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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
閑話
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学祭後 週明け月曜日 ―翔太―

「はよーす、翔太」

いつもより遅めに教室に足を踏み入れた翔太は、ドアからさほど離れていない席に座る黒田に声を掛けられて立ち止まる。

「おはよ」

短く返すと、ちょいちょいと手招きで呼ばれて首を傾げつつ傍による。

「何、黒田」

机の脇に立った翔太に、黒田は隣の席の椅子を脚で引き寄せて座るように促した。

「?」

呼ばれる事も椅子を勧められる事も珍しくないけれど、鞄を席に置いてくる暇も与えられないほど急かされる事は今までなかった。

その態度に疑問を浮かべながら、足で引き寄せられた椅子に腰を下ろした。

その向こうにいる、本来の持ち主に一言断りを入れて。


「で、何なの」

翔太は黒田の机に鞄を置くと、言葉を促すように口を開いた。

黒田は翔太を呼んだわりに、少し困惑するような表情をしていたから。

「いや、あのさ」

「だから、何?」

強い語気ではなく、やんわりと先を促す。

黒田は少し視線を彷徨わせたあと、ずいっと翔太に顔を近づけた。

「……悪いけど、僕、そんな趣味ないよ」

「俺にもねーよ」

空気を和ませようとする翔太の気遣いは、今の黒田には通じないらしい。

仕方なく何か言い出すのを待っていると、やっと黒田が口を開いた。



「沢渡さんと、何かあった?」



その言葉に、翔太はすうっと目を細めた。

小さな声だった黒田の言葉を聞こうとして、顔を伏せていてよかったと自分でも思えるほどに。

けれど何も答えない翔太に、黒田は言葉を重ねる。

「ほら、学祭の時ゆいさんに貸した制服を二人で探しに行っただろ? 無事に見つかってよかったけど、二人で行ったわりに別々に帰ってくるし、沢渡さんの様子はおかしいし。なんか気になってさー」

小さく息を吐き出しながら翔太が顔を上げると、がしがしと後頭部を掻きながら困ったように自分を見る黒田と目が合う。


「いや、別に何もなかったならいいんだけど」


この友人は、翔太よりも沢渡の変化を気にしているらしい。

それはそれで、当たり前だと翔太は苦笑する。

実は黒田。

二年時から、沢渡の事をずっと片思いしているのだから。

好きな人が、自分の友達に何かされたと思えば気が気じゃないだろう。


くすりと聞こえないように笑いながら、視線を黒田から外してクラスの中央付近にある沢渡に向ける。

見た目は普通だと思うけれど、確かに笑顔が少ない。

いつもなら周りを取り巻いている生徒も、今日は空気を読まない猛者である隣の席の男だけだ。

翔太は意識を沢渡に向けながら、口を開いた。

「別に一緒に行ったわけじゃないけどね。それに、黒田が心配するような事は何もないよ。制服を見つけてくれたのは沢渡さんだから、感謝してるくらいかな」

「そうかー?」

黒田は納得のいかないような表情で、溜息をついた。



「翔太が気がついているかどうかわかんねーけど、ほら……その……」

いや、気付くよ普通。

そう突っ込みながら、そうだねと頷く。

「まぁ、僕にしたらどうしようもないかな。好きなのは、由比だけだし」

「っかぁっ! お前が言うとしっくり来るな、そんな言葉でもよっ!」

悔しそうに机に撃沈する黒田を、可愛いとは思うが正直めんどい。

さてどうするかなー、と頬杖を付いて顔を上げたら女子生徒と目が合った。



「おはよー、翔太くん」

教室に入ってきたばかりの霧島は、歩きながら自分の席に鞄を置いて机を挟んだ翔太の向かい側に立った。

「おはよ、霧島」

挨拶を返すと、黒田ががばっと顔を上げて霧島を見た。

「俺には無しかよ!」

「だって面倒そうなんだもの」

「優しくない!」

この二人のやり取り、凄い面白いのになー。

なんで黒田は気付かないんだろ。

憎まれ口を叩きながらも、心配そうに黒田を見る霧島の視線に。

こいつら、一直線関係っていうのかねぇ。

その中に自分も組み込まれている事に、思わず苦笑する。


“一直線”も踏襲してるから、性質わりぃな。


「なぁ、翔太ぁ……」


自分の思考に沈んでいた俺を、おずおずとした黒田の声が現実に引き上げる。

「ん?」

素に近い表情で黒田を見下ろすと、縋りつくような目と合って溜息をついた。

振り返って沢渡を見れば、唯一人、じっと席についていて。

遠巻きにしている女生徒が、首を傾げながら少し離れた場所でこそこそと話しているのが見えた。


もし、沢渡のした事がばれたら、きっと今までのクラスの状況がひっくり返る。

人はある意味、素直で流されやすい。

こと、こういう閉鎖された“学校”という箱の中では。

今まで“かわいくて勉強の出来る、頼れる委員長”だった沢渡が、実は嫉妬であんなくだらないことをやらかしたとしたら。

あまり表に出ることのなかった沢渡に対しての悪感情が、今までのイメージをきっと覆す。



人がどれだけ温かくて、そしてどれだけ薄情か。



翔太は、ふぅ、と息を吐いて沢渡から視線を外した。



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