には厳しい――学校の教師ではないが、いかにも教師に向いていそうな男性だったのだ。


「君の剣道に捧げる気持ちは素晴らしいものがあるよ、君の師匠になれて私は嬉しい」


 黛に頭を撫でられ、一月は微笑む。

 改めて彼は、この男性に習う事が出来て良かったと思った。黛が自分の師匠で、本当に良かったと実感した。

 

「さて、それじゃあ今日も実際に試合を行ってもらおうかな……」


 黛は剣道場内を見回し、素振りをしていた少年を呼んだ。


「蓮君、おーい」


 その少年は黛の手招きに従い、歩み寄ってくる。

 彼、『出間蓮いずまれん』は一月と同じく黛に師事している少年で、剣道場で初めて一月が知り合った友人でもあった。

 大人し気な一月に対して、蓮は快活とした気質の持ち主。相対する性格を持つ二人だが、すぐに意気投合し、違う小学校に通っているにも関わらず親友のような仲だった。


「ふーっ。何か用ですか、先生?」


 一月は、黛と蓮のやり取りを見守る。

 黛が蓮に何かを告げ、蓮は了承するように首を縦に振る。すると蓮は一月に歩み寄り、


「一月、今日は俺が相手してやるよ」


「えっ?」


 一月は疑問の声と共に、黛を見やる。すると、黛は何も言わずに頷いた。

 それが何を意味するのか、一月には容易に想像が付く。黛は、一月と蓮を試合させる気なのだ。


「そんな、僕が蓮に勝てる筈なんか……!」


 一月は反論する。

 無理は無かった。蓮は数年も剣道を嗜んでおり、経験の浅い一月には到底、敵わない相手の筈なのだから。


「勿論手加減はするって、でも一月は手加減しなくて良いからな。本気で俺を倒す気で来いよ」


 そうは言うものの漣の表情は挑戦的で、口元には笑みすら浮かんでいる。

 叩きのめされる――そんな恐怖が、一月に降りかかった。


「無理です! だって……」


 練習に励んできた甲斐があり、一月は剣道の腕に自信を持ち始めていた。

 しかし、まだ初心者の域を出ず、到底蓮と打ち合える段階ではない筈だったのだ。そう、一月自身が思っている限りでは。


「大丈夫、今の君なら蓮君とも渡り合えるよ」


「でも……!」


 黛の言葉でも、一月は到底信じられなかった。

 そもそも、格が違う筈なのだ。蓮は一月よりも剣道の経験があり、大会にも出た事があると聞いているのだから。


「目の前に泣いている女の子が居る時も、そう言って逃げるのかい?」


「!」


 黛の言葉で、一月の目付きが変わった。

 

「君が剣道を始めた理由、忘れていないだろう?」


「……」


 忘れている筈など、無かった。

 一月は黛に頷き、蓮の向かいに立つ。その表情には、数秒前までの頼りなさは浮かんでいない。


「よろしくお願いします」


 竹刀を片手に、礼をする。蓮は「うんうん」と頷いた。

 そして、一月と蓮の試合が開始される。

 驚いたのは恐らく、一月自身だった。蓮と互角に打ち合う彼を目の当たりにした黛でもなく、一月と打ち合い、彼の実力を身をもって知ることになった蓮でもなかったのだ。

 黛の目に狂いは無かった。始めて間もないにも関わらず、一月の実力は彼自身の想像をも超えており、手加減しているとはいえ経験者の蓮と打ち合えるまでに成長を遂げていたのである。

 勝敗は決まらずに、三分程打ち合いを続けた二人。

 黛が手を叩き、彼らの試合を止めた。


「二人とも、そこまで」


「!」


 一月と蓮は、竹刀を振るうのを止める。互いに面を外して、黛を向く。


「どうだい一月君、私の言った通りだったろう?」


 どこか得意気に発せられた黛の言葉に、一月は応じない。ただ、その表情が『信じられない……』と言っている。

 蓮が竹刀を下ろし、荒いだ呼吸に両肩を上下させつつ言う。


「一月凄いよ。お前もう、完全に初心者のレベルじゃないって」


 蓮の言葉にも、一月は応じない。

 同門で経験者の蓮と、互角に打ち合う事が出来た――その事実に驚き、そして嬉しさを感じているだけだった。

 

「黛先生、もしかして一月、『あいつ』とも互角に戦えるんじゃないですか?」


 黛が蓮の言葉に応じる前に、一月が蓮に訊いた。


「蓮、『あいつ』って?」

 

「そういえばまだ、紹介していなかったね」


 蓮の代わりに、黛が応じた。

 黛は剣道場内を見回したかと思うと、「お、いたいた」と呟く。


「一月君、見てごらん」


「ん?」


 黛が指差した先を、一月は追う。二人一組で、打ち合っている子供達が居た。

 剣道具に覆われて顔は見えないが、片方は背が低く、細めの体格をしているのが見て取れる。

 けれども、その背の小さい子は相手を圧しており、発する掛け声は勇ましかった。


「すんげーだろ? あいつ」


 隣で、蓮がそう言った。

 

(凄い……)


 蓮に返事を返すのも忘れて、一月は思わず視線を釘付けにしてしまう。

 その子の竹刀さばきの腕は、間違いなく一月を超えていた。

 自身よりも大柄な子の攻撃を全て打ち払い、素早い足さばきで移動し、確実に相手の隙を突く攻撃を仕掛ける。

 

「あの子も君や蓮君と同じ……私の弟子なんだよ」


「えっ……?」


 一月は黛の横顔を見つめる。


「つまり、君とは同門という事になるね」


 黛の言葉の直後。一月を釘付けにしていたその子は、相手の面を打ち、勝利したのだ。

 試合が終了し、打ち合っていた二人は一礼して別れる。

 一月を釘付けにさせ、小柄な体格にも関わらず圧勝と言える勝負を演じた子に、黛は手招きする。

 面を被ったまま、その子は黛と蓮、そして一月の側へ歩み寄った。


「君にも紹介するよ、彼は新しく入門した私の弟子だ」


 一月の肩に手を触れつつ、黛は紹介した。


「さ、まずは二人とも自己紹介しなよ」


 面を被った子が黛に頷き、一月の前で面を取り外す。

 その向こうの顔が現れた瞬間――。


(え……えっ!?)


 声には出さなかったものの、一月は驚愕する。






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