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傍にいる

作者: 人参天国


ホラーに初挑戦です。


拙く短い話ですが、程々に怖がっていただければと思います。





夏になると、世間はいわゆる“怖い話”で盛り上がる。

テレビではホラー特集が組まれ、ホラー小説が売れだし、肝試しなんて言って心霊スポットに行く人が増えてくる。夏の暑さを背筋が凍る様な思いて乗り切ろうと言うのだ。

しかし不思議な事に、そうやってホラーに関わるほとんどの人達が、お化けを、幽霊の存在を信じていない。発達した文明が、『科学で説明できないモノ』=『存在しない』という方程式を人の常識に刷り込んでいるのだ。例え夜寝る時に明かりを消すのを怖がる様な人でも、結局は頭の隅で、そんなモノはいないんだとわかった“つもり”でいる。

人はその存在を知らないから怖がる事ができるんだろうし、その存在を信じないから平気で怖い話を聞いたり、怖い場所へ行ったりできるのだ。


……まあ、だからと言って何をしようというつもりはない。信じないなら信じないで構わないし、信じさせるつもりもない。幽霊の存在が知られてなくても、世界は問題なく回っているのだ。


前置きが長くなったけど、結論を言おう。


『幽霊は存在する』


僕はこの身をもって、それを知っている。




 △ △ △



物心ついた頃から、ソイツは僕の隣にいた。見た事のない老婆の幽霊だ。

いつから憑いていたのかはわからない。もしかしたら生まれた時からいたのかもしれない。ソイツはフラリと姿を消す事はあっても、そのまま戻って来ない事は今まで一度もなかった。


「霊が見えるって事は、霊感が強いの?」


と聞かれるかもしれないが、それも微妙な所だ。だって僕はソイツ以外の幽霊を見た事がないんだから。

ソイツがこの世で唯一の幽霊だとは思えない。なのにソイツしか見る事ができないという事は、たぶん僕に憑いている事に原因があるんだろう。

まあ、どんな理由でも構わない。少なくとも幽霊が存在するという事実は変わらないんだから。


しかし、幼い頃から一緒にいたせいでその存在に慣れてはいるけど、害がない奴かと聞かれると決してそうではない。

幽霊故に、ソイツは僕がいるならどこにでも現れるのだ。何が言いたいかというと、お風呂でもトイレでもソイツが出て来るという事だ。

アンティーク感覚とはいえ、こんな悪趣味なモノを見ながら用を足す趣味はないし、話しかけても何の反応も示さないのは昔から変わらないので撤去もできない。

困るのはそれだけじゃない。ソイツはとにかくうるさいんだ。

窓がガタガタ、壁や天井からコンコン。

一丁前に幽霊するせいで、やかましくて仕方がない。あまりに鬱陶しいんで、こちらも対抗して窓をガラッと開けてみたり、壁をドンと蹴ってみたり、ベッドで跳ねて天井にパンチをかましたりしたけど、騒音が止まるのは一時だけでほとんど効果なし。

結局部屋ではヘッドホンを着用して無視する事にしてやったけど。

悔しかったら消しゴムの一つでも動かしてみろ、この音だけ幽霊め。


そんなに邪魔なら御祓いすればいいのに、と言う人もいるだろう。その通りだ、さっさと祓ってしまえばいい。なのにしないのは、別に愛着が湧いたからなんて理由じゃない。もっと根本的な問題で、ズバリ、お金がないのだ。

世知辛い事に、今時御祓いするにもお金がかかる。ちゃんとした寺社に行くなら移動費もかかる。そして時間もかかる。

お年玉は大学受験の為にと親に貯金させられていたし、僕が行っていた学校は当然の様にバイトが禁止されていたので、収入は僅かなお小遣いだけだ。「除霊したいのでお金をください」なんて親に言えるわけもなく、遊びざかりの僕はお金も時間も娯楽に回す事がほとんどだった。

いなくなってくれれば嬉しいけど、まともに相手するぐらいならもっと別の事に時間を使いたい。基本的に僕にとって、ソイツはその程度にはどうでもいいヤツだったんだ。


しかしそれも僕が高校生だった時までの話。

大学に行けばバイトができ、バイトができればお金が手に入り、お金が手に入れば御祓い代も楽に捻出できる。

相変わらず騒音被害に遭いつつも、僕は無事に大学に合格し、一人暮らしを始めてようやく、ソイツとおさらばする為に動き出した。


バイトの甲斐あって、とある由緒ある神社まで出かけて行き、お願いしていた神主さんに会ってみた。

とても気の良さそうな人だったんだけど……駄目だ、幽霊が見えてない。

これはお金を無駄にしたかな、と心配になっていたけど、ウンニャラウンニャラ唱えられる祝詞を聞いていると、なんとソイツが消えてしまったのだ。

確信はない。しかしいつもと違い、浮かび上がって、やがて天井の向こうに消えてしまったあたりが、いかにも昇天したって感じじゃないか。

僕は神主さんにお礼を言って、意気揚々と我が家に帰る。

夕方になって自分の部屋の前まで帰って来れたが、そこまでの道のりでソイツが姿を見せる事はついになかった。

ああ、本当にいなくなったんだな、と思ったが、いやいや、先回りされて部屋にいたらどうする、ぬか喜びになってしまうぞ、と自分に言い聞かせる。そして恐る恐る部屋に入ってみるも、やっぱりいない。

