其ノ零 ~男の子~
さびしいな
さびしいね
かなしいな
かなしいね
またあえるかな
あえるといいね
さようなら
さようなら
「じゃあ世莉樺、また明日」
「はい。さようなら、一月先輩」
およそ半年程、剣道部員として共に稽古に励み、数か月前に『鬼』の怪異へ共に立ち向かった後輩――世莉樺に手を振る。そして彼女とは逆の方向へ自転車を走らせ、帰路につく。
数時間前まで鵲村を照らしていた陽は、もう空には浮かんでいない。
空にあるのは、ぼんやりとした光を発しつつ、悲しげに浮かんでいる満月。
「……!」
自転車で風を切っていた時、視界の端にある場所が映る。
陽が堕ちて薄暗い状況にも関わらず、鮮明に。
いや、僕がその場所を見ていたのではなく、その場所が僕を読んでいたのかも知れない。
「……」
まるで何かに引きつけられるかのような感覚で、僕は自転車のハンドルを切り、その場所へ向かっていた。
砂利道を進みながら向かう先。そこは、鵲村の公園。
自転車を引きつつ、僕は園内に踏み入る。周囲には誰の姿も無かった、滑り台にも、ブランコにも、鉄棒にも……誰も居ない。
勿論、あのシーソーにも。
「……」
それは、何処にでもありそうな只のシーソーだ。
だけど……あのシーソーを見ると、僕はあの頃の事を思い出す。
今から何年も前、僕がまだ小学生だった頃……僕はよく、あのシーソーに乗っていた。そして、いつも僕の向かいに乗っていたのは――あの子だ。
数年経った今でも、僕は覚えている。無邪気に笑いながら、必死にシーソーを揺らすあの子の姿を。
シーソーを眺めていると、幼かった頃の僕とあの子が乗っている幻が見えたような気がした。
だけど――そんな幻はあっという間に色褪せ、消えてゆく。
「琴音……」
ベンチに腰掛け、僕は絞り出すように発する。もう二度と会えない、秋崎琴音の名前を。
僕は、琴音が好きだった。友達として、という段階を超えて、それ以上に。
琴音の笑顔も、優しい所も、いつも着ている真っ白なワンピースも、儚げでも澄んだ瞳も、長くてさらさらした綺麗な黒髪も――大好きで大好きで堪らなかったんだ。
ずっと彼女と一緒に居たい、いつまでも琴音と笑い合っていたい……そう思っていたのに。
それなのに……どうして、あんな事に……。
「っ……!」
答えはもう、分かっている。
琴音をあんな姿にさせたのは、彼女を赤い水溜りに埋めさせたのは――何もかも全て、僕の責任だ。
彼女は、『許す』と言ってくれた……だけど、そんなのは一応に留まる事で、僕の罪が完全に赦される筈は無い。赦される事なんて、絶対にあり得ないんだ。
それでも、せめて――僕はあの子との思い出を心に留めておきたい。
いつか必ず訪れるであろう……僕が全ての報いを受ける、その時までは。
「……」
草木の匂いを纏った風を全身に受けつつ、満月を見上げる。
すると、あの日の記憶が頭を過るような感覚を覚えた。
何年も経った今でも鮮明に覚えている――琴音と会って間もない頃の、記憶が。