其ノ零 ~女の子~
かつての自分の名前――私がまだ『人』として生きていて、普通の生活を送っていた頃の名前。
学校に行き、勉学に励み、友達と語り合い、部活動に精を出す。そんな、ありふれた毎日を過ごしていた頃の名前について、私は今でも時々思いにふける。
――『秋崎琴音』。そう、それが生きていた頃の私の名前だった。
琴音、という名前について、私は両親に尋ねてみたことがある。その頃の私は幼くて知らなかったのだけれど、琴というのは日本の伝統楽器の事だった。指や爪で音を出して演奏する種類で、昔から日本に存在している歴史ある楽器なのだという。
小さかった私は、どうしてそんな楽器の名前を自分に付けたのか気になり、理由を両親に訊いた。
そうしたら、この名前を提案したというお母さんが、私の頭を撫でながら教えてくれた。琴というのは綺麗で優しい、人の心を落ち着かせるような暖かみのある音が出る楽器なんだって。
琴の音のように優しくて、暖かい心を持った女の子に育って欲しい――その願いを込め、お父さんとお母さんは私に、琴音という名前を与えたのだという。
私は今、思う。
存命だった頃――私は自分の名前に、この名前をくれた両親の願いと想いに報いるように生きてこれたのだろうか、と。
お父さんとお母さんが望んだような、優しくて暖かい心を持った人間として、十四年間を歩むことが出来たのだろうか、と……。
考える必要も無く、答えは『いいえ』だ。