そう、僕はようやく、あの老婆の幽霊から解放されたのだ。

ソイツが消えてくれたおかげで、単なるアパートの一室がとても広く感じた。長年一緒にいたヤツがいなくなって物足りない気はしたけど、寂しいとは思わなかった。

まあ、今考えてみればそんなに悪いヤツじゃあなかったよ、鬱陶しかったけど、なんて嘯きつつ、普段より少しだけ豪華な夕食を用意し、その出来の良さを自賛しつつ舌鼓を打つ。その後の勉強もはかどり、自分がかつてない程好調になっているのを感じた。

しかし残念な事に、もう夜も遅い。睡眠時間を削ってまで真夜中にやりたい事もなかったし、色々あって少し疲れた。もはや何の憂いもないし、少し早いけど今日は休んでしまおう。

明日からの輝かしい未来を夢想しながら、僕は布団に潜り込んだ。


……さて、ここで終われば単なるハッピーエンドで話が終わってくれる。

しかし、残念ながら、話はここで終わってくれないのだ。


更に夜が更けた頃、僕はある音を聞いて目を覚ます。



――ガタッ、ガタガタッ



何事かと思い、寝惚け眼を擦りながら身体を起こす。

しかしその異変に気が付くと、眠気も一気に吹き飛んだ。


ガタガタ、ガタガタ


窓が震えている。

普通窓が鳴る理由なんて、よっぽど風が強いか、あるいはよっぽど窓がボロいかのどっちかだ。しかし今日は風が特別強い日でもなかったし、住んでいるアパートもそこまで古くはない。

これまでの経験から言えばアイツしかいないけど、アイツは既に昇天だか成仏だかをした筈だ。

となると、まさか泥棒だろうか。……ここは二階なのに。

窓を仕切るカーテンを開ける気にもなれず、いざという時の為に包丁でも取りに行こうかと考えていると。



――コンコン、コンコン



壁が。天井が。

聞き慣れたその音を一斉に鳴らし始めた。

こうなると、もはや疑う余地はない。間違いない、アイツの仕業だ。



ガタガタ

コンコン



だけどなぜアイツは姿を見せないんだろう? いつもは音が鳴っている間も僕と一緒にいたのに。

しかし、いつしかそんな疑問どころではなくなっていた。



ガタガタッ

ドンドンッ



……音がどんどん大きくなっていったんだ。

夜の静寂において、その音は他の住人が苦情を言いに来る程うるさい筈だ。

しかし、来ない。

僕だけが、この異常な空間に取り残されてしまったみたいに。



ガタガタガタッ!

ドンドンドンッ!



幽霊に慣れていた僕でさえ、これは明らかにおかしいと感じていた。

まるで歯止めが効かなくなったみたいに、音の大きさはますますエスカレートしていくのだ。そう、例えば坂を駆け降りる、ブレーキを失った自転車の様に。



ガタガタガタガタ!!

ドンドンドンドン!!



ふと、自分で言った言葉が思い出される。


『まあ、そんなに悪いヤツじゃあなかったよ』


そうなのか? 悪いヤツじゃなかったのか?

“騒音は、本当にアイツの仕業だったのか?”



ガタガタガタガタドンドンドンドンガタガタガタガタドンドンドンドン!!



降って湧いた様な、今まで考えもしなかった疑問に答えてくれる者は、もうどこにもいない。

結局僕があの老婆の幽霊の正体を知る機会は、ついに来る事はなかった。



ガタガタガタドンドンガタガタドンドンドンドンガタガタガタドンドンドンガタガタドンドンドンドンガタガタガタガタドンドンガタガタドンドンガタガタドンドンドンドンガタガタガタドンドンガタガタドンドンガタガタドンドンドンドンガタガタガタドンドンドンガタガタドンドンドンドンガタガタガタガタドンドンガタガタドンドンガタガタドンドンドンドンガタガタガタドンドンガタガタドンドンガタガタドンドンドンドンガタガタガタドンドンドンガタガタドンドンドンドンガタガタガタガタドンドンガタガタドンドンガタガタドンドンドンドンガタガタガタドンドンガタガタ






………………ガラッ




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― 新着の感想 ―
[一言] お邪魔します。 楽しませていただきました。 いえ、とても怖かったのですが、ストーリーが面白かったのです。 こんな結末になろうとは。 ひとつ気になるのは、この書き方だと、主人公は現在生存し…
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